バハムートの館

滝野遊離

本編

音もなくリエールに近寄ってくる影が話し始めました。


「ねえ」

「どうしたの、ラメール」

「バハムートの館に行ってみたい」

「行っちゃいけないんじゃないの?」

「肝試しだよ。人間がよくやるっていう。楽しそうだよ」

「でもそこは流石にまずいんじゃないかな……」


 リエールは常識を備えた、周りよりも賢い人魚です。老婆や母親が、そこまでして止めるのには何か意味があるはずなのです。彼女は止める方法を必死になってひねり出そうとします。


「ほ、ほら。おばあちゃんやお母さんがだめって言っているじゃない」

「なんで? 大人の決めたルールなんかに縛られる必要はないじゃん」


 彼女はまた押し黙ってしまいます。ラメールのしようとしていることは、とてもわくわくするものです。誰だって未知のものを知ることは楽しいのです。規則を破って好奇心のままに動くか、決まりを誠実に守るか。彼女の中で感情は、海藻のように揺れ動きます。


 そして、数十秒ほど立った頃。

「仕方ないなぁ。行こう、なんだかすごくわくわくするの」

 正義は、好奇心に負けてしまいました。




 すいっ、すいーっ。

 透き通った海中を、上下移動も交えながら泳ぎ抜けていきます。時折差してくる太陽光は、スポットライトのようです。


「それにしても遠いね……疲れた」

「行きたいって言ったのは誰だったのかしら?」

「あっごめんなさい」


 ラメールの言うとおり、里からかなり離れてしまいました。それもそのはず、二人は飛ばしに飛ばしながら三十分も泳いでいるのですから。しかも街道から外れているので、帰れるのか不安になってくる距離です。


 リエールは、鱗を撫でながら不安な様子を見せます。

「あれっ? リエール、どうした?」

「なんだか、ちょっとだけ寒いと思って。しかも日差しも弱まってきているわ」

「そうか……も?」

「そろそろまずいんじゃないかな……」

「ちょっと見たら帰るだけだから大丈夫でしょ」

 リエールの言葉につられたように、二人は不安になってきました。


 そんなときです。少し遠くに、大きめの洋館のような建物が見えてきました。


「あれかぁ、何か凄そうだな」

「こんな建物、見たことない……」

「もう少しだけ泳ぐかっ」


 あと五分ほど二人は泳ぎます。


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 鉄の門が二人の前にあります。

「わっくわくするなー」

「ねぇ、もう少し落ち着きを持とうよ」

「そんなものいらないもーん、先行くね」

 ラメールは、鉄の門を手で押し開けました。キキィ……と嫌な音が鳴ると、リエールは咄嗟に耳を手で覆い隠しました。

「うるさい扉ね……」

 仕方がなさそうにリエールは、あとを追いかけながら広い庭を渡ります。


 広い庭園には珊瑚の木や見たこともない花などが咲き誇ります。鉄の柵の外側から見たときよりもずっと豪華で素敵です。

 そして、運命のときです。洋館の中に入ります。

「本当に行くの?」

「大丈夫だから。行けるいける」

「戻ろうよ……怖い」

「行けるよ!!! もう目前。行かないなんてもったいない」

「入るだけね、それだけよ」


 ずっとここに建っていたせいか、木の扉も建物も全体的に朽ちかけています。用心しながら少しずつ近づくと、勝手に扉が開きました。奥を覗こうとしても何も見えません。

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ! 行ける!」



 二人はそっと敷居を

 建物の中は外から見た景色とは全く違っていて。


「きれい……」

「本当だね、とっても素敵。住んでしまいたいくらいには」


赤い絨毯、絢爛なシャンデリアに白い壁。中世のロココ様式の建物を彷彿とさせる内装です。


二人は、豪華なレースのついたドレスをつまみ上げて建物の奥へと進みました。

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バハムートの館 滝野遊離 @twin_tailgod

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