13 シベリア前線基地 クラスノヤルスクの南南西



 機内に響く騒音で目覚めた。

 足元にドックロボのレッドが伏せている。黒崎桜子はレッドの頭を摩った。

 後部搬入口が開いていて、梱包された荷物をジャンが運び出している。目的地、クラスノヤルスクに着いたのだろう。機内奥まで差しこむ陽の光が眩しい。軍用輸送機がハバロスクに着陸したことまで記憶している。その後のことは覚えていない。昨夜の寝不足が響いて寝込んでしまったのだ。


 成田毅も桂木ドクターも戸倉絵美もいない。時計を見た。午後二時五分。日本時間だ。現地時間で何時だろう。桜子はシートベルトを外して立ちあがった。

「お目覚めですか、サクラコ」

 作業を終えたジャンが、搬入口から桜子を見ている。

「みんなどうしたの」

「基地のテントで食事をしています」

「どうして起こしてくれなかったの、ジャン」

「タケシがそのまま寝かせておけといいましたので」


 桜子は搬入口から滑走路に飛び降りた。太陽が天空にあった。そこは見たこともない異国の地だった。真正面に頂きに雪を被った山脈が見えた。周囲は原野で、遠くに青色の森林が見える。建物といえば、三階建ての、小さな管制塔があるだけだ、さびれた軍用基地だった。

 滑走路から外れた敷地に、大きな白いテントが二つ張られている。

「みんなのいるテントはどっち」

「左側のテントです」

 桜子は駆け足で、そのテントに向かった。レッドもぴったりと彼女に寄り添ってついてくる。


 天幕の中に飛びこむ。

 中央の長方形のテーブルで六人の男女がコーヒーを飲みながら談笑している。まず成田毅と桂木ドクターの顔が見えた。その隣に顎髭を蓄えた五十代の男。その隣に四十代の女、背中を見せているのは戸倉絵美だ。その隣は四十代の男。二人の男と一人の女は知らない人物だ。三人ともグレーの軽装用ロボットスーツを着ている。

 桜子は怒りがこみ上げてきた。自分だけが、除者扱いされている。

 桜子に最初に気づいたのは桂木ドクターだった。右手を上げて来るように手を振っている。成田も笑顔を浮かべている。戸倉もその隣の男も、振り返った。桜子は感情を押し殺して近づいていった。


「皆さん、紹介します」戸倉が立ちあがった。

「救出チームのリーダ、黒崎桜子様です。ご存知ですよね、寺島綾人の婚約者です」

 戸倉がわたしのことを様付けで読んだ。薄気味が悪い。

 桂木ドクターの隣の顎髭の男が立ち上がり、桜子に向かって歩いてきた。


「内務省渉外担当の有村勇哉といいます。今回の救出プロジェクトの渉外を担当します」

 有村は右手をさしのべ握手を求めてくる。桜子は無表情で彼の手を握った。

「こちらの女性は黒田早紀、男性は田中祐樹です。わたしの部下です」

 桜子は求められるまま、この二人とも握手を交わした。

「ハバロスクでは、あなたと挨拶ができませんでした。大変失礼いたしました」

 この三人はきっとハバロスクで乗りこんできたのだ。その時のことは覚えていない。桜子は熟睡していたのだ。


 戸倉が有村の前の椅子を引いて、桜子に座るように促した。桜子は言われるままにその椅子に腰かけた。先ほどまでの怒りが腹の底に押し込まれた。なんとも気分が悪い。

「桜子さまの食事が終えましたら。これからの行動計画をお伝えします」

 有村はテーブルを挟んで立ったまま話した。

「失礼します」

 有村はその場を離れると、二人の部下と短い会話を交わしてテントを出ていった。


「どうして、起こしてくれなかったの」

 桜子は戸倉を睨みつけて言った。

「ハバロスクで、それともクラスノヤルスクで?」

「どちらでもよ」

「あなたは、寝る前に、絶対起こさないでって言ったの、忘れたの」

「そんなこと、言った覚えはないわ」

「じゃ、ジャンに訊いてみるといいわ。彼はぜったい嘘をつかないから」

「じゃ、訊いてみる」

「それからね、ジャンが言ったのよ。桜子は疲れているから、起こさない方がいいって」

 ジャンはわたしに言った。起こさないほうがいいと言ったのは、成田の爺さんだ、と。嘘つきは、戸倉なのか、それともジャンなのか。


 ウエイターが昼食をトレ―に載せて持ってきた。

 分厚くカットした食パン二きれに、たっぷりとバターが塗られている。香ばしい香りが食欲をそそる。茹卵が二つ、羊肉を煮込んだコーンスープ。桜子は大きな吐息をついた。

「これで機嫌を直して。わたしも悪かった」

 戸倉は笑みを浮かべて言う。

 まるでわたしを子供扱いだ。

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