第2章 結成と初試合
007 結成と初試合Ⅰ
ああ、遅刻する……。
自転車を漕ぎながら、
信号を左に曲がり、一直線の道を登校中の自転車をかわしながら前へ、前へと進んでいく。桜の木のロードは、桜の花びらが宙を舞っていた。
ここの角を曲がれば、後は坂だけ!
入学式後の学校初日に遅刻とあらば示しがつかない。時計に目をやると登校時間まで残り十分しかない。
結局はこの坂道を走らないといけないの?
目の前にある絶望的な坂を見て覚悟を決めると、自転車を押しながら一気に坂を走り始めた。
中学から高校に上がり、新たな
野球部のマネージャーになることだ。
息を切らせながらようやく坂を上り終えると、
その場所まで全力で走り、やがて追いつくと彼女たちにペースを合わせた。
「おはよう!」
「あ、里奈ちゃん。おはよう。今日は寝坊でもしたの?」
「あ、うん。目覚まし時計が止まっていてさ……。朝はバタバタしていたよ」
「ふーん。珍しい……。いや、里奈の寝坊する姿が見たかった」
「何を知っているの、真莉愛。今日から私たちは高校生よ。私はもう部活は決めてあるんだから……。里奈も決めているんでしょ?」
「うん。もう、決めているよ!」
笑顔ですぐに答える。そう、今日から野球部のマネージャーになることが彼女の目標だ。
今まで兄と一緒に中学まで野球を続けてきた。だが、高校からは女子が野球で試合ができる場所など地元にはない。ソフトボールじゃ、やはり物足りないのである。だったら、高校ではマネージャー兼練習に参加すればいい。幼馴染の真莉愛はバレー部、翔子はバトミントン部である。三人はそれぞれ違うスポーツだが、家が近い事から交流が深いのだ。
野球部に入ったら一度でもいいからテレビでいつも見ていた甲子園球場を自分の目で見てみたい。
「そうだ。今日、部活の終わりに本屋に寄ろうよ。私、欲しいマンガがあるんだ!」
真莉愛が言う。
「それって、今、週刊漫画雑誌で人気のバレーマンガの事?」
「そう。どうせ、部活が終わる時間はみんな一緒なんだしさ。いいでしょ?」
「まあ、いいんじゃない? 丁度、私も欲しい本があったし……」
翔子が思い出したかのようにそう言うと笑った。
私、先月使いすぎて今月ピンチ何だっけ……? ああ、でもほしいのがあるんだよね。
先月は春休みでもあり、いろんなところに旅行に行くとそこでたくさんお土産を買いすぎていた。だから、今月は五千円のみでとても厳しい状況である。
「でも、本当にいいの? ここの野球部はものすごく弱小だって先輩たちから聞いたことがあるよ」
そう言って、翔子は里奈を心配そうに見つめた。
「うん。大丈夫。それを分かっているからやるんだよ!」
駐輪場に自転車を置き、かごのかばんを握ると、三人は靴箱に靴を置きスリッパに履き替えた。
「何を?」
「甲子園だよ! 一度は行ってみたいじゃん! そう思わない?」
その時、目を輝かせながら本気でそう思っている里奈を二人はもう、止めもしなかった。本気で言っている人間にそこまで言われると言葉が見つからない。
里奈。あんたの三年間。棒に振らないことを祈るよ!
二人は同じ思いで心の中で彼女の事を心配した。
一年三組の教室に入ると、ほとんどの新入生が集まっていた。彼らは今日からクラスメイトになる人ばかりである。里奈達三人も同じように三組に名前がある。一年は一組から五組までが普通科となっている。そして、六組だけがフロンティア科という英語及び学力的に向上させるクラスを加えると合わせて六つも教室が存在する。一年は合計二百十六人もいるのだ。
そして、時間になると担任の
「さて、新入生の皆さん。改めて、ご入学おめでとう。これから一年間担任をすることになった英語教師の松下尚子です。副担任の
笑顔でそう言うと、クラスの雰囲気がいい方向に向かっていくのが里奈には分かった。
このクラス、まあまあいいかもね……。
隣の席は、見知らぬ男子生徒が眠そうな締まりの顔をしながら座っている。寝不足に違いないと、里奈は無視して松下の話を聞いた。
「さて、今日の日程だけれど……。まずは自己紹介でもしてもらおうかしら」
松下の口調から何気に楽しそうに話しているのがよく分かる。
「女子よりも男子の方がいいわね。それじゃあ、出席番号の一番から始めようか。面白いのを期待しているよ!」
……この先生、意外と関西出身だったりして?
机に肘をつきながら黒板に目をやる。
いや、待てよ。そう言えば昨日、京都出身とか言っていたな……。
「自己紹介の内容は、名前・出身地・出身中・部活は何に入るのか・自己アピール・一年間の目標の順でよろしくね……」
やはり、入学後や一年の初めの挨拶は大体、こういうのが学校は好きなのである。
名前と挨拶だけで良くないかな?
誰か、そう言ってくれないかと願った。
でも、そんなの誰も言ってくれるはずがない。皆、他人のことが知りたくてしょうがない。
そして、ここで面白い事を言えば人気者になるとでも思っている。特にこういうことに関しては男子が考えそうなことである。
それから順に男子の出席番号の一番からありがとうございました。自己紹介が始まった。
やはり、市内の中学校からの進学生徒が多い。時折、南から電車で登校してくる生徒もいた。
そして、時間が経つと隣の男子生徒がゆっくりと立ち上がった。
「あー
なんで埼玉から……?
里奈はそう思った。こんな普通の進学校にわざわざ埼玉から来る必要があるのか。
同じクラスの
やっぱ、甲子園とかいう方がおかしいのか……? いや、埼玉から来たから珍しいのか?
立っている数秒間、少し困った表情をしながら翔也はゆっくりと座った。
「あいつ、やっぱ面白い奴だ……」
前の方の席で座っていた一成が笑いをこらえようと必死になっていた。だが、これは自分も同じ考えを持っているから馬鹿にできない。
そう思っていると、自分の番が迫ってくる。どうせ、同じような自己紹介をするのだから適当に挨拶をして終わらせればいいと、一成は心の中でそう思い立ち上がった。
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