010  結成と初試合Ⅳ

「ボール!」

 夏実なつみは、ボールの配球を見てコールした。

 二球目、翔也は速いカーブをアウトローいっぱいに投げる。

 カーブのアウトローか! でも、コースが甘い!

 淳平りょうへいはバットを振りぬいた。

 カァン! 打球は大きく曲がり、ライト線の外へ外れてファールになる。

 なんだよ。あの打球……。たった二球で合わせてきやがった……。

 翔也しょうやは、驚きながら気持ちを引き締めて三球目、四球目を投げる————四球目はレフトを破り、フェンスに直撃した。

「マジかよ。同学年なのにレベルが違いすぎる!」

「でも、柿谷のボールも相当早かったぞ。コースもついていたし……」

 打順を待っている他の仲間が次々と口に出していた。

 それからはしっかりと抑え、十一人中三人に打たれて翔也はマウンドを降りた。

柿谷かきたに君。いいピッチングだった。だけど、もう少し、コントロールをした方がいいね。君の場合、直球の真っ向勝負をするタイプの選手だから、コントロールとストレートのスピードを後十キロは上げた方がいいね」

「分かりました。だけど、あいつはどうすれば抑えられるんですか?」

 翔也は夏実に訊いてみた。

「彼の場合、野球の天才なのよ。柿谷君がピッチャーの天才なら彼はバッティング、守備のすべてのパラメータがMAX状態。もし、仮に抑えられるとしたら、あと一つ変化球を覚えること……」

「あと一つ……」

 夏実の言葉に、翔也は黙り込んだ。

「例えば、スライダーを覚えるが一番いいかもしれないわ」

「スライダーか……」

「ま、それは今度教えるとして、次はバッターなんだからバッティングに集中しないとね……」

 手を二度叩いた後、二巡目がスタートした。

 マウンドに立つ淳平は、翔也ほどのスピードではないが多彩な変化球と細かいコントロールを持つピッチャーである。

 ストレート、カーブ、チェンジアップ、スライダー、シュートの五つを一ミリもずれない投球をしてくる。

 先程レフトフェンスを打った淳平は、センター前にしっかりと打った。

 残りは凡打、もしくは三振で打ち取られる。翔也もバットに当てることは出来るがショートゴロ止まりで完ぺきに抑えられた。

「よし、今日の練習は終わり! さっさと片付けて終わるよ!」

 夏実が号令をかけると、翔也達はグラウンドの整備をし、道具の片づけを終えると、部室まで運んで、挨拶を終えると、解散した。


 一週間後の木曜日の夜————

 自分の部屋で英語の課題をしていると、夏実から電話がかかってきた。

「やあ、柿谷君。夜遅く悪いね。三連休の宿題でもしていたかな?」

「ええ、その通りですよ。それで何の用です? 夏ミカン」

「三連休の半ば、つまり土曜日の午前中に練習試合を組んだからしっかりと調整をしておいてね!」

 夏実の声が、楽しそうに弾んでいた。

「相手は何処なんですか? それも去年の甲子園ベスト8まで行った熊本代表の熊本東工業くまもとひがしこうぎょう

 熊本東工業高校。熊本県阿蘇あそ地方にある工業高校である。甲子園に二十回程出場経験を持ち、古豪と言われている高校である。

「なんでそんな強豪校がうちと練習試合をしてくれるんですか? こんな弱小野球部に……」

「それはね。昔、私の恩師だった先生がそこで野球部の監督をしているからよ。どう? 驚いたでしょう。じゃあ、土曜日は練習試合だからしっかりとお弁当を持ってくることだよ。親御さんによろしくね!」

 そうきっぱりといた後、夏実は電話を切った。

 熊本東工業か……。一応、パソコンで調べてみるか……。

 棚に置いていたノートパソコンを取り出して、起動させた。パスワードを入力し、ネットサイトにアクセスする。

 これか……。なるほどね。今年の春の選抜は、県の準決勝6―8で敗退したのか。

 翔也はその時のスコアを見ながら、レギュラーの打率などを見た。

 下位打線でも打率は高いな。さすが、強豪校。上から下まで気を抜くなって言っているように聞こえるぜ。

 北燕ほくえん高校には、投手が二人だけであり、打線はそこまでいいとは言えない。唯一、淳平にどう繋ぐかが勝利のカギとなるのだろう。クリーンナップは淳平と二年の加藤平次かとうへいじと考えれば、後は夏実がどう考えるかである。

 はぁ、と溜息をついた。

 これは一点ゲームどころか。フルボッコの一方的な殴られる感じだよな。俺ら一・二年ばかりのチームで勝てるはずが……。

 そう思い、パソコンの電源を切り、棚に戻すと、課題の続きを始めた。明日は祭日。三連休の初日であり、一日丸ごと部活が休みである。

 木曜日の夜は寒くて、窓を開けていると小さな虫が部屋の明かりにつられて網戸から入ってくる。

 なんで、春なのにこんなに虫がやたらと入ってくるんだよ……。

 目の前に飛んでいる虫を叩き落とし、ティッシュに包んでゴミ箱に入れた。


     ×     ×     ×


 土曜日の午前八時————学校の坂を上ると門の目の前にある大駐車場には一台の大型バスが停まっていた。準備をしてグラウンドに向かうと、熊本東工業野球部が守備連を行っていた。

 五十台の老けたおじさんが、次々と鋭いノックを放つ。それぞれのポジションの選手がしっかりとグラブで取り、素早く送球する。北燕高校野球部よりも組織的に鍛え上げられており、隙もない守備である。

 グラウンドの脇では、倍以上の投手が投球練習を行っていた。一人一人、個性も違っており、サウスポーも当然いる。

 見たところ、ベンチ外の選手も当然参加しており、大体五十人以上もいる。足腰や腕の太さを見ると、バランスよく筋肉をつけられている。

 うわっ……。これは守備力半端なさすぎるだろ。

 鷺ノ宮康介は苦笑いをしながら、一塁側ベンチでストレッチをしているチームメイトを見た。

 こっちの野球部は結成してから約一週間しかたっていない組織的に不十分なチームであり、試合になるのかも分からない。ポジションは大体決まっており、後は先発がどちらで行くのかが問題である。速いストレートを持つ柿谷翔也で行くのか、それともコントロール重視の野中裕二のなかゆうじで行くのかは誰も教えられていない。

「おいおい、これは相手になるレベルじゃねぇーぞ」

 ベンチに座ってグラウンドを眺めていたチーム一の俊足・鈴木隼人すずきはやとが他人ごとのように言った。一年で五十メートル走をタイム五秒八で走っていた。

「俺ら、本当に勝てるのかな?」

 隣でストレッチを終えた一年の松永英二まつながえいじが続けて言う。試合前に用意されたスポーツ飲料を二度飲み、体の関節を軽く触った。

「やってみないと分からないだろ? お前ら、やる前から負けるつもりでいるのか? 練習試合だからといって勝てば俺達が強いって証明できるだろ?」

 二年の加藤平次が歩み寄ってきた。野球部のキャプテンであり、しっかりとした性格は細かい事でも熱い男である。

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