18 食事担当の桜子が起きてこない
午前四時、成田毅は設定していた時刻に目覚めた。
周囲を見回した。スパイダ―を取り巻く一帯が赤色灯に照らされている。目の前に焚火の炎があった。その近くの地面に寝袋が畳まれて置かれてある。
使者テミルベックの姿がない。
桂木ドクターが闇の中から現れた。
「どうした?」
「眠れなくて、早く起きてしまったわ」
「桜子は?」
「熟睡している。若いっていいわね」
「ジャンとジュンガルの案内人はどこに行ったか、知っています?」
「あの山脈の麓、馬に与える飼草を捜しに行った。ジャンはその護衛。五時までには帰るって言っていた」
「本部に連絡するのは、止めにしました。期限までにジュンガルに着けそうにもない時には、連絡せざるをえませんけど」
「そうね、それでいいと思う。桜子さんには、わたしから話しておきます」
桂木はテーブルにマグカップを置いた。
「ミルク飲むでしょう」
「ありがとう」
「コーヒー、飲みます?」
「はい」
桂木はコーヒー豆を手動のミルに入れ、ハンドルを回し始めた、成田はミルクを口に含んだ。生ぬるかった。
「このミル、父が使っていたものなの。わたしの大事な父の形見」
コーヒー豆を挽き終えると、彼女はドリップサバ―にペーパーフィルターをセットする。
「娘のことだけど、府中を発つ朝、連絡が入ったの。あなたへの報告、遅れて悪かったわ」
「成功したんですね」
桂木はフィルターにコーヒー粉を入れながら頷いた。
「今度はわたしの番。手術を成功させて、桜子の婚約者、綾人を救いだすわ」
「朝食担当が起きてきませんね」
成田はスパイダーの後部開閉口を見ながら言った。
「今朝はムリかも」
「わたしが、やるしかありませんね」
「そうね」
桂木は笑みを浮かべて湯気のたつコーヒーカップを成田の前に置いた。コーヒーの香りが心を和らげる。成田はゆっくりと飲んだ。南海のプラットホームで飲んだ、インスタントコーヒーとは全く違う。おのずと笑みがこぼれる。
成田はスパイダ―の後部開閉口の扉から中に入った。腕に内蔵されている検索モニターを見る。朝食パッケージとレンジを検索する。
「スパイダ―、D4とD2を開けてくれ」
二つの木箱の上部蓋が両開きした。D4の箱から朝食パッケージ四つを取り出す。D2の箱からレンジを出す。レンジの上に朝食パッケージ四つを載せて、スパイダ―の体内から出る。
東の山脈の峰が仄かに赤く色づいている。
成田は朝食パッケージとレンジをテーブルに置いた。レンジの起動ボタンを押してみる。モニタ―が青白く点滅した。
「充電してありますね」
成田は停止ボタンを押して稼働を止めた。
グレイとブルーが立ち上がった。
馬の手綱を引いて、ジュンガルの使者テミルべックが歩いてくる。その後ろからジャンがついて来る。
「ドクタ―、サクラコを起こしてきてくれませんか」
「わかった」
桂木はスパイダ―に入っていく。
成田はレンジを再び起動させた。レンジの中に一つ目のパッケージを入れ、朝食パッケージを指定する。レンジの中が赤く染まった。
四つの朝食パッケージの処理が終わった頃、桂木がスパイダーから出てきた。
「あと、五分待って。女の子は準備がいろいろあるから」
成田は朝食パッケージの上部の切れ目を裂いてみた。パッケージは広がり、大皿になった。様々な食材に満ちたスープが、大皿一杯に溢れている。食欲がそそる。
桜子がスパイダ―から出てきた。気まずそうに頭を抱えたまま歩いて来る。レッドがとぼとぼとついて来る。
「ようやく、朝食担当がお出ましだ」
成田が笑顔を向けて呟いた。
「申し訳ありません。寝坊しました」
桜子は最敬礼する。
「今日からは、ロボットスーツを着て寝ることね」
桂木も笑いながら言う。
「わかりました。そうします」
桜子は頭を下げたまま言った。
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