17 武力集団ガルバンに弟が連れ去られた、とジュンガルの使者が言った 


「ニホン、カ? ニホン、カ?」

 闇の中から声がした。

 成田毅が声の方向にランタンの光を向けた。馬上で松明を持ったブルゾン姿の男が浮かび上がった。

「ニホン、カ?」

「そうだ」

「ジュンガルからの使いの者です」

 キルギス語だった。ロボットスーツのAIが即時通訳している。ヘルメットの中で日本語となって聞こえてくる。

 使者は馬上から降りると、手綱を引いて歩いてきた。


「水と食べ物、ありますか」

 桜子が手に持っていた水筒を差し出した。男は喉を鳴らして呑んだ。水筒がからっぽになると、桜子から渡された干し肉にかぶりついた。

「何があった?」

 成田が訊いた。

「来る途中、ガルバンに襲われました」

 男は干し肉を噛みながら答える。

「弟が逃げ遅れて捕まりました。馬二頭と食糧も」


 桂木が椅子を持ってきて、彼を座らせた。

「ガルバンに襲われたのは、ここから近いのか」

「馬の脚で半日ほどのところです」

「何人ほどいるんだ、ガルバンは」

「三十人ほどです」

「ガルバンは追ってこなかったのか」

「獲物が手に入ると、彼らはそれ以上深追いしないのです」

「彼らも馬で移動しているのか」

「はい」

「武器は、何を持っている?」

「ライフル銃です」


 スカイの報告では、ガルバンを見つけることができなかった。今は既に南方の方角に離れているのだろう。彼らとの接触は避けなければならない。

「弟さんは、これから、どうなるの」

 桜子が腕を組んで訊いた。

「奴隷として売られると思います。ガルバンの中か、他国で」

 桜子は大きな吐息をつくと、成田を見つめた。

「ジュンガルとは、連絡がつくのか」

「通信機も奪われました」

「そうか、それでは仕方がない。明日は陽の出とともに出発することにしよう。ドクターと桜子はスパイダ―の中のベッドで寝てください。シャワーボックスもありますから」


 桂木がスパイダ―の後部開閉口の前に立つと、ジャンが開閉口の扉を開けた。桂木は開放口の中へ入っていく。桜子は成田を見つめたまま動こうとしない。彼女の心の中は透けて見える。成田はそんな桜子の感情を無視した。

「爺さん」

 桜子は大声を出した。

「お嬢さん、小笠原基地で約束しましたね。警護については、すべてわたしに任せると。口出しは認めません」

 桜子は溜息をつくとスパイダ―に向かった。


 ジュンガルの使者は馬上から寝袋と飼葉を下ろした。馬に飼葉を与え、寝袋を砂の上に敷いた。無言で寝袋の中に潜りこむ。

 成田は腰を下ろした。今夜は野営だ。ロボットスーツが体を守ってくれる。南海の戦場では、プラットホーム上に転がって寝た。そのときより、この砂漠の砂の上のほうが快適だ。

 成田はジャンに赤色灯をつけ警護を続けるように指示した。


「私の名は、テミルべックです」

 寝袋の中から聞こえた。

「わたしの名は、ナリタ」

 成田も答えた。


「弟を助けてもらえませんか」

 寝袋の中で、二つの眼が光っている。

 成田は答えるのをためらった。寝袋の中の両眼が答えを待っている。

「それは、……できない。われわれは、期日までにジュンガルに着かなければならない。それに、このチームを危険にさらすことはできない」


 少し間をおいて、成田は寝袋の中を見た。寝袋は閉じられていた。

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