11 命のペンダント

 


 北原執事は黒光りの装甲車に向かって歩いて行く。成田はその後に続いた、振りかえると、奈津子は気乗り薄気に腕を組んで歩いてくる。依頼主の寺島総裁は雲の上の人だ。名前を聞いただけで、震えあがる将校もいる。成田は吐息を洩らすと、けだるい足取りで装甲車のドア口まで歩いた。


 北原執事はドア口で装甲車に乗るように促す。成田は車に乗り込み、車内を見回した。中は思ったより広く、明るい照明で照らされている。眩しさに、成田は目を細めた。

「ドクターはどうした?」

 運転席を背にして、歩行椅子に老女が座って成田を見つめている。名前は知っている。五社連合総裁寺島麻莉。

 成田が後を振り返ると、桂木がけだるげに入ってきた。

「ここに座って」

 寺島総裁は顎で前の椅子を示した。

 成田は恐るおそる彼女に近づいていき、向かい合って座った。彼女を見上げる恰好になった。彼女はガチョウ脚の椅子に座っているのだ。脚は畳み込まれているが、それでも成田の視線の上方にある。

 遅れて桂木が成田の隣に腰を落とした。


「小笠原では、大変だったね。生き残れたのは幸いだった」

「なんとか……」

 寺島総裁は表情を変えずに淡々と話を続ける。

 攻撃してきた相手を調べているんだが、まだ分からない。兵隊さんたちは、南方の連合国家だと言っているけれど、わたしには、どうしてもそうとは思えないんだ。これは日本への攻撃ではなく、寺島ホールディングスへの攻撃かもしれない」

 成田は寺島をはじめとする企業連合の状況については何も知らない。彼は寺島総裁を見上げたまま次の言葉を待った。

「悪い予感がするんだ。孫の拉致も今度の攻撃に関係しているかもしれない……」

 成田は腕を組んで寺島を見上げたが、すぐ視線を落とした。自分に兵士としての意見を求められたらどうしよう。畏れ多い話だ。ただ、今度の任務と関係のないことを祈るだけだ。それに総裁がそのことを認知しているならば、何らかの手を打っているはずだ。そう自分に言い聞かせる。


「あなたたちの任務は、簡単ではない。第一に準備に時間が足りないのだ。今度の任務も、ジュンガルからの条件という制約がある。時間に追われているのも、その制約のためだ。その限られた制約の中で、わたしは最善の対策を講じた。何事も、作戦に万全ということはない」

 自分は職業軍人ではないから、専門的な作戦行動がどうあるべきかは分からない。だが、今度の任務は明らかに杜撰だ。あまりにも先を急ぎ過ぎる。


「あなたち二人を選んだ理由は理解しているね。桂木ドクター、どうですか」

「わたしの場合は、相手側が指名したからです。その理由はわかりませんが」

「それは、あなたが、臓器移植と記憶移植を行える外科医だからです。それは、分かっていたでしょう。記憶移植用医療機器の用意を、ジュンガルが指定してきていたから」

 成田は漠然とした不安感に襲われた。記憶移植のことは、初耳だった。話が複雑になるほど任務は困難を増していくものだ。


「あなたをジュンガルが指名したのは、記憶移植に成功しているのは、世界であなただけだから。わたしはそう思う」

「記憶移植に成功したと言っても、一回だけですから。次も成功するとは限りません。もし失敗したらどうなるんです」

「さあ、どうなるんだろうね。わたしには分からない。その時は、その時。あなたたちが、知恵を絞って乗り切るしかない」


 北原執事がトレ―に果汁の入ったグラスを載せて来た。グラスを寺島、桂木、成田に渡していく。

「あなたたちの心配も理解できる。でも今は腹をくくるしかないんだ、失敗すれば、寺島ホールディングスは崩壊する。わたしは覚悟が出来ている。あなたたちも腹をくくるしかないんだ」

 桂木が沈黙した。彼女はどう感じたのだろう。成田は息が詰まる思いだ。

 寺島総裁はグラスの果樹を口に含んだ。

「桂木ドクター、あなたの娘さんの手術は今夜行われることになった。きっと明日の朝には、吉報が届くだろう」

 桂木は寺島を見上げたまま大きく頷いた。

「成田タケシ、あなたの望みはロボットを手に入れることでしたね。名前はたしかジャン」

「そうです。それともう一つ。成功の暁には、兵役終了と年金、医療保険の支給をお願いしています」

「わかった。約束しよう」


「問題は桜子のことだ。ジュンガルは、医療チームの代表者はわたしか、孫の綾人の親族かそれに準ずる者と指定してきている。わたしの他に、その条件に合うのはあの子しかいない。たしかにあの子は若すぎる。知識も経験も見識も乏しい。だが、ジュンガルの条件だから、仕方がない」

「サクラコさんのことなら何とかなるでしょう。大丈夫です」

 成田は目を伏せて言った。

「どうして、そう思う」

「それは、総裁がサクラコさんの将来性を買っていると思えるからです。そうでなければ、お孫さんの婚約者にはなさらなかったでしょう。それに、もう一つ、サクラコさんは、総裁によく似ています」

 寺島総裁は声に出して笑った。


「気に入った。事情は分からないが、あなたは、桂木ドクターが見込んだだけのことはある。二人にお願いがある。サクラコを孫の片腕になれる人材に育ててほしい。寺島の運命は、あの子にかかっているから」

「分かりました。全力をつくします」

 成田ははっきりと伝えた。わたしも、そのつもりです、と桂木も口をそろえた。


 寺島麻莉の二脚椅子がすっと立ち上がった。

 成田も奈津子も立ち上がる。

「わたしは、今年の十二月三十一日に引退することになっている。あなたがたの使命は、十一月三十日の日没までに、孫を連れて寺島ドームに戻ること。その日の七時、国家と企業連合の体制決定の会議がある。そこにわたしの後継者、孫が存在していることが、寺島が生き残るための絶対条件なんだ。わかるね、ことの重大さが」

 麻莉の鋭い眼光が見下ろしている。


 ダチョウの脚を曲げて、寺島総裁は成田に直径が五センチほどのペンダントを渡した。

「それは、わたしへの唯一の連絡手段。一回しか使えない。一回使うと、通信回線ルートが外部に漏れてしまう。わたしに救い求めることができるのは、一回限りだ。よく考えて。わかった? わかったら首にかけて」

 成田は首にペンダントをかけた。周囲には、敵が潜伏しているということだ。気を許すな、と麻莉の眼差しが訴えてくる。

「それから、もう一つ。あなた方に必要な情報はすべて揃えたつもりだ。時間がなくて直接説明することはできないが、ロボットにすべて入力してある。必要なことはジャンに訊いておくれ。それで、あなたがたの不安は払しょくされるはずだ」

 成田は心が少し楽になった。総裁に会って話ができたのは幸いだった。

 

「ほかに何かあるか? 訊くなら今のうちだ」

「一つあります。サクラコさんにお金を貸してあります。今日中に返してもらう約束ですが、まだです」

「多分、倍にして返すとか言ったんだろう。金額はいくらだ」

「千五百円です。ハンバーガーと牛乳代です」

「わかった。北原から支配いさせる」


 二脚椅子は、後ろに方向転換した。そして背中で言った。

「いいか、もう一度言う。タイムリミットは十一月三十日、黄昏までだ。三か月、長いようで短いぞ」

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