午後

 補講がやっと終わる。


 僕以外の補講者はいなかった。みんなはせっかくの休みにまでこんな遠くの学校に来て堪るかと奮起しテストを乗り切っていた。


 僕はどうしてもやる気が出なかったので、今こんな目に合っている。こんな僕一人のために補講をしてくれている先生には頭が上がらない。


 今の時刻は、丁度お昼を回ったころだ。


 持たせてもらったお弁当を食べてから帰ろうかと思ったが、今朝出会った彼女がまだ神社にいるのではないかと思ったので、神社で食べることにした。


 神社に着くと、彼女は今朝と同じ場所に座っていた。いや、よく見ると今朝居た場所よりも一段上に座っている。少しは動いているようだ。ほんの少しだが。


 「こんにちは」


 「....」


 「こんにちは」


 彼女はまた空を見ていた。そして今朝と同じように、ゆっくりとこちらを向いて挨拶を返してくれる。


 「となり、いいですか?」


 「...」


 「どうぞ」


 今朝と同じやり取りをしたあと、彼女の隣に腰を下ろす。

  

 僕はおもむろに弁当を広げた。結構歩いた上に、頭も使ったので結構お腹がすいている。


 「っ!!」


 つい声を出しそうになった。


 隣をチラ見してみたら、彼女がこちらを向いていた。


 空を見ているものだとばかり思っていた。


 すぐ近くに彼女の瞳がある。


 森の中に流れる川を思わせる深緑の瞳。


 その川はただの川ではない。まるで底がないかのようだ。


 ずっと見つめていると、水の中にいるかのような錯覚を覚える。


 静かだ。耳に聞こえるのは自分の心臓の鼓動のみ。


 一定間隔で流れるその音を聴きながら。


 ゆっくりと沈んでいく。


 深く、深く。


 「...ダメだよ」


 「えっ?」


 彼女の声で我に返る。どれだけの時間彼女と見つめ合っていたのだろうか。


 一瞬だった気もするし、一時間だった気もする。頭がふわふわしている。


 きっとお腹が空きすぎたんだろう。食べよう。


 弁当を食べ始める。そういえば彼女はお昼を食べないのだろうか。もう食べてしまったのだろうか。


 「あの、一口食べますか?」


 視線を空に戻した彼女に、問いかける。


 「....」


 彼女はゆっくりと弁当に視線を向ける。


 そして具の一つを指さす。


 キュウリの漬物だった。


 「どうぞ」


 「....」


 ゆっくりとした動作でキュウリを掴む。そして食べる。


 彼女の口からキュウリを噛む音が聞こえる。


 食べ終えると、こちらをゆっくりと向く。


 そして、彼女は微笑んだ。


 気づけば彼女はまた空を見始めていた。


 どうやら固まっていたらしい。


 この気持ちはなんだろう。彼女を見ていると、ふわふわして。でも、とても静かで。


 昨日までの自分を思い出せない。僕はいつもこんなだったか。


 弁当をかき込んで、帰る支度をする。


 今日は帰ろう。


 帰り際、振り返る。



 彼女は相変わらず空を見ていて。


 彼女の髪は濡れていた。

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彼女の髪は濡れている めのおび @katamenashi

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