彼女の髪は濡れている

めのおび

午前

 僕が彼女に出会ったのは、何の変哲もない、本当に特筆すべきことなど何もない日だった。

 強いてあげるなら、あの日は凄く暑かったような気がする。


 ◇◆◇◆


 その日の朝は、補講があるせいで夏休みにも関わらず学校に向かって歩いていた。

 僕が通っている高校は、徒歩で1時間ほどの距離にある。ここは、今時バスも通っていないド田舎で、周りには山と田畑しかない。早く高校を卒業して上京する。これが僕の目標だ。


 いつもと変わらない道を歩く。今歩いている辺りには、住んでいる人がいないので人の気配が全くない。外灯もないので、夜歩くとしたら結構怖かったりする。


 もう少し先に行くと、寂れた神社がある。名前が彫ってある石は風化してしまっていて、なんの神社なのかは謎だ。地元の人達も知らないらしい。その神社は丁度、家と学校との中間地点ほどの距離にあるのでいつも少し休憩させてもらっている。


 「ふぅ...」


 やっと神社まで来た。あと半分だ。


 「...?」


 珍しいこともあるものだ。先客がいた。この神社に来るようになって初めてのことだった。


 いつも僕は賽銭箱前の階段に腰掛けて休憩する。そこに女の人らしき人が座っている。


 休憩はせずに、声をかけないで学校に行こうかとも思ったが不思議と足が神社に向いていた。


 今の時刻ならば、おはようございますだろうか。しかし、初対面の相手に声をかけるならば、こんにちはがしっくりくる。

 

 「こんにちは」


 「...」


 女性は空を見上げていたが、僕が声をかけるとこちらを向いた。


 彼女の瞳は深い緑色だった。黒髪なので日本人だと思っていたが、外人さんなのだろうか。


 「こんにちは」


 少し間をおいて、挨拶を返してくれる。よかった。言葉は通じるようだ。自慢じゃないが、補講に向かっているような男なので、英語なんて出来るはずがない。


 「となり、いいですか?」


 「...」


 「どうぞ」


 彼女の返答のテンポには独特なものがあるなと思った。彼女の周りだけ時間がゆっくりと進んでいるような感覚を抱く。


 「ありがとうございます」


 そう言って、彼女の隣に腰を下ろす。隣を見ると彼女はまた空を見上げていた。


 近くで見て気が付いたが、彼女の髪は濡れていた。ずぶ濡れというわけではない。それだったら遠くからでも気が付くだろう。


 「雨、降りましたっけ」


 「...」


 「いいえ」


 「そうですよね」


 なんとなく、これ以上聞くのは失礼な気がしたので止めておいた。


 それからは特に話すこともなく、ただ一緒に空を見上げていた。


 10分ほどそうした後、僕は学校に向かった。


 

 彼女は最後まで、空を見上げていた。

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