第二幕
第三章 ジュンガルへの道
16 巨大蜘蛛が砂漠に舞い降りる
砂塵を巻き上げながら、軍用ヘリが砂漠の上空十メートの位置でホバリングする。輸送歩行機を着地させ、吊り下げていたロープをヘリ本体から取り外すと、ヘリは十メートルほど離れた場所に着陸した。
後部開放部のドアが開く。プロペアが巻き上げる砂塵が、機内に流れてくる。成田毅はヘルメットのシールドを上げた。
ジャンが真っ先に機外の砂塵の中に出ていく。
「グレイ、スカイ、行くぞ」
成田はシートベルトを外し立ち上がり、ジャンの後を追った。バードロボのスカイが彼の左肩に止まった。ドックロボのグレイが後ろについて来る。
プロペアの旋回が止まり、砂塵は南方に流れていく。視界が明るくなっていく。成田はヘルメットのシールドを上げた。北方は険しい山峡が迫り、南方は荒涼とした荒れ地が広がる。寂寥感漂う異質な世界。風は乾燥し、冷たい。まるで見知らぬ惑星に下り立ったかのようだ。
「帰還します」
ヘルメットの中で、パイロットの声が聞こえる。
「了解。ありがとう」
後部開放部が閉じられると、プロペアが廻り出し、ゆっくりと浮き上がる。成田は再びヘルメットのシールドを上げた。ヘリは北の山峡に向かって飛んでいく。その山峡から、二機のヘリが飛行してくるのが見えた。桜子と桂木ドクターが乗っている二機だ。
成田は輸送歩行機スパイダ―の外皮を摩った。
スパイダ―は蜘蛛型だが、蜘蛛の特徴を示しているのは頭胸部と頭胸部から出ている左右四対の脚だけだ。腹部は付いていない。歩行機としては、腹部は物理的に無用の長物なのだ。だからスパイダ―は正確には蜘蛛とは言えない。
スパイダ―の全長、すなわち頭胸部の長さは十メートルある。高さは五メートル。形は長方の蒲鉾型をしている。それにしても脚が物凄く太い。機能を検索すると、五・二トンの体で四十トンの荷を運べると記されてある。
頭部に廻って、スパイダーの顔を見上げた。長方形の顔に黒く大きな眼が二つあり、その下に左右から閉じた口がある。この顔は蜘蛛の顔だ。
「ジャン、後部の扉を開けてくれ」
「中に入りますか」
「そうだ。中を確認する」
スパイダ―は八つの脚を折り曲げ、腹這いになった。
後部の開放部は左右に開いていた。
成田は足を踏み入れる。天井に移動式クレーンがついている。クレーンに沿って奥まで歩いた。突きあたりには。通路を残して大型バッテリーが占拠しており、それに接続して空の貯水タンクが固定されている。通路を通って顔の内部に入った。右片側にシャワ―ボックスが設置されている。左側に作りつけのベッドが二台。
その先には、パイロット用の椅子が三脚、その前の顔の裏側には、二つの大きな丸い窓がついている。あの黒い目玉だ。
外に出ると、二機のヘリが上空で旋回していた。
成田は両手を上げて振った。
グレイはスパイダーを基点にして二百メートルの範囲の状況を走り回りながら調査している。スカイは上空百メートルまで上がり、周囲の状況を映像で把握している。成田はグレイにもスカイにも何も指示していない。この二体のロボットは、既に組み込まれてある行動規範によって行動しているのだ。
二機のヘリは上空で旋回をくりかえしていたが、まず一機がスパイダ―の近くに着陸した。そこから十メートルほど離れた地点に、もう一機が着陸する。最初に着陸したヘリの後部開放部から桂木ドクターがブルーと共に降りてきた。続いてもう一機から桜子がレッドをひきつれて飛び出してくる。
桜子と桂木は成田に向かって笑みを浮かべながら歩いてくる。
「ついに来たわね」
桂木は腕を組んでスパイダ―を眺めながら言った。
成田は桂木が乗ってきたヘリに近づき、ジャンを呼んだ。これからは、ジャンの独壇場だ。
「積荷の移し替えを行います」
ジャンはそう言うと、ヘリに入っていく。五分ほどして最初の梱包した荷物を台車ごと、クレーンで吊りあげて運びだした。これは、ジャンにしかできない。この作業手順もすべて前もって入力されている。
最重量の荷は、二機のヘリにそれぞれ載せている水槽タンクだった。全部で十に小分けされている。それぞれのタンクを台車の上に載せ、スパイダ―の解放部まで運ぶ。
荷物をすべて運び出したヘリ二機は上空に舞い上がった。そして山峡の方角に飛行していく。
グレイが戻ってきた。ヘルメットの中に異常なし、という発音が聞こえる。スカイも下りてきて左肩に止まった。スカイは耳元で囁く。千メートル四方に動物の姿がない、と。
「爺さん、ジュンガルからの案内人、来ていないわね」
「そうだな」
「大丈夫かな」
桜子が不満げに言う。
たしかに、近くに来ていたらヘリの陰影で我々の到着を知ったはずだ。今日中に遭遇しなければ、期日までにジャンガルに到着することは、困難になるかもしれない。成田はスカイに対して、南方二十キロの半径を探索するように指示した。スカイは再び上空に舞い上がり、南の空に飛んでいく。
荷物の積み替えで一番時間が要したのは貯水タンクに水を入れることだった、それでも全作業は一時間ほどで終わった。
「ドクター、タケシ、積荷の状況を確認してください」
ジャンがスパイダ―の後部開放部から顔を覗かせて言った。桂木はスパイダ―の体内に入っていく。成田もその後に続いた。バッテリーの後ろの位置にある貯水タンクには水が満たされている。その前に折り紙工法の手術室があり、さらにその前に梱包された医療機器、医療用器材・薬剤などの入った荷物があった。
それらの荷物はすべてが、フックとロープでスパイダ―の内壁に固定されている。そしてその後ろには、食糧品を詰めたタンク、日常生活用品の入った三つの木箱、武器、防衛装備品の詰まった金属製の二つの箱がフックとロープで固定されている。
ジャンのやることは、完璧だ。しかも早い。
「ジャン、オーケーよ。素晴らしいわ」
「ありがとう、ドクター」
成田と桂木がスパイダ―から降りると、ジャンはスパイダ―の後部開放口を閉じた。
西の空が夕焼けに染まっている。
成田はこの場所でジュンガルの案内人を待つことにした。明日の朝までは、前線基地には報告しないことにした。それが最善の策だと。成田は考えた。桜子も桂木も成田の提案に同意した。
夜八時になって、赤色灯の灯の下で夕食をとった。パンと干し肉と葡萄酒だ。味気ない食事が終わったころ、スカイが戻ってきた。成田の左肩に止まり、報告する。ジュンガルの案内人が来た、と。
暗闇の中で、松明の灯がともった。
成田が立ち上がると、桜子も桂木も立ち上がり、灯の方向に目を凝らした。
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