チートただいま入荷待ち。
ちびまるフォイ
すべて織り込み済みの展開
その異世界には凶悪な魔王が現れた。
魔王はどれだけの人々が策を練っても返り討ちにし、
己の怒りと退屈しのぎに世界を混沌へと変えていった!!
* * *
そして、異世界にはまた新しい転生者候補が降り立った!
「あなたは生前に臓器異世界ドナー契約を結んだので
これから新しい世界に転生する権利を得ました」
「やったー! できればスタート・ウォーズみたいな
SFチックな世界に転生お願いします!
牧歌的なファンタジーはもうお腹いっぱいで」
「すべては読者が決めます」
「え」
読者が推したDボタンの結果、転生先はたわしになった。
「それはそれとして、お待ちかねのチートタイムです!」
「生前はどうにもパッとしない文化系だったので
異世界ではヤカラを一網打尽にする超パワーが欲しいです」
「つまり、どういうチートをご希望ですか?」
「ステータスが全部マックスで、なんの努力もせずに
涼しい顔で様々な困難を突破して、周りからチヤホヤされたいです!!」
「ステータス系チートですね、ちょっとお待ちください……」
神様は手元のタブレットを操作したが、すぐに顔が曇った。
「あーーすみません。今回そういったチートはご案内できなくて」
「え? どうしてですか? 読者の需要ですか」
「ではなくて、PTA的な問題です」
「は?」
【青少年の健全なる育成についての提言】PTA代表:スカイウォーカー
昨今、"チート"と呼ばれる能力を手にした主人公が圧倒的な力量差で
悪人をやっつける傾向が良く見られますが、これは青少年から努力する必要性を奪い
試行錯誤せずに融通の利かない成長をさせてしまう問題があります。
つきましてはこういった性質を持つ場合は、所持だけで逮捕すべきで――
「という文書が、こちらの世界にも来てるんですよ」
「今、パラメータ系のチート所持したら、逆に何されるかわからないですね……」
転生者はゴリ押しして手に入れることを諦めた。
反対を押し切って力を手に入れて、自分の意思を押し通せるくらいの男気があれば、
生前の妄想を異世界で晴らそうなどとチートを求めたりはしない。
「それじゃ、遠回しに努力系チートを下さい」
「努力系?」
「同じことをやっても、人の何倍も経験値が入って強くなれるとか
人の魔法を受けたら、それを継承コピーして使えるようになるとか。
チートに至るまでの過程がめっちゃブーストされているやつです」
「あ、それ再入荷待ちです」
「再入荷!?」
「能力系チートの風当たりがなにかと強いでしょう。
だからみんな同じようなものを求めるんですよ」
「ぐぬぬ……。俺のぶんのチートくらい残せよ……」
「どうしますか? チート諦めます?」
「いや、タイム系チートはありますか。
死んだら時間が巻き戻るとか、自分で時間が止められるとか。
強いわけではないけど、いろんな応用がききそうなやつです」
「あ、それは知能レベル的に無理です」
「どういうこと!?」
「タイム系チートは矛盾が生じないように管理する必要があります。
あなたの頭ではどうしても無理なんですよ」
「じゃ、じゃあ知識チートを!! それはあるでしょ!」
「えーっと……」
「現代の知識を持ったまま転生するとか!
異世界でもあらゆる現代知識を駆使できるとか!!
みんな知らないことを、これ見よがしに語って聞かせて、
"そんなこと知ってるなんてすごい!"と評価されたいんですよ!!」
「知識チートも品切れで……」
「ちくしょーー!!」
転生者はうなだれてしまった。
「こんなにもチート人気があるとは……。
逆に、まだ残っているチートはありますか?」
「飲み込みチートならありますよ」
「……えぇ……なんですかそれ……」
「飲み込みがめっちゃ早くなります」
「他には?」
「お通じチートで、トイレの悩みもすっきり解決。
ほかには、レンタルチートでいつでもDVDが借りられて――」
「飲み込みチートでいいですよもう!!」
かくして転生者は異世界へとチートをセカンドバックに抱えてやってきた。
「なにが飲み込みチートだよ……。
これじゃ丸腰で異世界へ来たのと同じじゃないか」
すると、時報のように人通りの少ない裏路地で
ガラの悪そうな男にネコミミの女性が襲われそうになっていた。
「グヘヘ。姉ちゃん。亜人がこの世界で商売するには
人間様に礼儀ってものを通す必要があるんだぜ」
「だ、誰か助けて――」
声を聞いただけで、転生者はすべてを飲み込み理解した。
「くっ! ここで俺が助けて、女の子に感謝されつつも
実はその女の子はどこぞの国のお姫様で、感謝もかねて招待され
ひいては王室関連のいざこざに巻き込まれつつも自分の手腕を発揮し
王様に能力を認められて世界平和のための戦いに身を投じることになるのか!!」
思わず頭に流れ込んできた言葉が口をついて出てきた。
「何言ってんだこの兄ちゃん」
「このガラの悪そうな男。実は裏で奴隷を売買している商人で
俺に負けたことをボスに報告すると、そのうち1人がボスに見せしめで殺され
ボスの強さを証明するとともに2度目のリベンジマッチで襲いに来るなんて!!」
相手が一言しゃべるだけで、これからの展開もすべて飲み込めてしまう。
それどころか、次に相手が何をしようとしているのかも把握できてしまう。
「こ、これが飲み込みチート……!?」
「なにをごちゃごちゃと死ね――!!」
しかし男の体の小さな動きから、その後の行動すべてを飲み込めるので
男をいなしてやっつけることなど転生者にはたやすかった。
あっさりと男を撃退させて、予想通りの「おぼえてやがれ」を言わせると
襲われていた少女はどこかにある台本でも読んだかのように感謝を述べた。
「ありがとうございます。実は私はマーガリン王国の姫で
こっそりお城から抜け出して城下に遊びに出かけているところを――」
「みなまで言うな」
すべて飲み込めた。この後の展開も含めて。
王室に招待されると、王様は娘を救ったことをいたく感謝した。
「不出来な娘を救ってくれて感謝する。あ――」
「みなまで言わなくていいです。
どうせこの子の婿候補として私を擁立させていく展開なのでしょう。
そして、婿候補者同士で戦うことになって、その中で私はますます認められつつも
女兵士長との三角関係に揺れ動きながらも世界の命運を背負わされていくということですね。
お 断 り し ま す」
「そこまで飲み込めてるの!?」
「はい。すべてを飲み込めたうえでお断りします。
なんかそういうめんどくさいのは嫌なので。
あ、でも、無駄ですよね。ここからあなたがあれやこれやと譲歩して
最終的に私が根負けするまでの展開もすでに飲み込めていますから。
これはあくまでもポーズというものに近いのです。
私自身は本当に、心から、断りたいと思っていますが……」
「ちょいちょい腹立つな……」
なにもかも把握して理解しているというのは、こんなにつらいと思わなかった。
タネがバレバレの手品に付き合わされているような感覚に近い。
この先の展開すべてを把握してしまい、どうしても白けてしまう。
展開が読めるので、当初望んでいたはずの、異世界で大出世もなしえたが心が満たされることはなかった。
そこに神がふたたびやってきた。
「やぁ、ごぶさた。なにか悩んでいるみたいだね」
「飲み込みチートがこんなにも辛いとは思わなかった。
こんな能力がなければ世界はもっと新鮮で楽しかっただろうに……」
「チートを回収するかい?」
「いや、ここで俺が回収すると言っても言わなくても
結果的にこのチート能力は手違いやなんやで戻ってくるだろう。
それもラスボス寸前の土壇場で。そして、その力を駆使して大逆転勝利。
そんな展開も把握しているから悩んでいるんだ」
「お、おお……」
「それに、ここは物語の起承転結でいうところの"転"。
俺がチートと悩むことがオチにつながるための必要な手順だと理解している。
理解しているからこそ、この先の展開をも見通していながら
こんなわざとらしく悩んで見せたりしなくちゃいけないんだ。辛いよ」
「……」
神は転生者の頭めがけてハンマーを振り落ろした。
あまりの突然の凶行だったが転生者は持ち前の飲み込みの良さでかわした。
「ちょっ……何してるんですか!?」
「お前がこの先の展開をペラペラとしゃべるからだろ!!
こっちだって準備していたオチと台本があるというのに
お前のせいですべておじゃんになったじゃないか!!」
「とかいいつつも、これはあくまでも急な展開を見せるための方法で
本当はちゃんと最初から用意していたオチに導くための過程でしょ!?」
「うっせぇ!! もう展開なんかどうでもいい!!
こんな世界すべて夢オチで片付けてやる!!!!」
こればかりはいくら飲み込みの早い転生者でも予想できなかった。
「そ、それだけは!! そんな乱暴な終わり方だけはやめてください!!
なんのためにこれまで一生懸命に話を進めたんですか!!」
「こっちは意表さえつければどうでもいいんだよ!!
お前がこの先の展開をつぶさなければ、こんなことにはならなかったんだーー!!」
神は「夢」と書かれたスイッチを押した。
* * *
「……夢か」
いつの間にかうたたねをしていた。
さっきまで何か夢を見ていた気がするがもう思い出せない。
目の前にはいくつもの部下がひざまづいていた。
「魔王様。次の進軍先はどこにいたしましょう」
魔王は地図を広げて指をさした。
「人間どもはこの土地を攻めると思わせてこっちからやってくる。
そして、そこで山賊に襲われた少女を助けたことで派閥ができる。
やがて人間同士の戦いが起きるから、そこを攻撃するために、ここへ進軍する!!」
魔王となっていた彼は持ち前の飲み込みの早さでを振るった。
チートただいま入荷待ち。 ちびまるフォイ @firestorage
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