15 最高指導者ローランは魔女かもしれない



 三十分経っても、有村勇哉は戻ってこない。

 成田毅は腕を組み目を閉じていた。黒崎桜子も桂木ドクターも沈黙を続けている。テントの外で微かな音がした。成田は目を開け、周囲を見回した。戸倉絵美の姿がなかった。桜子が腕を組んで目を閉じている。桂木ドクターは、コーヒーカウンターでカップにコーヒーを注いでいる。腕部分に装着されているデジタル時計を見た。十三時五分だった。


 桂木は成田の前にコーヒーカップを置いた。

「大丈夫かな、わたしたち」

 桜子が目を閉じたまま不安げに呟く。

「大丈夫、大丈夫」

 桂木が桜子の肩を摩りながら言う。そういえば、桂木の娘さんの手術はどうなったのだろう。今朝には、結果が判明しているはずだ。戸倉も桂木もそのことについて一言も話していない。

 有村が出ていって、四十分が経過した。成田はコーヒーカップを持って立ち上がった。


「遅くなりました」

 有村の部下の黒田早紀が突然テントに入ってきた。

「有村は現地司令官との交渉が長引いていますので、続きは私が説明します」

 彼女は成田の前の椅子に腰を落とした。

「わたしからは、ジュンガルについて説明します」

 成田は椅子に座ってコーヒーを飲みながら真正面にいる黒田を見つめた。


「ジュンガルという新興集団が現地に現れたのは、今から十五年ほど前のことだと言われています。ローランという女性が、移住してきた数十人の難民と共に、小さな村を作ったのです。当時、この地域は疫病に汚染されていて、住むことはできないみなされていました。ローランは特殊な能力を持っているらしく、この盆地全体が安全な地域になっていると、察知していたのです」

「特殊な才能ですか……」

 桂木が呟いた。

「はい。彼女のことを、魔女だという人がいます」

「まじょっ、それ、すごくやばくない。魔女を手術するのよ、ドクター」

 桂木が笑みを浮かべた。

「人間にしろ、魔女にしろ、生き物に違いない」


「人口は、現在五、六万人。議会があり、議員が五人。任期は五年です。そのうちの任期の長い順に筆頭執政官が一人、その次に次席執政官、執政官に就任しています。筆頭執政官の任期は一年、一年が経過しますと退官し、次席執政官が後任につきます」

「われわれの交渉相手は、ローランなのか、それとも筆頭執政官なのか。どっちだ」

 成田は腕を組んだまま尋ねる。

「場合によりますが、筆頭執政官と考えてよろしいかと」

「その仕組みを考えたのが、ローランというわけだ。彼らとの交渉は、それほど心配することはないかもしれない」

「ジュンガルが特徴的なのは、統治体制だけではありません。住民全員が平等で貧富の差がありません。完全な共有化社会なのです。個人は自分の所有物や、資産を持っていません。すべてが、共有なのです」


「医者として、どうしても気になっていることが、二つあるんだけど、いいかしら」

「どうぞ」

「一つは、輸血用血液のことです。手に入りますよね」

「現地で調達できます。ローランのためなら、住民は血液の提供を願いでるでしょう」

「もう一つは、ドナーのことです。ドナーはどうなっていますか」

「おります。ローランのためなら、と名乗りを上げた者が、一人」

「想像つかないわ。命を落とすのよ」

「それ以上、詳しいことはわかりません」

「一人の命を取って、一人の命を救うなんて、わたしにはできないわ」

「ジュンガルに行って、ドナーから話を聞いてください。きっと、特別な事情があると思います」


 重い雰囲気に包まれた。

 黒田は周囲を見回し、後ろを振り返った。そして体をテーブルに乗り出し小声で呟いた。

「ひとつ、重要な忠告があります。戸倉絵美には、注意をしてください。よからぬ噂を聞きます。五社連合の寺島以外の会社に通じている、と」

 桜子と桂木が顔を見合わせた。

 なるほど、桂木ドクターが言ったとおり、この任務は出たとこ勝負なのだ。

 面白くなってきた。成田は唇を緩めた。


「遅くなりました」

 有村がテントに駆けこんできた。

「ヘリが、あと一時間ほどで到着します」




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