桜空あかねの日常


私、桜空あかねは受難に日々を送る人生に、縁がありすぎるのかも知れない。


「頼むよ、桜空さん。君ならなんとか、できる気がするんだ」

「そう言われましても」


心当たりもないのに、昼休みに呼び出されたと思った途端、予想外の事に戸惑いを覚える。


「私カウンセラーじゃないんですけど」

「でもジョエルさんやアーネストさんとも、良い関係を築けてるよね?」

「アーネストさんともかく、ジョエルに関しては見当違いです」


そう、本当に見当違いだ。どこが良い関係なのよ。

朝食の折、結祈が淹れてくれたミルクティーを美味しいと言ったところ、今日のは甘すぎる。お嬢さんの舌は鈍いなどと嘲笑ってくる男なのに。

珍しく早朝からいるなと思ったら、開口一番でそれ。なんなの。そもそも私は甘党で、結祈はそれに合わせて作ってくれているの。甘くて当然じゃない。

文句言うなら飲まなきゃいいじゃない。

飲んだのなら黙って飲みなさいよ。

ジョエルに感謝していることは少なくないけど、嫌味を言わなければ死んでしまうのかと問い質したいくらい煩わしいあの口と、あのひねくれた根性は一生好きになれないわ。

断言できるほどに自信がある。

次また言ってきたら、彼の飲み物に大量の砂糖をぶちまけてやる。


「リーデルになって、もうすぐ1年になるし」

「全くもって関係ないと思いますが」

「無理のない範囲でいいから…ね?この通り!2年連続担任である僕の一生の頼みだから」





――――――――――――

――――――――

――――……




「……」


いまいち納得いかないまま教室に戻ったあと、席には座らず、教室を俯瞰できる場所で、私はある一点を見つめた。

教室の入口から見て一番奥の列。

後ろから2番目の席。そこにつまらなそうな顔で外の景色を見ているクラスメートがいる。

彼の名前は真取義友まとり よしとも

やや目つきの悪さが特徴的な黒髪の長身の男子。

2年に進級して初めてクラスメートになった。

なって3週間ほどだから、挨拶程度の言葉しか交わしたことはない。

が、彼はちょっとした有名人でもあった。

それはほんの1ヵ月くらい前に遡る。

最初に耳にしたのはダチであり、一緒にオルディネに所属する昶と課題に取り組んでいたときだった。


「なぁ真取って知ってる?3組のやつなんだけど」「知らないかな。何で?」

「アイツ異能者になったんだって」


一般人だった人間が、ある時期に覚醒して異能者になる例はいくらでもある。

私達くらいの年頃では珍しいけど。

だからその時は、大した関心はなかった。

だがそれから数日も経たないうちに、彼がクラス内で孤立している話が流れてきた。

昶や朔姫をはじめ、異能者のクラスメートの関心を集めていたからか、よく聞いていた。

どうやら今まで仲の良かった友人達との関係に亀裂が入り、異能者のクラスメートが話しかけても暴言を吐き粗暴な振る舞いをしているとのことだった。

その話は瞬く間に他クラスへも広がってしまい、結論から言えば異能者にも一般人にも煙たがられていたのだった。

そして2年に進級した現在も進行形で、すでにクラスから孤立している。

でも一旦、冷静に考えてみる。

噂は所詮は噂なわけで。現に噂に言われてた暴言や粗暴な振る舞いとやらはしてないのに。

風評被害もいいところだ。

つまりどこまで本当か分からない。

私もリーデルになってから、あることないこと中傷されている。

あの連中には本当に腹立つ。

ああ、今はその事じゃなかった。

真取義友のこと。

彼について私は知らないことが多すぎる。

でもほんの少しだが、分かることがある。

それは、彼がつい最近まで一般人だったこと。

唐突に異能者になってしまったことにより、彼にだって思うところはあるだろうと。

もしかしたら、自分や周囲の変化を受け入れられていないのかもしれない。

それなのに周囲の人達のことまで気遣えるかと言われれば、難しいだろう。

少なくとも私は無理だ。

例えば私が、一般人になってしまったら。

異能がなくなってしまうのはそこまで苦ではないにせよ、オルディネのことを考えたらそうも言ってられない。

それどころじゃないし、どうしていいかわからなくなる。

もはや他人は引っ込んでろと言いたくなってしまう。

しかし私達は世間でよく言われる多感なお年頃。

大人になるために、色んなことを知る大切な時間を過ごしている。

要は色々なことが気になってしまう。

彼もそうだろうか。

変わらず真取義友は景色を見ている。

まぁ多分、景色なんて見てないだろう。

そうすることで心を上の空にして現状から逃避しているだけで。それが唯一の術なんだろう。

もしかしたら彼は、残りの高校生活をそれで乗り切ろうとしているかも知れない。

だがそれを良く思わない人がいた。

それがあのどこか調子の良い担任だ。

教師として、あるいは一個人として見逃すことが出来なかったのだろう。


「桜空さん、真取くんって知ってる?」

「真取?私の席の左隣の?」

「そうそう」

「んー…挨拶くらいしかしてないですけど、それが?」

「なるほど……うんうん」


この時点で速攻で職員室を抜け出せば良かったかもしれない。


「ちょっと彼と友達になってくれない?」

「はい?」


その時の私は凄い顔してたと思う。多分。


「仰ってる意味がよく」

「彼の噂は知ってるよね?」

「…異能者になったことですか?それとも周囲から孤立していることですか?」

「両方。先生的にはね、ちょっとその状況をなんとかしたいんだよね」


はっきりと言わなかったが、理解はできる。

異能者となったことにより、彼視点では自分はおろか環境も変化したと思うのは容易い。

このまま放置すれば、異能者であるからと、しなくても良い諦めを常に持ちながら生きていくことになる。

だがそれは違う。

異能者であることは決して足枷ではない。

おそらく今が分岐点なのだと。


「真取くんは周囲の目もあって、きっと心細いと思うんだ。だからそこに傍若無人で破天荒な人が、傍にいてくれたらって」


私を軽くディスってないか。


「水を差すようで申し訳ありませんが、私は傍若無人でも破天荒でもないので」

「えー?」


殴ってやろうかこの教師。


「頼むよ、桜空さん。君ならなんとかできる気がするんだ」


私は数分前の出来事を振り返り、なんやかんや断ることが出来ずに現在に至る。

友達になってと言われても、それは故意的になるものではないわけで。

いわゆる自然と認識するものだ。

現状でいうなら、彼と私は挨拶をする間柄。

関係性でいうなら知り合いだ。

そこから友人へと発展させるために、私がするべきこと。

まぁ……とりあえずは会話をすることが大切よね。

巷でいうコミュニケーションだ。

でも何を話せばいいか。

今日は天気がいいね。なんてどこかの教科書みたいな例文なんて論外で。

そもそも昶と天気の話なんて唐突にしない。

瀬々は話してたかな。今日は天気がいいっスねって。知るかって感じだったけど。

色々と考えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

次の授業はなんだったかと思い出していると、視界の先にいる真取が、次の授業で必要な物を机の上に置き始める。

……そうだ。その手があった。私は彼に近寄る。


「あの…真取くん」

「あ?ンだよ、チビ」


声を掛けると、訝しげに鋭い視線を向けられる。

それにしてもチビって…。まぁ、そうだ。女子の中でも低身長の部類で、全くもってその通りなんだけど。

苛立つことはないが、直接言われるのはなんかこう……刺さるものはある。

粗暴な言動は本当なのかも知れない。が。

私はそんなことでめげたりしない。

なにせあの陰険男の嫌味を日々聞かされているのだから。

その点に関しては強者よ。


「実は教科書忘れちゃって。よかったら見せてくれない?」


本当は忘れてはないんだけど、接点を持つための足掛かりとしては有効なはず。


「…チッ」


見事なまでに綺麗な舌打ちではあったが、反して静かに机を寄せて教科書を広げてくれる辺り、根は優しいのかもしれない。

授業が終わったあと、すぐさま礼を伝えたが、特に返事はなくその日はそれ以降話すことはなかった。




――――――――――――

――――――――

――――……




その日以降、私は真取義友と毎日言葉を交わすように意識した。

挨拶ついでに1限から体育とかダルいね。とか宿題やった?とか。他愛のない一言を添えて。

隣の席ゆえ話しやすさもあってか、欠かすことは無かった。

はじめのうちは挨拶しかまともの返答はなかったが、2週間くらい経ってようやく、他愛のない会話にも答えるようになった。

と言っても、ほとんどがあー、おーとか一言ではあるけど、確かな進歩のはず。そう信じたい。

そう思っていると、授業が始まるチャイムが鳴る。

今日の授業はと思っていると、教室にやって来たのは担任で、首を傾げる。


しかし授業開始から間もなくして、その意味を理解する。

うっかり忘れていたが、この時期は毎年恒例の臨海学習。

2限まであるホームルームにて、どうやら班決めをしなければならないらしい。

これはある意味大きなチャンスだ。


「真取くんはどうする」

「行かね」


チャンスどころか、元も子もない発言を聞いてしまった。


「なんで」

「……」

「用事でもあるの?」

「…俺がいたって、どーせ邪魔なだけ」

「邪魔って言われたの?」

「あ?見りゃ分かんだろ」


然り気無く周囲を見れば、全員ではないが様子を伺うように、真取をチラチラと見ているクラスメートはいた。

彼の言う通り、大抵は邪魔な不穏因子を入れたくないと思うだろう。


「そう?私は邪魔なんて思ってないよ」


ただそれはあくまで一つの意見であって、私の意見ではない。


「真取くんと班作ろうと思ってたし」

「ハッ!友達いねーのかよ」

「うん」

「……」


即答すると、何故だか呆れられたような何とも言えない顔をされ、真取は沈黙する。

しかしこれはあながち嘘ではない。

1年の時仲良かったクラスメート達は、なぜか全員他クラスだ。

運がないのもほどがある。

昶や朔姫なんて同じクラスだ。

皮肉なもんだよ。


「だから一緒に組もうよ」

「だりぃ」

「お願いそこをなんとか」

「やだよ」


しばらく押し問答の繰り返しだったが、最終的に配られたプリントに名前を記入したことと、真取が折れたことにより、同じ班にはなれた。

だがもう一つ問題がある。

班を作るに当たって最低3人は必要なのだ。

だからどこかの班と統合しなければならいのだが、上手くいく気がしない。


「桜空さんはいいけどさ~…」


案の定、想定通りというべきだろうか。

人数が少ない班に提案したが、難色を示した。


「2人来ちゃうと人数が奇数になっちゃうんだよね」

「あっちの方が男子多いし、真取はそっちでいいんじゃない。んで、桜空さんこっち来なよ」


はっきりとは言わないが、組みたくないということなのだろう。


「真取って1年の時クラスのヤツ殴ったらしいじゃん。怖ェよな」

「オレ達もそうされたら嫌なんだけど」

「ってか臨海来んのかよ。来ないかと思ってたわ」


やり取りを聞いていたであろう、他の班の男子達の言葉が耳に届く。

微かに聞きとれるその言葉に込められているのは、好奇と嘲笑か。

真偽を確かめることすらせず、噂を真に受けているだけのそれは、とても冷酷なものに思える。

後ろにいる真取の表情は見えない。

でも私に聞こえているのだから、彼にだって聞こえているはずで。

ここまで言われて反論の一つも返さないのは肯定か。あるいは諦めか。それとも。


「そっかぁ。無理言ってごめんね。組むのやめとくよ」


やんわりと伝えて、真取へ向き直る。


「ごめんね。真取くん」

「…だから言ったろ。俺なんて――」

「二人だけでもいい?」

「――は?」


呆けた顔をしている真取に、私は笑みを向ける。


「だから班のメンバー。私と真取くんだけでいい?」

「は……今やめるって」

「やめるのは他の班と組むことね。与えられたものを疑いもしないで満足する人と組んでも、つまらないでしょう」


悪びれることもなくそうはっきり伝えれば、彼は少し戸惑った表情を浮かべた。


「班は3人からだろ」

「うん。でもそこは直江ちゃんに話すよ。組んでくれる人がいなかったって。別に困るものではないし……私達にとっては、ね」


クラスメートに聞かせるようにはっきり言う。

私達は一定の努力はしたのだ。

結果は芳しくなくても行動はしたのだから、恥じることはない。

そこまで言い切ったせいか、真取は唖然としてこちらを見つめている。

今まで見たことのない表情だったからか、何故だか笑いが込み上げてくる。


「ふふっ……なにそれ。変顔?」

「っるせぇ!」

「それと恒例の飯盒炊爨。あれ私得意じゃないから、よろしくね」

「ハァ!?はじめチョロチョロ中パッパだろーがァ!!」

「えっ、ちょっ笑う…!」

「笑ってんじゃねーよ!!」


それからも笑いっぱなしだったが、今日が一番会話したと思う。

それからというもの、真取くんとは授業の合間などにも話すようになったし、昼食も時折一緒に食べるようになった。

それと同時にクラスメートの怪訝な視線も、時折感じるようになったが、そんなものはどうでもよくて。

コミュニケーションの一環として、定期的に忘れるようにした教科書の貸し出しの際は、鈍臭ぇだの、バカちんなどと悪態をつきながら貸してくれるようになった。

話していくなかで、真取くんの色々な面を知ることができて、例えば私と同じく妹がいるとか、意外と甘党でクレープとかケーキが好きで辛いのは苦手。

昼食は基本パン。小テストの点数は、昶と良い勝負。

あと覚えがある限り、忘れ物をしたことがないので、意外と真面目らしい。

それから口が悪いのは元々のようだ。

ちなみに私のことは、チビから桜空ちゃんと呼んでくれるようになった。ちょっと新鮮。


「ねぇ真取くん、今日の放課後忙しい?」

「特に無ェけど」

「付き合ってほしいところがあるんだけど」

「どこ?」

「オルテンシアってお店。ファミレス的な?2組の瀬々達と定期的に放課後そこに集まるんだけど、良ければ行かない?」



と軽く誘ってみたは良いものの……――




「あかねっち~!俺は寂しいッスよ~!ああ、なんたる悲劇!!どうして違うクラスなんスか!?」


オルテンシアに着いた途端これだ。

相変わらず瀬々は喧しい。

真取くん、めっちゃガン見してるじゃん。


「うるさい。いいじゃん、隣のクラスなんだし。それに信乃や慎太郎と一緒なら良くない?」

「そうだよ。桜空さんなんて、誰とも一緒じゃないんだよ」

「信乃。それは心が痛い」

「あ、ごめん。でも一人知り合いいなかった?同じ中学の」

「アイツの話はしなくていいよ」

「しかし山川や香住とも離れるとは意外だったな」

「ほんとそれね」


今でも納得してない。

せめて一人くらいいてもよかったと思う。

来年は3年だし、絶対みんなと同じクラスがいい。


「二人はどうしたんスか?」

「今日は1組で交流会があるみたい」

「ああ、俺っちのクラスもやるッスよ!」

「3組はやるのか?」

「さぁ…」


あったとしても、今の状況だと参加しなさそう。


「そろそろ注文するよ。決まった?」

「んー、私はサラダとポテトかなぁ。真取くんは?」

「……チョコパフェ」

「え!真取っち、その顔で甘党なんスか!!」

「俺も汁粉は好きだ」

「慎太郎は味噌汁でいい?」

「ああ」

「瀬々は?」

「あかねっち!!」

「ないって」

「了解」

「ヒドイ!!!」

「私はメニューじゃないし」

「それに瀬々はもうドリンクバー頼んでるし、いいでしょ」

「ドリンクバーだけで、長時間滞在して騒ぐ迷惑客か」

「最悪だな」

「他にも頼んでるっスよー!!」


普段と変わらない賑やかな会話が続くなか、信乃が真取に話しかける。


「真取くんって、臨海は桜空さんと一緒の班?」

「まぁ…」

「二人だけ?」

「ん…そんなとこ」

「安定のハブられッスね」

「瀬々は少し黙ろうか」


相変わらず瀬々は相手の痛いところを突くのが得意というか、分かってる辺りが本当いい根性してる。


「なら僕達と合流しない?」

「は?」

「僕達の班も実は3人なんだよね。原因は瀬々なんだけど」


信乃の言葉に思わず瀬々を見る。


「なにしたの?」

「何もしてないっス!」

「何も?サボりたいから、仕事してくれる子と組みたいって宣言してたよね」

「うわ」


それは誰も組まないわ。


「結局、仲が良いと何故か認識されている僕らが生贄になったんだよ。だから班で色々しないといけないうえに、瀬々のお守りもやらないとだからさ。明らかな人手不足なんだよね」

「信乃っち辛辣!」

「正論だろう」

「葉風っちも酷い!」


安易に想像できてしまい笑いを堪えるのが、なかなか難しい。


「別にいいけど……俺とつるんで大丈夫なワケ?」


真取の控えめな問いに、信乃は首を傾げる。


「問題ないでしょ」

「上には上がいる。瀬々は常に炎上してるしな」

「炎上っていうかー、みんなオレっちに嫉妬しちゃってーメラメラなだけ……みたいな?きゃーこわわ!助けてハニー!」


瀬々はそう言って、隣に座る信乃へ抱き付く。


「ここまで来るともう末期だけどね。気にしないでいいよ」


瀬々を一瞥する以外特に何もすることなく、あくまで無反応なまま、信乃はそう告げた。

この状況か返ってきた言葉かは知らないが、目を丸くして呆気に取られている真取の姿に、ついに堪えられず私は思わず笑ってしまう。

それの気付いた真取は、一旦沈黙したあと口を開いた。


「…桜空ちゃんがいいならいいよ」

「うん。瀬々のお守り以外はオッケー」

「えーいけず!構ってダーリン!」

「人違いです。お帰りください」

「冷たい…!」





――――――――――――

――――――――

――――……






「今日はありがとう。迷惑じゃなかった?」


いつものように、瀬々達とあれこれ話して盛り上がって、しばらくして店を出た。

三人はこのあとも寄るところがあるということで別れて、私は真取くんと一緒に駅に向かっていた。


「別に。アイツらぶっ飛んでて面白すぎでしょ。さすが桜空ちゃんの友達だわ」

「でしょー……ってなんでそうなる!?」

「自覚なし?桜空ちゃんも大分ぶっ飛んでるから。じゃなきゃ、俺に話し掛けて来ないでしょ」

「確かにね」

「そこは否定するところじゃない?」

「話しかけたら、チビって言われたのに?」

「あー…………そうだっけ?」


言動とは裏腹に忘れてはいないらしく、真取は気まずそうに顔を背ける。


「別にいいよ。女子のなかでもチビだもんね。余裕で知ってるし」

「……ゴメンネ」


そっぽ向きながら謝られるが、とりあえず悪いとは思っているようなので、許すとしよう。


「まさか異能者になるなんて、思わなかったからなぁ…」


不意に、そんな言葉が聞こえた。


「――本当、唐突だったんだよ。俺の家族に異能者がいたわけじゃねーし、これぽっちも思わなかったわけ。クラスにはいたけど、そこまで関わりがあったわけでも無ぇ。漫画とかゲームに出てくる、魔法みたいなのを使える連中くらいしか頭に入ってなかったわ」


当時のことを思い出しているのか、真取はどこか遠くを見つめている。


「だから…異能を手に入れたって以外は、今までと何ら変わらねーと、勝手に思ってたんだろーな」

「……」

「最初の頃、自分でも動揺してたのか、学校にいる時も勝手に異能が出たりして、数日も経たずに周り知られちまって。そこからそんなに経たずに、ダチと呼んでいたヤツらが、次第と俺を避け始めるようになった。腫物に触る的な?なんかよそよそしいつーか。それを見てた異能者のクラスメートに、よくあることだからって気にするな。って言われて。ソイツも何がよくあることなのかはっきり言わねーから、自分で調べたし。普段全く読まない本とか読んでな。おかげで頭と目が痛かったっつーの」


普段しないことまでして知ろうとする姿勢は尊敬するが、そうしたのはきっと、異様に見えたからだろう。

友達や彼に声を掛けてきた異能者の子が。

異能を持つ前とその後では、あまりにも違い過ぎて。


「慣れないことした代償?というか報酬?全部じゃねーけど、なんとなく理解した。理不尽だな」

「…まぁ、そういう人もいるからね」


全員が等しく平等に同じ認識や価値観を持っていることはないし、すべてを理解できるわけもない。


「それぞれ考え方はあるのは分かる。異能者とただの人間で比べりゃ、異能があるかないかの違いはあるだろうよ。けどだからって、そんなに違うと俺は思わねェ。異能者が人にとって危険になることは、まぁあるだろーよ。けどよ、それを言ったら普通の人間だって、他人に危害を加えることができちまうもんだよ」


そう。そうだよ。能力の有無という違いはあれど、異能者と人は、本質的に致命的な違いはない。


「なのに都合の悪いところは見ぬフリで、都合の良いところだけ切り取って、調子こいて正当化しやがる……それが気に食わなかったってのもあって、前のクラスで揉めたりした」


彼の噂は強ち間違ってはないだろう。

だがそれは自分の主張をしただけで、受け入れられることがなくても、決して非難されるようのものではないはずだ。


「けど言い合いになって……思わず吹き飛ばしちまったのは、ダメだったよなァ……」


項垂れて、次第に語尾が小さくなりながら呟いた彼の様子を見る限り、どうやらアプローチの仕方は正しくはなかったようだ。


「吹き飛ばしたって、異能で?」

「そ。風を操る?みたいな。洗濯物や髪が秒で乾かせるようになったし、個人的には便利だと思ってっけど」


真取が軽く手を翳すと同時に、どこからともなく緩やかな風が吹いて髪が靡いた。

異能に関しては個人差はあるが、センシティブなものであることが多いので、聞く気はなかったが、どうやら彼の異能は多くはない自然タイプだったらしい。

泰牙さんが聞いたら、驚くような使い方をしてるみたいだけど。


「感情が抑えられなくなって、どうすることもできなかった。いくらわざとじゃねーつっても、危害を加えたことには変わらねぇ。アイツらのこと責められねぇわ。自分にもアイツらにも苛立って、途端に分からなくなって」

「……」

「これから先、そういったものと生きていくのかと思ったら、胸糞悪ィし面倒くせぇし、どうしたもんかって悩んでたんだ。今みたいに反抗し続けるか、あるいは諦めて静かに利口な生き方を選ぶか。そんなときだよ。忘れてもない教科書を見せてくれとかいう、ふざけたおチビちゃんが現れたのは」


またチビって…………ん?


「…今なんて?」

「置き勉常習犯ってことくらい、隣なら分かんだろ」


これは予想してなかった。

わざと忘れてたことに気付いてたなんて。

とはいえ。


「全部置き弁してたわけじゃないし」

「反論するとこそこかよ」


真取は噴き出すように笑った。


「大方俺に声掛けたのだって、直江に言われたからとか?アイツ担任になってから、やたらと俺に話しかけてくるし」

「…真取くん、もしかして頭良かった?あ、そんなことないか。小テストの点数あれだし…」


そう言ったら、頭を軽く小突かれた。


「――で、どーなの?」

「んー…大体正解。直江ちゃんに言われたのが、きっかけかな」

「やっぱ面倒事押し付けられたってワケか」

「そうでもないよ。君に声かけたのは、私自身が考えて決めたことだし」


だから義務感なんてものは欠片もなかった。

初対面でチビ言われたのはあれだったけど。

話すうちにその言動は元からみたいだったし、噂なんか当てにならないって分かるくらい、何だかんだ優しいところもあるのを私は知った。


「きっかけはどうあれ、私は君に声を掛けて良かったと思うよ」


そうでなければ、今こうして話すことすらなかったはずだから。


「――ハッ。お人好しにもほどがあんだろ」

「まさか。そこまで優しくないよ」


結局私は、自分が望んだことしかしていない。


「まぁでも、そんな私から何か言えることがあるとすれば、そうだなぁ……異能者も案外悪くないってことくらいかな?多分」

「そこ、多分なわけ?」

「私はそう思ってるけど、真取くんがそう思えるかは分からないから」


こればかりは本人次第なのだ。


「そりゃそうだ。でも桜空ちゃん見てっと、そんな気がしちまうのは何でかねぇ」


そう言いながら、真取は夕暮れの空を見上げる。


「――今年の臨海は、どうなるんかねぇ…」


静かに呟かれた言葉に、真取の顔を見る。

耳に届いた呟きが、悲嘆や憂いには聞こなかった通り、その瞳は澄んでいた。


「……きっと楽しいよ」

「だといいけどな」

「ご飯は任せたから」

「桜空ちゃんもやるんだよ」

「えー」















――――――――――――

――――――――

――――……



「ほらね、先生の言った通りだったでしょ。桜空さんならなんとかできるって」


朝から至極ご機嫌な担任。


「それは結構ですが、早朝に呼び出された私の気持ちはお考えで?」


いつもよりほんの数十分早い登校が、ここまで苦行なんて思いやしないもの。


「たまにはいいじゃない?今日は朝から小テストあるし」


…それもそうか。いや、流されるな私。


「真取くんは大丈夫そうかな?」

「本人次第です。でもクラスの子達とも少しずつ話してきてますよ。来週の臨海も行くって言ってましたし、私は信じてます」

「そっか。なら先生も信じるよ」


心底安心したような笑みを浮かべる直江に、私はずっと心の片隅にあった疑問を投げる。


「――どうして私に、彼の事を話したんですか?」

「え?んー…色々あるけど、一つは頼みやすかったからかな」


先生はいつもの調子で、つらつらと言葉を並べていく。


「桜空さんは諦めない子だからね。真取くんに必要だったのは諦めないこと。でもあの状況ではきっと自分で思い立つには難しい。だから諦めなくていいと教えてくれる存在が近くにいるならって考えたんだ」

「私が諦めてしまうことは考えなかったんですか?」

「それはないよ」


直江は和やかな口調ながらも、はっきりと断言した。


「理不尽に虐げられることを、放っておけない優しい子だからね。一度関わってしまえば、見て見ぬフリはできないでしょ」


先日の破天荒やら、傍若無人などの言葉はどこへやら。

内心悪態をつくものの、やはり面と向かって言われるのはこそばゆく、いたたまれない心情になるものだ。


「なんか勘違いしてません?そんな大層な性格してませんよ」

「そう?でも僕はそう思うよ。そんな桜空さんだからこそ、彼のことを頼むことができた。それは忘れないでね」




















「はよー。あかねチャン」

「おはよう。義友」


直江から解放され教室に戻れば、待っていたと言わんばかりに義友が声をかける。


「珍しく早いじゃない?」

「そりゃあね。今日朝から小テストじゃん」

「思い出したくなかったんだけど」

「また赤点取るんでしょ?昶と仲良く再試コースだね」

「っざけんな。アイツより良い点取るっつーの」






諦めることは、決して悪いことではない。

時には諦めることが、最善の場合もある。

けれども。余計な諦めほど不要なものはない。

諦めなかったからこそ、失う可能性があるとしても。

同じように何かを得る可能性はあるのだから。

粉々に砕かれた鏡でさえも、見え方は変わっても、変わらず景色は映されていくのだから。


「それより今日の放課後ヒマ?プラティア行かね?」

「また?」



その景色をどう感じるかは、見ているその人次第だ。




「三区に美味しいパンケーキ屋があるって聞いたんだけどォ」

「甘いの好きすぎじゃない?」

「いーじゃん!奢るからさァ」

「はいはい。どこの店?」



私が見ている景色は、綺麗かどうか分からないけど。

それでも、目の前でよく笑うようなった友人を見れば分かる。


――この日常は、存外悪くないものだと。




「あー……ここ人気のお店だよ。放課後すぐ行かなきゃだから、赤点回避必須」

「マジかよっ!?」

「頑張ってね」




悪くない。うん。

悪くないどころか。

やっぱり、楽しいね。

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彼等の裏事情 いさなぎ @izanagi5

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