003  二十年連続初戦敗退の弱小校Ⅲ

「母さん、俺が入学する学校とどこら辺にあるんだっけ? 一度しか行ってないから忘れてさ……」

 佑理ゆりにそう言うと、お茶を飲みながら彼女は答える。

「母さんの母校だから少し坂を登らないといけないけど明日、地図でも描いておくわ。今でも覚えているから……」

「ありがとう。それよりも野球部はあるんだよね」

「あるにはあるけど、私の記憶では一度も甲子園こうしえんに行ったことはないわよ。それよりもここ二十年は一回戦、初戦敗退のチームよ」

 佑理がそう答えると、翔也は手から箸を落とした。

「まさか、俺の行く高校ってそんなに弱いの?」

「あんた、知らずに受けたの? でも、今更高校を変更なんてできないわよ。県立は受かった時点で絶対に行かないといけないんだから……」

「マジかよ……。北燕ほくえん高校とそんなに弱いのかよ……」

 そんなに弱い高校だったとは、思いにも思わなかった。以前いた私立中学の強豪校とは一変し、初戦も突破できないチームで甲子園を目指しなど簡単な事ではない。もしかすると、この先、未来永劫みらいえいご強くなることなどないのかもしれないのだ。

「それでも、そこにボールと仲間がいれば野球は出来るじゃない。例え、弱小校でもあんた達が強くすればいいのよ」

「強くするねぇ……。どちらにしろやらないといけない事には変わりないんだよな」

「お兄ちゃん。頑張りなよ……。来年は私も入ってあげるからさ」

「いや、お前が入ったところで何もならねぇーよ。女には野球は出来ないのを分かっている?」

「分かっているって、マネージャーならできるでしょ⁉」

「それよりもまずは高校に入れることが先だけどな……」

 釘を刺しながら紗耶香さやかに、笑って言った。

「それよりも春休み中にでも見に行かないとどんなチームか分からないよな……」

 夏の大会が終わった後、三年は引退し、次のステージに向けて新たな一歩を踏み出していた。高校から県立校に通うために試験勉強に励む者。県外高校から声を掛けられ練習に混じる者もいた。

 残りの半年間、翔也は必死に勉強をした。高校に行ける程度の勉強を学年トップの友人に教わりつつ、野球の方もしっかりと練習していた。平日は家の庭でピッチング練習、土日祝日はバッティングセンターに行き、一時間ほど打っていた。冬になると、筋トレとランニングを混ぜながら体づくりをし、北燕高校に合格した。

 弱小だか何だかどうでもいい……野球ができれば勝つのはそれからだ……。

 晩御飯を食べ終わった後、風呂に入り、テレビを見た。宮崎にはテレビ局が二つしかない事に翔也は驚いた。


 四月十三日————

「ここが北燕高校か……。坂が急で長いな。ここを三年間上らないといけないのか」

 佑理の地図を元に春休み中の高校を訪問していた。翔也は自転車をおしながら坂を上ると、右手には校舎、左手には無駄のように広いグラウンドが見えた。

 サッカー部や陸上部、テニス部やハンドボール部が春休み中にも関わらずに朝から練習をしていた。

 へぇー、田舎の高校になると敷地面積は広いんだな……これだと、移動するにも大変そうだし、畑でも作れるんじゃないか?

 校門から再び自転車に乗り、駐輪場の場所を探した。四月になり、桜の花びらが翔也の頭上で舞っている。小さな坂を上り、各部活の部室が見え、その先に駐輪場が見えた。

 ガタンッ!

 うん……?

 何か駐輪場の奥で物音が聞こえた。あまりにも広い駐輪場は多くの自転車で埋まっており、少年が奥にいた。屋根で日影になっており、その下でイヤホンをしながらスマホ画面で何かをしている。

 何をしているんだ……?

 疑問に思いながら、翔也はその少年に近づいた。

 少年は夢中になりながらリズムゲームをしていた。両手の親指が光速に動いているかのように次々と左右に動かしている。少年の姿は白いユニフォーム姿で白帽子の鍔を後ろ向きにしていた。野球部だ。

 翔也は、後ろの柵から少年の肩を軽く叩いた。

「ねぇ、もしかして野球部員?」

「はぁ……?」

 少年はイヤホンを外して迷惑そうな顔をしていた。楽しそうにゲームをしていた表情とは一変して、翔也は少し苦笑いをする。

「お前、誰だ? 見ない顔だけど……」

「俺は柿谷翔也かきたにしょうや。今年から北燕高校に入学する新入生だけど……」

「そうか。俺も同じ一年なんだ。名前は古矢一成ふるやかずなり。一応、中学校では捕手ほしゅをしていた」

 一成が急に明るく話し出した。

「知っているか? ここの高校は毎年初戦敗退で現在の部員はマネージャーを入れても四人しかいないんだぜ」

「それ、母さんから聞いた。二十年連続初戦敗退なんだろ? でも、なんでここに入ろうとしたんだ?」

「ああ、俺ん家ここから近いんだよ。それにここは市内では三番目の進学校だから割といいんだよ……」

 翔也はさくを越えて、一成の隣に座った。

「そう言えば、なんで翔也はこの高校に入ったんだい? 見慣れない名前だけど市外から通っているのか?

「あ、俺は埼玉からこっちに引っ越してきたんだよ。ここは母さんの母校でさ。野球部が弱いのも知らずに受けちゃったんだよ。俺は投手だからよろしくな」

「ああ、俺達で一緒に頑張ろうぜ。たぶん、そろそろ部活動が始まるんだと思うんだが……。そう言えば、ほかの新入生も何人か見に来ると言っていたな」

 気の強そうな一成は笑いながらそう言って、翔也も笑って言葉を返した。だが、部員が四人しかいない事には驚いた。

 すると、部室の方で声が聞こえた。野球部の部室の前にはユニフォーム姿の少年が三人と高校のジャージ姿の少女が道具を運んでいた。その下には髪の長い高身長の成人女性の姿があった。バットやボールなどをかご事運びながら階段を下りてくる。もしかすると、例の野球部なのかもしれない。

「じゃあ、これをグラウンドに運ぶから気を付けて道具は降ろしてね。人数分の道具で十分だから……」

「夏ミカン。これだけで十分なの? 新入生も入るのにこれで大丈夫なわけ?」

 女が下から声をかけると、少年たちは荷物を運びながら女に訊いた。

「なぁ、もしかしてあの人が監督じゃないよな」

 草陰から翔也と一成は、その女監督らしき女性を見ていた。

 女性は白いユニフォーム姿で黒い帽子をかぶっていた。胸には北燕と書かれている。野球のスパイクも履いており、明らかに野球部関係者には間違いないのだ。と言うことは、これが総部員の野球部である。

「いや、監督だろ。あの人以外、大人がいる気配はないぞ」

 翔也の下で見ていた一成が不安そうにつぶやく。翔也と同じ気持ちらしい。

 草陰に隠れている物音にその女性監督は気づいた。

「そこにいるのは誰? 隠れないでこっちに来たらどう?」

 優しい声で叫びながら翔也達を呼ぶ。

「あら、君たち新入生? 学校は明日からなのに入部希望なの⁉」

 女性監督は嬉しそうに話し出した。

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