008 結成と初試合Ⅱ
「
その場に着席する。ざっとした挨拶の仕方で、周りのクラスメイトを見ると中学で軟式や硬式をやっていた奴が二、三人はいた。
なるほど、実力のある奴はやっぱり強豪校に行ったか……。あれ? 待てよ……あいつは確か……。
後ろの席の片隅に見覚えのある人物がいた。中学時代、軟式と硬式で県の代表に選ばれるほどの実力を持つ人物と瓜二つの少年が座っている。
あいつ、なぜこんなところに……。いや、もしかすると別人なのか?
二度見、三度見しながら何度も確認し、頭を悩ませながら考え続けたが、結局は考えるのも面倒になり、そのまま保留にしていた。
ああ、早く野球やりてぇ……。
やがて、男子生徒の自己紹介が終わり、女子の自己紹介に移る。翔也は、欠伸をしながら机の上に出していたシャープペンをくるくると指で回しながら聞いていた。
「
翔也の隣で里奈が立ち上がり、小さく頭を下げる。
「ええと、佐藤さん。もう少し話すことはないかな? ほら、先生や皆、あなたの事をよく知らないし……」
「ないです。それに知ってもらうには自己紹介よりも誰かと会話する方がいいんじゃないですか?」
「それもそうだけど……」
言い返すと、里奈はスカートにしわがつかないように椅子に座り直した。苛々感が募っていたのだろう。ストレートヘアの方まで伸びている黒色の髪に栗色の髪が入っていて、地毛なのか分かりにくいところだった。
前から配られた数十枚のプリントを松下が手に取って読み上げた。
「一応、この学校の
生徒たちからはそれぞれブーイングが飛び交った。無理もない。まだ入学して早々、すぐにこういった決め事は特に面倒なのである。その中でも特に学級委員。書記はまだしも、委員長と副委員長は荷が重すぎる。
「里奈……。委員どれにするか決めた?」
左隣の席に座っている真莉愛が彼女の左肩を軽く叩いて訊いた。
「うーん……。学級委員以外ならどれでもいいかな? 学級委員になると、色々と面倒だし」
「だよね……。部活に入る人にとっては面倒な仕事だし。こういうのは頭がよさそうな人か、眼鏡をかけている人が選ばれやすいよね」
「あ、会計とかいいんじゃない? あれってただお金を売店に持って行くだけだし……」
「いや、たぶんその係は競争率が高いと思うよ。保健委員とか図書委員でいいんじゃない?」
「それもそうだね……」
「だが、その前に学級委員が決まらないと他の委員や係は決まらないぞ」
隣で盗み聞きしていた翔也が、こちらに目も向けずに話した。
あ、やべ。なんで話してしまったんだ?
つい、関わってしまった翔也は、恐る恐る隣の少女の顔を見ると、里奈の面倒そうな表情をしていた。
「ねぇ、君。確か野球部に入るって言っていたわよね」
「え? ああ……」
「だったら、なんで埼玉からこんな弱小校の野球部に入ろうと思ったの? 私の場合は、友達がここに来るから一緒に入学したんだけどね……」
「まあ、何と言うか……。この高校、うちの母さんの母校なんだよ。野球部が弱いのは知らなかったんだよ」
椅子を斜め四十五度に傾けながら椅子の脚を二か所、宙に浮かせる。
「そうなんだ。私、中学まで硬式で野球をやってたんだ……。だけど、高校で女子は野球をすることは出来ないし、マネージャーの道しかないんだよね」
「お前、それで楽しいのか?」
「何言ってんの? 私はそれでいいからそう思っているだけだよ」
「ならいいけど、マネージャーじゃなくてもバッティングピッチャーや練習試合に混じるとか色々と方法はあるだろ?」
何気なく話すクラスメイトもいない翔也は、隣の席の女子と野球談議なっていると、
「はい、まず始めに学級委員長と副委員長を決めようと思います。誰か、立候補する人はいませんか?」
と、担任の松下が生徒たちに呼びかけるが誰も手を上げたりすることはなく。やはり、面倒な役職は誰もしたがらないのだ。
「言っておくけど、これが決まらないと後のことは決めれないからね」
ええ~! なんで? 残った人がやればいいじゃん! もしくはじゃんけんで!
生徒たちから
「あんたたち、いい加減にしなさい! 決めると言ったら決めるの! ほら、さっさとやりたい人は手を上げる!」
黒板を思いっきり叩いた後、生徒たちは動きを止め、背筋を伸ばしてしっかりと座り、松下の怒りが収まるまで教室中に緊張が入った。
その後、十数分の格闘の末、眼鏡の大人しそうな少女が学級委員長に決まり、副委員長に男子生徒と女子生徒から一人ずつ決まった。書記は男子副委員長の仲の良い男子生徒がなり、事は順調に進み、そして終えた。
それからはやることは早かった。授業の担当教員や部活、校則など細かい事を話し、午前中の授業の半分が過ぎた。
一成は、一つ気になってしょうがなかったことがあり、居ても立っても居られず、一人の少年の目の前に立った。
「おい、お前もしかして……
「あ、ああ。そうだけど……それが?」
やはりそうだったか……。と、
一成が、興奮したように続けて話しかけてくる。
「おい、マジかよ! なんでこんなところにいるんだ? 県の代表クラスだったら私立の学校とか声がかかるだろ?」
「ああ、やっぱりそう言う質問になるか……。うち、母子家庭だから私立に行く金がないんだよ。それに兄ちゃん一人と姉ちゃん二人、それに弟と妹の六人家族だから近くの県立高に行くしかなかったんだよ。本当は強豪校に行きたかったんだけどね」
これは大きな拾い物だな。
まさか、本当に実力のある選手がこんな何もない所にいるとは宝くじや競馬も買わなきゃ当たらないに等しいレアな確率である。
「じゃあ、個々の野球部に入るつもりなのか?」
「そのつもりだよ。この列の一番前に座っているのは同じ南ヶ丘中のピッチャーだった
順平は目の前で本を読んでいる少年の方を指さす。順平と同じ中学の野中裕二は中学の軟式でピッチャーをしていた。名のある選手でもなく、エースでもなかった。唯一コントロールと多彩な変化球を持っていたのは耳にしたことはある。
本を読んでいる裕二を三秒ほどじっと見ると振り返り、
「じゃあ、今日から練習に出るつもりなのか?」
「一応、そのつもりだよ。少し早めに終わってくれるとありがたいんだよね。帰って家事の手伝いもしないといけないし」
頬を人差し指で掻きながら立ち上がった。スマホのメールには『帰りにスーパーで買い物してきて』と、書いてあった。
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