おてまりさん

北 真理子

第1話

おてまりさんは、驚いた。


父の車が停まるや否や、わらわらと人が押し寄せて来たのである。


「好男や!」

「好男が帰って来たぞ!」

「ほんまや!車に乗っ取る!」

「えらい出世やなあ!」


どうやら、歓迎されているらしい。


大阪では、小さい自家用車ではあるが、ここでは、随分褒められている・・・。


父は、随分、嬉しそうにしている。


おてまりさんは、少し嬉しくなった。


どんよりとした低い空は、毎年、夏にやってくるときに感じる、澄み切った青さとは、まったく違って見えた。


おそらくは、人々の黒い衣服のせいだろうと、子どもなりに解釈して、ひとりごちすることにした。


とにかく、大勢なのに、高齢の大人しかいない。


子どもが自分一人という環境が、おてまりさんを寡黙にしていた。


「めんこいなあ!好男の子け?」

「ほうや!ほうや!よう似とる!」

「御本家!、よう来たのお!!!」


人々は、後部座席のおてまりさんにも関心を示した。


すると、次々と、車を覗き込むようにもなってきた。


寡黙になってしまったおてまりさんは、ここは、笑顔を見せるしかないと、やたら、ニコニコして見せた。


「おお、笑ろとおる!」

「ごきげんさんやのお!」

「よお、来たのお!」


父から自分に人々の関心が移ることに戸惑いこそすれ、「御本家」と呼ばれることに、くすぐったい誇りを感じるおてまりさんだった。

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おてまりさん 北 真理子 @kitamariko

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