005  二十年連続初戦敗退の弱小校Ⅴ

「俺も翔也しょうやや夏ミカンの意見はまともだと思いますよ。だったら、こいつのコントロールとスピードをこの四ヶ月でマスターすればいい事じゃないんですか?」

「お、おい。一成かずなり……」

 マウンドまで来て翔也の背中を押し、夏実に向かって言った。

「それじゃあ、こいつの球で勝負してくれませんか? こいつがどれだけの球かを肌で実感してほしいんで……」

「そのつもりだよ。打者がいないと本当の実力は分からない。いくらブルペンとかでピッチング練習をしたとしても本番でその実力がはっきりと出せなかったら意味が無いからね!」

 ふふふ、と笑いながら夏実なつみは楽しそうにしていた。

 俺の球と勝負するのかよ……。勝ち目が見えているのに?

 余裕そうな表情で翔也は隠れて小さく笑った。だが、それはまだ彼女の事を格下だと思っていた時だったのだ。

 だが、それを一成は見逃さずに黙ってみていた。

「じゃあ、私と三打席勝負ね。一度でも私にヒットやホームランを打たれたら君たちの負け」

「じゃあ、それでお願いします」

 一成はすんなりと受け入れた。打たれたら自分たちの負け、逆に抑えたら自分たちの勝ち。シンプルで分かりやすい勝負だ。

「一成……。本当にやるつもりか?」

「ああ、お前のためにもだ……」

 夏実がバッターボックスに向かっている途中、それを見計らって一成が続きを言った。

「お前、余裕な顔をしただろう。あまり相手を甘く見ない方がいい。あの人は多分、バッティングセンスは本物だと思う。手についた肉刺まめは相当バットを握ってきた証拠だ。女でも強者つわものはいる。この勝負、本気で抑えに行くぞ」

「分かった。そう言うなら俺も本気で抑えに行く。リードはしっかりと頼むぜ!」

「それならいいんだけどな……」

 一成は不安そうにしていた。

 翔也はマウンドで土を軽く削りながら、ボールを見る。一成はキャッチャーボックスに座りミットを構えた。

「それじゃあ、始めようか。どこから出どうぞ!」

 バッターボックスでバットを構えた夏実が声をかける。

 準備を終えた野球部の先輩たちがベンチからその様子を見ながら物珍しそうに見ている。自分たちの信頼している監督といきなり対決するのは面白いのだろう。女子マネージャーの先輩は、心配そうにしていた。

「翔也‼ 思いっきり投げろ!」

 一成はそう言って、まずは一球外に外すボール球を要求してきた。翔也から見て、夏実は右打席でバットを構えている。

 翔也が振りかぶって、一球目を投げた。

 パンッ! 左高めの隅に早いストレートが入る。

「ボールです」

 一成が夏実にそう伝えた。

 なるほど、まずは私の制球眼せいきゅうがんを試したのね。この子、徹底的な頭脳派だわ。

 次の投球を予測する。

 二球目、インコースいっぱいに入る。

 夏実はもう一度、翔也の球を見逃した。アウトコースに外れるボール球。インコースに入ってくるストライクゾーンぎりぎりの球。

 打者にボールの間隔を覚えさせないリード。次に来るとしたらアウトコース低めの球しかない。それも緩急かんきゅうのつけたカーブで取りに来るだろうと夏実は考えた。

 じゃあ、打ちますか……。

 翔也が投球モーションに入り、三球目を投げる。

 思った通り……!

 翔也が投げたボールはゆっくりと弧を描くようにアウトコースに引き寄せられる。夏実はタイミングを合わせながら打った。

 カンッ! 打球はセカンドとショートの間を抜けていく。

「うん。今のは完璧に打ち取られていたね。ショートゴロって言ったところかな?」

 夏実が少し悔しそうな顔をしていた。

 一成が、夏実のスイングフォームを見た後に難しい顔をしていた。

 これは俺のリードを完璧に呼んでいたから打てたことだ……。残り二打席、やばい!

「すみません。タイムをとってもいいですか?」

「いいよ。私を残り二打席で打ち取る気でしょ?」

 夏実が余裕そうに笑った。

 その笑みを見ながらマウンドに向かう。マスクを外して口をミットで隠すように覆った。

 あの様子じゃ、次は確実にしんを狙って売ってくるな……。

 そして、翔也もグローブで口を隠し、一成と話を始めた。

「すまない。さっきの俺のリードを読まれていたらしい。たぶんだが、あの人は相当感がいいんだろう。まさか、カーブを狙っていたとは思わなかった……」

「なんだよ。謝る気か? 俺もあのリードで行けると思ったから投げたんだろ? だから、一打席目は勝った。焦らずに行こうぜ!」

「そうだな。イヤな時は、首を振れよ」

「ああ、任せろ。俺の球とお前のリードは負けない!」

 そう言って、一成が戻る背中を見て息を吐いた。

 二打席目、一球目からど真ん中に早いストレートを投げる————夏実は迷いもなく振ってきた。

 またも夏実はボールをバットに当てて、ファースト方面に転がり、ファールゾーンに切れる。二球目は見逃し、バッテリーはツーナッシングで追い込んだ。

 よし。ここまでは完璧に追い込んでいる……。

 一成は三球勝負でインコースに構えた。

 これで終わりだ!

 翔也は、ボールを握り、腕を大きく振りかぶって一成が構えているキャッチャーミットに目掛けて投げる。

 だが、夏実はバットを短く持ってコンパクトにスイングをした。打球は宙に浮かび、センター前に落ちた。

 何……‼ 今の完璧に抑えたはずだ!

 一成はマスクを外し、ポカン、とその場に棒立ちになり驚いていた。

「これはヒットだね。明らかに一塁に立っている自信がある。この勝負、私の勝ちだね」

 バットを地面に置き、ヘルメットを外すと、夏実は翔也の方を見て言った。一成が夏実を見た。

「なんで、今の打てたんですか? インコースぎりぎりを責めたはずです。監督は、読めなかったはずだ!」

「じゃあ、訊くよ? なんで、あそこで三球勝負にしたのかな?」

 振り返って、微笑みながら見る。

「確かに古矢君のリードは正確でいい。でも、なんで私がこうも簡単に打てたのか分かる? ずる賢さが無いんだよ。頭が良すぎて、それを忘れている。君は高校生なんだから大人のプレーをしなくてもいい。ずる賢いのがキャッチャーにいれば、それだけ相手は打線に苦労するんだよ」

 一成は悔しそうな顔をして下を向いた。それを見た夏実は頭に軽く手を載せた。

「相手を読めば読むほど難しくもなる。だけど、それは駆け引きと同じ、百パーセントの選手なんていないんだから落ち込まない。いいね!」

「はい……」

 そう言って、夏実は軽くストレッチをしながらベンチに戻った。

「夏ミカン。あいつらどうだった?」

「一年生にしては有望ゆうぼうすぎるくらい怖い選手よ。これは今年面白くなりそう……」

「へぇー、その目が確かなら後は四人だよな……」

 ベンチでは夏実と先輩たちが話していた。

 ま、打たれたのは俺であって、力が足りなかったか……。あいつのリードもまだまだということだったのね。だから、あの監督はそれを今気づかせたかったのか……。

 翔也は、マウンドから降りて一成と共にベンチに向かった。

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