19 桜子、ジャンから如意棒の使い方を教わる



 砂嵐が遠くに見える。それは大きく波打ち、スクリーンに投影されたかのように一面を赤く染め上げ、流れていく。舗装された道路はひびが入り、細かい破片が音を立てて転がる。

 目の前に乗り捨てられた乗用車が、ドアが開いたまま乗り捨てられていた。

 スパイダ―は舗装道路を歩くことができなかった。そのため進行速度が遅くなったのだ。


 黒崎桜子はジャンの肩に乗って道路の先を眺めた。無数の乗用車が砂埃を被って立ち往生している。羽を纏ったまま白骨化している鳥たちの死骸が無数に転がっているのが見える。

 テミルベックの指示通り、道路沿いに六時間歩いてきた。距離は七十キロぐらいだろう。ロボットスーツを着ていたとしても、人間の歩幅には限界がある。


 突然スパイダ―が止まった。

 前方からグレイとレッドが走ってくる。グレイの報告を受けた成田毅が大声を上げた。

「右前方八キロに、騎馬の集団が進んでいる」

 

「ガルバンの武装兵です。むやみに近づくのは危険です」

 テミルベックが成田毅に耳打ちする。

「仕方がない。ここで昼食をとり、様子をみよう」

 成田が声を和らげて言った。


 成田はスカイを南方に向けて飛ばした。

 桜子はジャンの肩から飛び降り、スパイダ―の体内に入っていく。木箱から昼食パッケージと携帯水槽タンクををとりだし、抱えて外に出る。ジャンがテーブルの用意をしていた。昼食パッケージを一つずつレンジに入れ温める。昼食パッケージは。朝食パッケージと同じくスープの大皿だった。食材は肉中心だった

 

「ジャン、これ、知っているでしょう」

 昼食を終え、後片付けを済ましてから、桜子はジャンに如意棒を見せた。

「如意棒って何なの」

「護身のための武器です」

「使い方、教えて」

「わかりました。まず名前をつけましょう。それから桜子の名前と声を認識させます」

 インターフェースか。

「名前をつけてください。咄嗟にでも、言えるような簡単な名前がいいんですが」

「ジャンのような?」

「そうです」

「それなら、ジャの代わりに、ダにするわ」

「ダンですね」

「そう、ダン」


「サクラコの利き手は右ですね」

「そう、右手」

「左手で握って、右手でねじれの部分を右に回してください。電源が入ります」

 桜子は電源を入れた。

「両手で強く握って口に近付け、わたしの名は桜子と言ってください」

 桜子は如意棒を強く握りしめた。

「わたしの名は、サクラコ」

 如意棒の先端が赤く色付いた。


「あなたの名はダン」

 桜子は深呼吸すると、如意棒を口に近付けた。

「あなたの名は、ダン」

 如意棒の先端が緑色に染まった。


「それでは、如意棒の大きさを変えましょう。棒を操るときは、棒の長さはどのくらいがいいですか」

「一メートルでいいわ」

「百センチですね。それでは、如意棒を構えて、ダン、百、と言ってください」

「ダン、百」

 瞬時で、如意棒は一メートルに延びた。重さは変わらない。

「これ、凄い」


「それでは、小さくしてみましょう。桜子、耳を見せてください」

「耳? どうして」

「如意棒の隠し場所です」

 桜子は髪を上げて、耳を出した。

「二十四ミリですね。いいですか、左手で持って、その下に右手の手のひらを当ててください」

 桜子は言われたとおりの姿勢で構えた。

「ダン、二てん四、と言ってください」

「ダン、二てん四」

 如意棒は二十四ミリになって、桜子の手のひらに落ちた。

「耳介に縦に差しこんでください」

「耳介って、どこ」

 ジャンは桜子の耳の中を指さした。ジャンには人間のような耳がないのだ。

 桜子は耳の中に縦に押し込んだ。ジャンが覗きこむ。

「うまく、隠れています。鏡で見てみますか」

「見せて」

 ジャンは手鏡を桜子に渡した。耳を見てみる。如意棒が無くなっている。

「どこに行ったの」

「耳にあります。見ることができなくなっただけです。皮膚と同化しているからです」


「それでは、実技に入りますか。耳から出して、長さを一メートルにしてください」

 桜子は一メートルの如意棒を両手で構えた、

「まず、防御態勢をとりましょう。前方一メートル先にバリアを張ります。バリア、分かりますか?」

「聞いたことはある」

「ダン、バリアと言ってください」

「ダン、バリア」

 如意棒の前方に半径一メートルの円形の防護壁が現れた。緑色に輝く電磁波の壁だった。

「このバリアは、物理的な攻撃に耐えることができます。たとえば、ガルバンの小銃の弾丸とか」

「助かる。ジャン、この如意棒凄いわ」


「次は攻撃です」

「攻撃? わたしには必要ないわ」

「もっとも、有効な防御は攻撃です。自分と仲間を守りたくはないのですか」

「守りたいけど……」

「安心してください。如意棒は殺人用ではありませんから。パワーは四段階あります。一段階目は電気ショック、二段階目は失神、三段階目は仮死状態、四段階目は注意してください。殺人、死です」

「四段階目は必要ないわ」

「五メートル先の車に、棒の先を向けてください。バリアを張っていても、こちらから攻撃できます」

「わかった」

「いいですか、構えて、パワーいち、と言います。やってください」

「パワーいち」

 車の車体に光が当たって輝いた。

「二、三も同じ方法でやります」

「パワーに」

 車体に黒い影がついた。


「これ、柳生新陰流とどう関係しているの。これは刀ではない。飛び道具じゃない」

「サクラコ、柳生新陰流の極意は、心の中にあります。刀の使い方だけではありません。武器を相手に向けたときの心構えが、柳生新陰流の真髄です」

 ウム、なんというロボットだ。


「ところで、サクラコ、タケシに、タケ爺と呼んでいいか訊きましたか」

 もうタケ爺って呼んでいるし、今さら訊くわけにいかないし。

「ああ、訊きましたよ」

「なんて言いました?」

「何とも」

「サクラコ、嘘が下手ですね」

 ウム、なんというロボットだ。



「八月三十一日を起点として、ジュンガルへの到達期限を七日間とすると、九月六日の昼までに、到達の目途をたてなければならない。そうすると、あと実質二日だ」

 成田が大声を張り上げた。タケ爺にしては、いつもの落ちつきがない。でも、その気持わかる。午後になっても到達の目途がたたなければ、本部に連絡しなければならない。その時、戸倉絵美に連絡するのか、有村勇哉に連絡するのか、決断しなければならなくなる。


 スカイが帰ってきた。スカイは成田、ドクター、そして桜子のロボットスーツ左腕のモニターに映像を映し出す。それは、移動する騎馬隊の上空からの映像だった。その位置は、ここから南南西十一キロの地点だった。

「やつらまで、八キロ地点まで、近づこう」


 デミルベックが騎乗した。スパイダ―が立ち上がる。

「グレイとレッドを斥候に向かわせる。やつらも、斥候を出してくるかもしれない。グレイにその対処を任せよう」

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