第四章《人生最大の決戦》
決戦前日の夜、俺たちはブライダルベール城の大広間に集まり、最後の晩餐となるかもしれない夕食を食べていた。
「おい、矜恃。縁起悪いぞ〜」
「え⁉︎ は! あ!」
「どうした〜〜?」
いや、怖いわ! イキシア、お前は心が読めるのか⁉︎ やめてくれマジで!
「やめね〜よ〜」
むしゃむしゃと高級な肉料理を頬張って、俺を馬鹿にする。
「イキシア、お前は心が読めるのか?」
「どうでしょうかね〜〜?」
「ほんと怖えーからやめてくれ!」
ニヒッと、小学生がいたずらした後にしそうな顔で俺を見てくる、その笑顔、ぶち壊したい。その感情をどうにか我慢して俺は疑問をぶつける。
「まあ俺にはそういう固有魔術があるってわけでもないけど……勘というか……何というか」
イキシアは誤魔化しているのだろうけど俺にはすぐ分かった。
「そういう力があるのな? 分かったよ」
とにかく、イキシアのことも置いておき、俺は最後の晩餐になろうご飯を入れれるだけ入れた。
今日のご飯は本当に立派なもので、鶏丸々一匹のフライドチキンや高級牛のステーキ、マグロサーモンイクラの寿司、海鮮丼。とんかつに、石窯で焼いたピザ、高級蕎麦にうどん、天ぷら。デザートにはショートケーキやシュークリーム、モンブラン、高級牛乳プリン、特大パフェにホールケーキ。肉料理や野菜、デザートがありったけ置かれていた。中でもキャビアやフォアグラは食べたことのない味がして奇妙なものであった。すごく美味しくて、明日の戦いの前のご飯としては最強の料理だと思う。
「いやーうめーな、兄さん!」
「そうだね、でも矜恃くん。テーブルに肘つけちゃダメだろう?」
「すみません、兄さん!」
親しく話すスイレンと俺を不思議そうな目で見るアストロも俺に劣らない量のご飯を食べていた。
「アストロさんって結構食べるんですね!」
俺は女性の禁句に触れてしまい、気づけば赤くなったアストロさんにぶっ叩かれていた。
「あいたたたた、痛いなぁ」
「ごごごご、めんなさい。つい……」
「今のは矜恃くんが悪いからね。女性に言ったらダメだよ」
「そうですね、ごめんなさいアストロさん」
「いや、全ぜぜぜぜん、いいから……」
アストロさんって恥ずかしがりすぎて、顔に感情が出ないから心が全く読めない。おそらくイキシアには分かっているだろけど。
そして、奥で騒がしいなと思い見てみるとトレニアが暴れていた。
バンブルビーを器用に飛ばして、自分は動かずに好きな料理を食べている。周りの戦士には危ないだの何だのと言われていて、まるで、いやまさに子供みたいで馬鹿な人だ。でも、そんな人でも副団長やっているんだ。戦いが楽しみでもある。
俺って、トレニア見ながらこんなことを毎回思っている気がするな。
全てを食べ終わると何か心にぽっかり穴がある気がする。多分だけど俺は気づいた。それは物理的にはない架空のもの。架空というかなんというか。この世に存在し、溢れている何かが欠けているのだろうと、俺は分かった。
そのあとは用意された畳七畳ほどの客室に行き、シャワーを浴びて歯を磨き、明日の戦いのためいつもやる筋トレをせずに寝た。
翌朝。
部屋にアラームの音が響く。それの音源を探って思いっきり叩き目を覚ます。
「……っあ、あぁ〜〜。朝か……」
大きく伸びをして立ち上がる。顔を洗い、髪を整えて部屋を出る。こういう時こそ普段通りがいいだろうと思い、いつもしている朝の散歩をした。いつもは家の周りを琥珀と歩いているが、今日は一人だったから違和感が凄かった。一人は結構寂しいものだ。
ちょっと歩いて部屋に戻り、いつもの服装に着替えて大広間へと向かう。
「おはようございまーす」
「おはよう、矜恃」
俺を朝一番に出迎えてくれたのは副団長の達也さん。本当にしっかりしてる人だな。イキシアより兄さんじゃないかと毎回のことだが思ってしまう。
ふと思ったんだけど、なんかこうやって達也さんって呼ぶのも嫌だな。
「あの単刀直入なんですが、兄貴って呼んでいいすか?」
「ん? どうした。 まあ別にいいが……」
「あざっす! 兄貴‼︎」
すると俺の後ろから続々とやってくる。
「兄さん、アストロさん、おはようございます!」
「おはよう、矜恃くん!」
「お、はよう……」
いつも通りの挨拶を交わしテーブルに座る。まだトレニアとイキシアの姿は見えないが、これもいつものこと。そのまま、いただきますをして今日の朝食であるトーストにジャムをありったけ塗りたくり口に放り込んだ。
そして、十分くらいしてから寝坊魔がやってくる。
「おはよぅ〜〜、すまん遅れた〜」
「うぃ〜すぅ。眠いな〜〜」
二人が目をこすり、おろおろしながら入ってくる。まだ服もパジャマでなんの準備もしていない。マジでこんな奴が団長、副団長なんて終わってるぞ。本当に勝てるのか不安になってきた俺に兄貴が声をかける。
「矜恃……。言いたいことは分かるがこれがいつものことなんだ。こういう時こそ、いつも通り行かないとダメなんだよ」
「まあそうですね……」
俺は苦笑するもこの人たちが本当に頼れる存在なのか、本格的に不安になってきた。
今日も俺は腹に蓄えれるだけ入れまくった。満腹に浸っていた時、何か忘れてないかなと、俺はあることに気がついた。
それは、作戦を聞いていないこと。
すかさず俺はイキシアたちに聞く。
「イキシア、作戦ってどうすんだ?」
またもや、そう聞いた俺を見ながら笑い出した。
「矜恃、相手はどんなやつだ?」
「神竜」
「強いか?」
「当たり前だろ」
俺はこの後イキシアが何を言うのだろうと不思議かつ楽しみにしていたが、
「そうだ、こういう時こそ適当にやるんだよ!」
衝撃的過ぎて理解できなかった。
「適当?」
何を言う。
こういう時こそ作戦を練って戦うんじゃないのか。明日花さんだって作戦考えてくれたし、適当にやっても勝てる相手じゃない。
「なんでかって?」
「眠れる竜の時も俺たちはよく考えて戦ったんだぞ」
「あー明日花がいたんだっけ? あいつはそういう作戦作戦って言ってるからSSランクになれなかったんだよ。相手は強いんだ。その相手に作戦なんて立てても強すぎて意味なんてない。全力で真正面から戦うんだよ」
真正面から? 絶対に無理だろう。相手は神竜だぞ。
「作戦立てても、隙を狙っても、そんな隙らしいものなんてどこにも生まれない。だから、出し惜しみなんてしたって意味がない」
「そんなんで勝てんのか?」
すると兄さんが肩を叩いてきた。
「結果が変わらないのかもしれない。そんな時こそ考えず、全身全霊でぶつかっていけば、いつか倒せるかもしれないんだよ」
そしてアストロさんも。
「あ、いて……に。じゃ……く……てん、なん、てない……よ」
理解には苦しんだが、考えてみれば分かるかもしれない。
俺は不安ではある。
でも、思い出してみれば。
眠れる竜の時も最後は俺の暴走で勝てていた。相手が強くて勝てる敵でないからこそ、考えずに全力でぶち当たる。そうすれば道は開ける。俺にはやっとそれが分かった気がした。
ご飯を食べ終えて自室に戻り、剣を磨いて想いを剣に全て打ち明けた。無限に限りなく近い想いを語って、その全てを剣に乗せた。正直、適当に全力でやったって、俺の固有魔術を使ったって勝てる気なんて全くしない。
でも、死んでもいいからやってみようと思っている。琥珀のために命を張るって。こういうこと、一度やってみたいとも思っていた。だから、死んでもいい。死と引き換えに琥珀を取り戻す。
大好きな妹のために、兄らしいことしてやろうじゃないか。琥珀をいじめる奴は、俺が絶対に許さない。
「よし、気合い入れるか!」
バチィィィィン‼︎ 俺の部屋に甲高く、そして痛々しい音が山びこのように響いた。
俺は扉をあけて次へと進む。
無限の可能性を秘める魔術に期待を乗せて、神竜になんて、世界になんて、負けない強い心で階段の一段を登った。
「今日は、人間の歴史に新しい出来事を刻む日だ!」
国王の声が大広間に飛び散る。
「この日をもって、我らの戦争が終わる!」
「「「「「ウオオオオオオ」」」」」
そしてまた戦士の声が広がる。
「たとえ死ぬのだとしても、戦士の誇りを持って戦え! 全身全霊で戦え! 我らが同士のために家族のために戦え! 諦めずに立ち続けて戦え! 守るもののために戦え! 約束のために戦え! 正義を持って戦え! 勝つのだから、そう思って頑張れ! 今日が終われば我らは自由を手に入れる! 我らはいける! 最後に笑っているのは我らだァァ‼︎」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎」
俺は救う。家族を、妹を、琥珀を救う。守るのが兄としての役目。
それを務めなかったのだから、絶対に俺が取り戻す。
もう容赦などしない。俺は妹のために、琥珀のために、今日は虎になる。化け物には化け物を持って行く。
俺ら国王軍はブライダルベール城を離れて街を抜け、極寒の森へ向かった。
「極寒の森っていうほどなんだから、すごく寒いんだよな?」
俺の疑問に前を歩くイキシアは振り向いて答える。
「森というか氷の山、だな」
氷、か。ヤバそうだ。
ていうか、だからコートを持ってこいと言われたのか。手袋もブーツも履いているし大丈夫、かな。
「あそこには正直行きたくないな、おれっち死にかけたし笑」
トレニアは昔の壮絶な話をしようとするが、誰も聞いていない。
「そういや、琥珀ちゃんと矜恃くんってどういう関係なの?」
「ええ? 兄さーん」
「ああ、俺も知りたいな」
「私もーー!」
断ろうとしたのが全然聞かれず、結局届かなかった。なんでこんなに食いつくんだよ。
「まあ俺も矜恃と琥珀について知りたいな。気になる」
兄貴もコクコクとメトロノームのように頷く。
「兄貴は見てたんじゃないの⁉︎」
「そんなに見てないしな、二人の絡みとか……」
前見てるって言ったのに……。ていうか絡みって何ですか?
「僕、結構気になるよ?」
兄さんも⁉ 確かに知らないだろうけどさぁ! 変なこと言わないで……。
「わ……たし、き……ぁい」
アストロさんもですか⁉ もうやめてくれよ……。
「じゃあ、おれっちも知りたーーーい!」
お前もか!
ってかトレニア、お前。「じゃあ」って言っただろ! 別に聞きたくないんじゃねえのか?
続々と、知りたいコールが巻き上がる。
ましてや手拍子までついてきた。
戦争になるかもしれない戦いの前に何を言わせるつもりなんだよ、みんなは。
「まあみんな知りたいらしいし、お前ら二人の関係を言ってみろよ!」
イキシアが笑いながら言ってきた。
おかげで、他のみんなの目線も俺に集まり、言う以外選択肢はなくなってしまったみたいだ。
「だから、俺はあいつのことが好きなんだよ‼」
……………。
数秒の長い沈黙の中、固まっているうちの一人が。
「兄弟じゃ、結婚できないぞ」
戦士の一人がそうつぶやいた。
「分かってますッ‼」
みんなが静かに声を上げて笑い出す、俺の一言で足も止まった。
別に俺は近親相姦、なんてするつもりもないししたくもない。俺は兄としてあいつを守ってやりたいんだ。
あの時、俺を地獄の底から這い上がらせてくれた、太陽のような笑顔に。ただただ、琥珀にありがとうを言いたい。こんなにも弱い俺を、誰かを頼りにしないと生きていけない俺を、今日まで生かしてくれた琥珀に、心の底からの感謝を示したい。
だから俺は、あいつを助ける。守って助けて感謝を伝えたい。
こうやってみんなに笑われているが、俺は真剣に琥珀が好きだ。あの笑顔さえあれば、俺は何でもできる。何でもやってやる。取り返して、二人で沢山笑ってやる。
そうだよ。父と母が死んでしまった時にもいつも琥珀が寄り添ってくれた。死んでしまった後だって家のこともしてくれたし、その強さで俺を不良から守ってくれたりもした。いつも、いつも、一人になるはずの俺のそばにいてくれた。
俺は思い出す。
泣きじゃくる俺を、そっと抱きしめてくれた琥珀の腕の温かさを。
胸の奥でなり続く命の鼓動を。
俺の髪にかかる琥珀の吐息さえも。
「お兄ちゃん、だぃすきぃ」
琥珀が掛けてくれた精一杯の大切な一言を。
それだけじゃない。
ご飯をつくるときに見せる桃色のエプロン姿を。
クエストに行くときに見せる防具を付けたあのたくましい姿を。
寝ているときに見せるとても可愛い寝顔を。
琥珀の気持ちのこもった超美味しいご飯の味を。
森の主戦で見せた圧倒的な強さを。それを実現する魔術を。
眠れる竜戦で一緒に戦っているときに見せた苦しくも、戦うのが楽しいっていう顔を。
琥珀に関するすべてを、琥珀との思い出のすべてを、思い出す。
………………。
そんな想いや思い出をイキシアに覗かれているとは知らず、俺は心で語りまくっていた。
そこでイキシアが真剣な顔で問う。
「でも結局は、好きなんだろ?」
当たり前だ。
むしろ、そんな想いは通り越している。
俺の想いはもっと上の空を、天空を、地球を、太陽系を、宇宙を、もしかしたら宇宙さえも通り越している。
「そりゃ、まあ」
うん。
答えは一つ。
みんなはふざけていたが俺は真面目に言う。
琥珀を想う気持ちは。
誰よりも、この世界にあるすべての物よりも。
「………もちろん………だいっ………………⁉」
しかし。
その時。
運命は、続きを言わせてくれなかった。
極寒の森を直前にして、轟音の嵐が俺たちを襲った。
グゴゴガギィッ‼
耳へと刺さる轟音の嵐とともに前衛の戦士たちが空中に投げ飛ばされた。
「ッ⁉」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ただすぐに、俺は理解した。
そこで何があったのかを。
そこに何が現れたことも。
白く、銀色に輝く毛に身を包み。
その間から鋼鉄のような筋肉が見えていて。
冷ややかにすべてを見下す赤い目と。
空へと向かう角と。
世界の何よりも美しいと思わせてしまう姿の化け物を。
俺は、覚えている。
神竜だ。
「戦闘準備‼」
イキシアが叫ぶと、皆が武器を構えた。
飛ばされた前衛の戦士が空中で体勢を変え、一斉に詠唱を始める。
『我に宿る炎の神よ、憤怒の獄炎を、憎悪の獄炎を、最大の力を我に授けよ』
極寒の森に、氷の世界に、地獄の炎が炸裂する。
『獄炎』
炎というより、太陽と言ったほうがいい。そんな圧倒的で最大の炎魔術が神竜にぶつかる。
そしてさらに、アストロが地獄の炎へと駆けて行く。そのままの勢いでその中へと身を投げていく。
「はああああああぁぁぁ‼」
神竜の懐へ潜り込み、魔弓クロユリの一撃を撃ち込む。
やった、と不覚にも思った。
だがしかし。
そんな甘い世界は存在などしなかった。
神竜はその地獄の炎を一息で空中の戦士に跳ね返した。クロユリの矢も皮膚を通るはずもなく、無力に落とされる。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
戦士は獄炎に飲み込まれ黒い炭となって地に落ち、Sランクを超える戦士たちが消えてゆく。
それを見て、さっきの感情などもう忘れ、俺は敵わなかった。
自分よりも強い戦士たちが次々に倒れていく様は地獄絵図だった。
そこでやっと、無表情の竜が口を開いた。
「おい。……その程度か人間ども。興ざめだな……」
神竜の一言は理不尽そのものだった。一国を半壊させるだろう攻撃を食らってもかすり傷一つすらつかなかった。
「前衛は魔力砲を打ち込め! 後衛すぐに回復魔術を!」
「「「「は!」」」」
イキシアの指示を聞き入れすぐに詠唱を始める。
「俺たちで一斉につくぞ!」
兄貴とトレニアと兄さんの三人も地を蹴って、神竜の胸目掛けて突っ込む。
その動きとともに最大火力が一斉に打ち出される。
『魔力砲』
兄貴はアイビーを持ち上げ振て、その膨大で兄貴らしさの塊である完璧な熱い魔力を一気に振るう。
『完璧で絶対的な太陽(パーフェクトアブソリューサンシャイン)』
トレニアは短剣バンブルビーを高速で回し十分に加速させて一斉に射出する。
『魔術師の逆鱗』
射出されたバンブルビーは空中で円を描いて神竜に向かっていき、その中を兄さんがきれいに突き抜け、神秘の槍ガーベラを背中から抜き出し右手に持つ。その槍を神竜に向けて口を開く。
『神秘と奇跡(ホープ)』
そう。それは神の奇跡を生み出す槍。
右手に持った槍を神竜に向けて投げ放つ。槍は一直線に飛び、バンブルビーよりも速く、ヤツに到達する。
神の奇跡はきるのか。それは神のみぞ知る、と。
その一瞬で、三人の攻撃がヤツの胸に激突した。火花が飛び散り、剣と盾をぶつけたような音が鳴り響く。槍は推進し続けて勢いを殺さずに刺さるかと思った時、
またしても、SSランク戦士三人による王国最大級の技は跳ね返された。
長い爪で勢いを殺された槍が薙ぎ払われ、ヤツの胸には傷一つ付いていなかった。
人間が作り出した神の奇跡など、本物の神相手には起きることはなかった。
そして、ヤツのその余裕な顔を見て、さらに思ってしまった。
勝てるはずないと。
たった数分の出来事で勝敗がついた。
圧倒的強さの前で俺は固まり。
恐怖で足が震えて動けなかった。
もう相手が異次元過ぎて、俺の頭には勝てるビジョンが浮かんでいなかった。
分かってはいたが、予想をはるかに超えている。
副団長二人と第二分隊長の攻撃を受けて無傷なんて……もう反則だ。
今度は見下す笑みを浮かべて言う。
「おいおい、その程度か? 少し毛が切れっちゃっただけじゃないか笑笑 我直属の散髪屋に任命してやろうか……?」
その馬鹿げた冗談と余裕すぎる口調に俺は動けなかった。足の震えが増して痙攣になりそうなくらい。琥珀への愛よりも目の前にいる強大な敵への恐怖がどうしても勝ってしまう。
未だに前衛部隊が攻撃しまくっているのに全く通用していない。
それにこちらの数は五十人から四十人へと減ってしまっている。前衛は十五人、後衛の回復と遠距離攻撃部隊は十人、中衛の俺たちは十五人。
前衛は回復をしながら攻撃を打ち込み続けるが後衛の回復援護も限度がある。このままでは消耗するだけで、ヤツの攻撃がいつ始まってもおかしくない。だいたい、その攻撃を止められるのかもわからない。
「お前ら! 遠慮しないで全力で続けろ!」
イキシアが降り立った三人と神竜の後方から矢を放ち続けるアストロに指示する。
「おい矜恃あっりたけの力でぶちかます、俺が先に行くからそのあとの追い討ち頼むぞ!」
「通用すんのか⁉︎ 意味ないだろ!」
「目を潰して動きを止める!」
俺の忠告など気に留めず、そう言って飛び立った。
「くそっ!」
イキシアが飛び立ったその瞬間に俺は震える足を無理やり止め、打開策を考えた。どうすればこの状況を打破できるのか。どうすれば神竜に一撃くらわせられるのか。だいたいあの感じじゃ、俺の固有魔術『プロテクトマイシスター』も通用するか分からない。状況は絶望的。このまま行けば確実に国最強の部隊が壊滅し、国というか、もしかしたら世界が竜族に支配されてしまうかもしれない。
ただ。
そんなことさせない、させてはならない。琥珀が元に戻ったとき自分がしたことを振り返ったらあいつは生きていけなくなる。そうはさせない、絶対に助けてやる。
俺は死ぬ恐怖に心を奪われながらも、再び決意して地を蹴った。
少しの胸の高まりを感じた。妹に向けるその想い。それが積もっていくのが伝わる。恐怖の奥で確かに震えるそれを。
「解放」
その瞬間手に持った聖剣が光りだし、イキシアは空気を大きく吸い込み叫んだ。
「…………とぉどぉぉけぇえええええええええええええええええええええええ‼」
イキシアの持つ聖剣が、鉄と木の非力な剣が、先人たちの思いを込めて金色に光り輝く。
聖剣は相手が悪の権化、平和の象徴ではない神竜だからこそその力を発揮する。
突き出したその剣が神竜へと向かって突き進む。
激しい豪音を立てて進み、空気を切り裂く。
そして、目にも止まらない速さでヤツの硬い胸にぶつかった。
「いっけぇぇえええええええええええええええええええええええええええええ‼」
今度こそ。
想いがこもったイキシアの一撃が神竜に突き刺さる。今まで入らなかった攻撃がようやく通った。
だがしかし。すんでのとこで跳ね返される。
ただ、作戦通り。
イキシアが地面に背中から落ちていく格好で退いて。
「スイィィッチィィィイイ‼」
俺が前に突き出た。後は頼んだと言わんばかりのウインクに俺は反応して、イチかバチかであれを発動させた。
『プロテクトマイシスター』
妹との、琥珀との思い出を思い出し、あの笑顔を浮かべて、右手で鞘から剣を抜きだした。
黒き漆黒の剣を大きく構え、突っ込む。
イキシアが作った傷口へ一直線に刺さり、俺の力んだ瞼を開けるとあたりは暗く、赤くなり、神竜の胸を貫いていた。
「ギギャアアアアアアアア‼‼」
途端に神竜が叫ぶ。噴き出した血が体につき真っ赤になる。
それを見た戦士たちが急に武器を持ち上げた。
「「「「行くぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」」」
俺は気づいた。
イキシアはこれをしたかったのか。ダメもとで攻撃し跳ね返されていく戦士たちが気力を失うのを見て自ら一撃を入れ、鼓舞しようとしたかったのか。
イキシアはすごいやつなのだと改めて理解した。
そのまま地面へ落ちながら横目でヤツを捉えていると、ヤツは倒れることもなく、逆に元気にこっちを見て。
「アアア、あ、あ、あ、あああ~~あ」
何⁉
「ふはははは、よくやったな人間。だがやはりその程度か?」
胸に空いた穴がみるみる回復し元に戻っていく。
皆が固まった。振り上げたその手を空中で止めて、停止した。
肉体再生など反則だ。人間に使えるものなど一人もいない大魔術である。
「こっちから行くぞ」
そう言った途端に、周りの雰囲気が変わった。
『天候転換(ウェザーチェンジ)』
極寒の世界が一瞬で、灼熱の獄炎の世界に変わる。
『天地雷鳴』
そして空から、最大級の雷が一瞬で落ちてきた。
あたり一面が黒く焦げ、燃え盛る。
「あははははははは! 死ねよ、人間」
楽しそうにこの見下しながら笑うヤツの攻撃で、一瞬のうちに部隊の半数が黒焦げになった。
さっき持ち上げた気力が一気にゼロになる。
皆が動けなかった。
「……な、ん……と」
イキシアが呟く。
「これでしまいだ」
固まった皆の上に灼熱の太陽が現れた。さっき兄貴が出した太陽とは比べ物にならない大きさの太陽である。
空中にあるだけで木々がさらに燃え、地面に火が付き始める。
「我に与えた侮辱を受け取って、死ね」
声色を変えたヤツが、神を見せた。
『神の裁き』
神の太陽が俺たち目掛けて近づいて来る。
これで終わるのか。
結局助けられないのか。
俺はまたも。
灼熱の太陽が目に映る空を覆い、近づいてくる。
「くそ……」
こんなで死ぬのか。
「いやだ」
そう言いかけた刹那。
二つの光が目の前をよぎった。
「なら、立てよ」
聞き覚えのある声がした。
『全種の精霊よ、全てを壁に変え、我らを完璧に守り抜け』
目の前で二つの影は手を絡め合わせて、最大の防御魔術を唱えた。
地面から何かが舞い上がる。
それに形はなく、透明で、一見ただの水のようで、風のようなものにしか見えない。
おそらくそれは、この地に残る気。眠る精霊たちが残る気を集め凝縮させ壁を作る。その気は何よりも頑丈で、防御魔術では最強。
突如現れたその壁が、神の裁きを受け止めた。
ギギギギギギギギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ‼︎
壁と太陽が押し合い擦れて火花、いや炎をまき散らし轟音を帯びる。
その光が逆光となり、俺らの前で壁を作った誰かが黒くなり誰なのか認識することができなかったが、右手を絡め合わせる二人の足が地面にめり込んでいるのがかろうじて分かった。
ギギギギギギギギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ‼︎
音が増していき、徐々に壁が押されていく。
「グアアあああああぁァァ‼︎」
俺はその後ろで、手で顔を抑えることしか出来なかった。
その衝撃波は壁を通り越して身に染みる。エックス線を浴びるかのように体を貫通していく。
「おい、きょ、うじ! つなげ、てやる! お前、ぁは! やるべきことをーーやりきれぇェェェェェェェェェェェェ‼︎」
衝撃の中で聞こえたその声は、知っている声だった。
「頑張りな、さぁい! きょうじくん‼︎」
後から聞こえた美しい声も、知っている声だった。
後ろで顔を抑えることしかできない俺は思い出した。
そして思った。
もう忘れたのか、俺はさっき決意したんだ。あの笑顔に会いに行くって。守ってやるって。
だから、繋げてもらえた、掴み取ったこの細い紐を、琥珀まで届けたい。
あの可愛い琥珀に繋げたい。
そう思い、誰もが座り込む衝撃の中。
膝に手をあててもう一度立ち上がる。
敵は強大で、理不尽で、圧倒的で、天災で、誰もが勝てない神の領域。
それでも、俺はひとりの妹のために抗う。
全力で神に抗う。
抗って、抗って、幸運が逃げても構わない。
ただ一つ。
あいつが無事であるのなら、暗闇から助け出せられるのなら、もうなんだってする。
グゴギィィィ‼
一度自分を殴って。
「ってえ…………」
そして、叫ぶ。
「………………よし、みんなあああ! 行くぞおおおおおおおおお(琥珀を守るぞおおおおおおおおお)‼‼」
そんな最弱戦士の俺を見て、勝てるはずもない俺を見て、小さな小さな一人の兄の背中を見て、皆が足の裏を地面につけて、その咆哮に応じるかのように、衝撃を薙ぎ払ってが立つ。
皆は国のため。
俺は妹のために。
死んでも倒す、取り返す。必ず守る。
「きょうじいいい! 破られるぞおお‼︎」
目の前の壁が砕け散り、同時に神の裁きも風となって消滅する。
その瞬間、ヤツが顔色を変えた。
快感から怒り一色に染めて。
「我が裁きを、誰の許可で、打ち消したああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎」
そこからは死ぬ物狂いの攻防戦が始まった。
『超絶獄炎』
ヤツが人間には唱えられない魔術を繰り出す。木々が無くなった大地をさらに燃やし、地獄の炎の海とし。
『雷神の怒り』
空からの雷撃。さっきの雷撃の倍以上の威力で地を襲う。
その攻撃は凄まじく人間には出来ない所業だった。でも、戦士たちは倒れても倒れても立ち上がり、最大級の攻撃を続けていく。傷一つつけられないものの着実にヤツの心を追い詰めていく。どんな危機でも。人間は協力して突破していくことを神に証明する。
『魔弓』
アストロが全速力でヤツの懐へ近づき、狙いを定め集中し全力で放った。放たれた高速の矢は漆黒を帯びて一直線に突き進む。
『『『魔力砲』』』
残りの力を振り絞り、戦士たちが叫ぶ。魔力の塊が全てを打ち壊しヤツへと進んでいく。
「神には神だ‼︎」
兄さんは跳ね返されてボロボロになった槍をもう一度向けて、自分の残りの体力を乗せて投げる。
『神の一突』
神秘の一撃。神の奇跡をまとってもう一度突き進む。
『砕け散れ、我が破滅の実現、エクスプロージョン』
兄貴の熱い、破壊の一撃。その破壊を確実に叩き込む。
突き進み、叩き込んだ皆の全力は神竜の心へと侵食していく。
「なぜだ‼︎ この絶望でなぜ戦える⁉︎」
それすら分からない神に、俺は嘲笑った。
「決まっているよ」
それは。
「守るべきものがあるからだ」
一人一人にいる家族のために、恋人のために、友達のために、俺たちは戦っている。
「ふざけるなああああ‼︎‼︎」
『天地雷鳴』
雷撃の嵐が皆を襲うが、今度は負けない。
受けて倒れる者もいたが、それでも攻撃をし続ける。
この時、勘だったけど。
俺たち人間の勝利が見えてきた気がした。
この絶望の中で俺たち人間は奇跡を起こしていた。決して到達できない相手に戦いを挑み、少しずつ追い詰めていったこと。おそらく前回の戦争とは全く違うだろう。今度こそは、必ず。守るべきもののために全員が胸を張って戦っていく。
『平和の斬撃』
そして、現王国戦士団団長、最強戦士の称号を持つイキシアの思いがぶつかる。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎」
団長として不足はない。その白き真っ直ぐな平和は神をも凌駕していく。
神竜の血が吹き出し、辺りに赤色の雨を降らせて神竜は倒れていく。
「ギガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ‼︎‼︎」
その悲鳴を聞いて、皆が震える。これなら行けると意識を集中させた。
攻撃を続け、消耗して倒れる者も、神竜の攻撃に巻き込まれて倒れる者もいた。
だが、立てる限り最高の攻撃を続けて、少しずつ追い詰めているのだと思った。
しかし。
神は理不尽で。
そこでは、終わらなかった。
「いい加減にしろ……」
神竜の血相が変わった。
それを見た途端、身体が縛られたような感覚に陥り、全ての毛が逆立った。
「我は、人間に負けるほど雑魚ではない…………」
そこで終わらないのが、神の竜。
神竜であった。
今度は見下すこともなく、真剣な表情で。殺す。の文字が頭に溢れているような顔で言った。
「神とは、こういうものだ」
神竜の体から人の腕のようなものが生えてくる。棒のように細く長い腕を兄さんに向ける。
それは一瞬で兄さんに到達して、誰も追いつけなかった。
「な⁉︎ んんん‼︎」
兄さんが掴まれる。
「兄さん‼‼」
「スイレン‼︎」
「スイレンさん‼︎」
「「「隊長‼︎‼︎」」」
一瞬の出来事だった。
「神を語るな、その程度で…………神を語るな」
バキゴゴガキィィ………………。
鈍い音がなり、静寂が広がった。
「あああっ‼︎ ぁ…………」
その手から、何かが垂れる。紅く、黒く、濃い、何かが。
「え、あ……」
その光景を見て、俺は言葉が出なかった。
手を広げると、その紅い何かとともに、粉々になった何かも落ちていく。
それが落ちていく光景はとてもゆっくりで、時間が止まっているように感じられた。
俺は、その一瞬が長くて、怖くて。またも心を恐怖一色で埋め尽くしていった
そして、ぽとっと。
いや、ぐちゃっと。地に落ちた。
皆がそれを見て固まった。誰も動けなくなり、固まった。
「愚かだな…………」
その光景を、事実を、受け入れたくなかった。
分かってはいる。
でも。
嫌な出来事だった。
嫌よりも最悪に近い。
……………………。
『スイレンって呼んでくれたら嬉しいな』
『振り上げた剣は一直線に下ろして突きを入れる』
『気持ちを高めて、イメージを頭に植え込んで』
兄さんの声が聞こえた。
聞こえた瞬間。自分の心にかかっていたモザイクがとけた。
目の前に落ちたものは
兄さんの、スイレン=ダリアの、肉塊と血だった。
「……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
トレニアが咆哮した。
そして、地を蹴って飛び出す。第二分隊の戦士も武器を構えてその後ろを走っていく。この時、皆に魔術を使える力は残っていなかった。でも、効かない物理攻撃を仕掛けようとして走っていた。驚きの出来事に冷静さが欠けていた。衝撃的なことに動揺して、神竜へ突っ込んでいく。
「お前ら、やめろおおおお‼︎」
イキシアが叫んだがその声は届かず、散って森に消える。ただそこには、トレニアたちの咆哮だけが残る。
「あ、ああ、あああ、ああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
『流星群』
トレニアがそう唱えると、バンブルビーがトレニアの懐から消えて空が光りだす。その光は徐々に多くなり大きくなり、少しずつ近づき、音も金属の轟音へと変わっていく。
だが、しかし。
そんな魔術を気に止めることもなく。
『斬』
そう唱えただけで、目の前を、空気の刃に横斬りした。
戦士たちの体が真っ二つになったが、トレニアはそれをすぐにかわして立て直し魔術を続ける。
「やめろおおおおおおおおおおお‼‼」
イキシアの言葉も届くことはなく。
『魔力砲』
「はああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
自分の全力を塊にして放った。
それは神竜に直接あたり、衝撃が走る。
ギイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィン‼︎‼︎
「我が憎いか、人間?」
その魔力砲を抵抗もせず受けながら、余裕の顔で尋ねる。
「憎いかだって? 当たり前だぁ‼︎ 仲間を殺されて憎くないわけないだろうがァ‼︎‼︎」
その答えに神竜は笑った。
未だに魔力砲を受け続けているのに。それでもなお笑って言った
「はは、ははは、あはははははははははははははははははははっははははははは‼︎」
「何が面白い⁉︎」
ただただ笑って、その声が魔力砲の轟音よりも大きく響く。
「あははははははは‼︎ 憎いか、人間」
「……ッく⁉︎」
未だに笑い続け、嘲り、攻撃など気に止めず。
「憎いか、憎いか。それは嬉しいな、嬉しい嬉しい、もう爽快」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎」
トレニアの攻撃も通用しないのを分かっているから、話を続ける。
まさに、余裕という字がお似合いの。
それはもっとも、神竜らしい姿。
「我はなあ、復讐したいんだよ。この醜い人間に。特にお前みたいに仲間が死ぬと狂って人間目線の正論を言って満足するような人間にィ‼‼」
「お前らの言動はうざすぎて醜くて、ぶっ殺したくなるんだよ‼」
「トレニア‼︎‼︎ 逃げろおおおおお‼︎‼︎」
イキシアはそれを察知したが、もう遅かった。
『反射』
魔力砲が急に方向を変え、跳ね返る。
「……あっ」
何も言う暇などなく、紫電の砲撃はイキシアを包み込み。
跡形も残さず、空気すらも焼き焦がし、散り散りにさせた。
「トレニアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎」
………………。
静寂の中、イキシアが立ち上がる。
何も言わずに、歩き出す。
「気持ちいなぁ、復讐ってやつわ」
………………。
人間を殺し、笑い続ける神竜に、剣を向けた。
「俺らは負けねえぞ、必ずお前をぶち殺す‼︎」
涙を流し、決意する姿は、もう一度皆を動かす。
絶望せずに、もう一度。
勇敢に立ち向かい、全身全霊をかけた仲間に応えるために。
皆が立ち上がる。
「心が折れぬのなら、殺すまでだ」
もう一度立ち上がる戦士を見て、本当にすごいやつだなと思った。俺には仲間が死ぬなんて経験はないし、だいたい実践なんてやったことはほぼほぼない。こんな風になれたらというのが俺の子供の頃からの夢だった。
でも、もう夢じゃない。
俺はそこに立っているんだ。
「絶対に、こ…………ろす。人間」
もう。
今度こそ。
絶対に。
取り戻したい。
だが。
二人は殺された。
その悲しさに胸を蝕まれていく。
膝が地に近づき。
心も真っ白になっていく。
怖い。
何も見えない。
でもそんな俺に。
神竜を観察し続けた俺には見えた。
神竜が涙を流した。涙は物凄く少量で俺以外全員が、神竜自身すらも気づいていない。
その流した涙に疑問を抱いた。
なぜなら、その涙に神竜のオーラなどなく。むしろ憎しみすらもなく。
その涙には、人間の後悔。人間の悔しさで溢れていたからだ。
『ごめんなさい』
『どうしよう』
『なんで、こうなったの』
『人殺しなんて、なりたくないよぉぉ』
その涙を見て、何かが聞こえた。
幼くて、今にも泣きそうな女の子の声が聞こえた。
『助けて、だれか……』
『怖いよぉ……どうすればいいの』
『だれか……私を助けて』
『怖いよ、怖いんだよ、胸が苦しくて、怖いよ』
俺は分かっている。その可愛い声を。
『嫌だよぉ、もう嫌だよぉ……』
『だれか、助けて」
その声は、
『助けて…………お兄ちゃん………………』
琥珀の声だった。
さっきまであった締め付けられた感覚はどこかに消え、恐怖も覆い尽くして、白くなりかけていた心が燃えて、その奥底から熱い魂が湧き上がってくる。力が無限に湧き出てくるのが、心臓から指の先まで分かってしまう。体から熱風が吹き出しているかのように風が巻き起こる。不安などどこかに消えた。
「おい、神竜。………………お前を殺す」
この湧き出る魂は。
『プロテクトマイシスター』
無限大の固有魔術が最大出力で発動した。
血が、俺の体を高速で巡っていくのを感じる。
なんだろうか、爽快なのに熱いこの感覚は。
正直、発動している俺ですらよく分からないその力。
俺が発動する、妹の、妹による、妹のための力。
俺に妹がいなければ、この魔術は出来るはずもない。
溢れて溢れて。
消えることのない無限の力。
俺はもう一度、黒き漆黒の剣を力強く握る。
「………………」
言葉を発することもなく、俺は地を飛び去った。
もう俺は、ヤツに向けた殺意の塊だった。
光速で神竜へ近づき、想いをのせた剣が神竜を斬り刻む。
しかし、神竜も。
人間の足掻きでくたばれるほど雑魚はない。
余裕で俺の速度についてくる。
俺はとにかく、必死に戦う。
斬って、ガードして、かわして、飛んで、突いて、魔術を叩き込んで、かわされて、隙を作らせて、狙って、殴って、剣を背中で持ち替えて、正真正銘の飛び蹴り、両足蹴り、連続殴り、膝蹴り、肘打ち、指突き、横なぎ、突き。その繰り返しをひたすら続ける。ただの物理攻撃なのは、光速だけあって魔術を使える暇が少ない。
でも俺は、ただ殺すことだけを考えて突っ込んだ。
頭にイメージを浮かべ、無言で、ひたすら考えて。
『獄炎弾』
人の背丈ほどある獄炎の弾を光速で撃ち込むと、ヤツはそれを爪でかき消し。
『雷撃斬』
雷撃の刃が俺目掛けて飛んでくると、俺はそれを剣で薙ぎ払って、爆発的な力で物理攻撃を叩き込む。
『反射』
それを跳ね返し、俺は姿勢を崩すが一回転してもう一度左から横薙ぎを入れる。
今度は入ったが少し攻撃が浅かった。今度は魔術でもなく皮膚の弾力で跳ね返される。そこにすぐ、自らの毛で作った針が俺目掛けて射出される。かわし切れずにそれを体に受けるが、もう痛みなんて感じなかった。右足に刺さった針を抜いて捨てる。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ‼‼」
もう一度射出された針を掻い潜って剣を振り下ろし、回し蹴りを入れる。バランスの崩れたヤツに突きを入れ、そのまま地面へ突き落す。
胸に突き刺さった剣を、その場でとどめの一発。さらに振り下ろす。
だが。
ドンッ‼
その音が聞こえた時。
俺はいつの間にか空中へ吹き飛ばされていた。
木の大群を軒並みへし折って奥の山に激突した。
「ッ⁉」
追い打ちをかけるようにヤツは、
『神の裁き』
再び、あの光り輝く熱き一撃が飛んできた。
もう少しのところを剣で受け止める。
その熱さに負けず全力で、踏ん張り続ける。
「っぬあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼」
その重たさは異常なもので、よくも虎狼と明日花さんは受け止めていたなと思った。
足で山の地を押し、腕でひたすら耐える。そのまま自分自身が破裂するのじゃないかと思ってしまう重たさに、溶けてもおかしくない熱が身体全体に伝わる。いくら俺の魔術でも神という肩書には劣れを感じるものがあった。
でも、そんなものでは終われない、終わらせられない、必死に抗ってその一撃を耐える、耐えなければならない。
「貴様、なぜそんなに抗う」
何を聞くかと思った。残る力を振り絞り。
「そんなの決まっているだろ…………妹のためだ‼」
俺を見下す目で。
「たかが、義理の妹であるこの娘に、なぜこだわる?」
馬鹿なことを聞くな、と思った。
「当たり前なんだよ‼ 俺はあいつの兄なんだ! あいつを死ぬまで守り続けるのがおれの仕事だろ‼‼」
そうだよ。
それが役目なんだ。仕事なんだ。
でも、守れなかった。
その責任が俺にはある。
最後まで突き通すために、あいつをお前という呪縛から解きはなければならない。それは絶対で必死事項だ。
「あいつはな、昔泣いていたんだ。お前から生まれた忌々しい娘だと、周りの人たちから離されていたんだ。俺だって最初はそう思っていた………」
いまだ見下して。
「ならばなぜだ? どうして見捨てなかった?」
いつの間にか、自分がしていることも忘れて答えていた。
「ーー見捨てられなかったんだよ‼‼ あの涙が、あの泣き顔が、どうしても捨てきれなかったんだよ。あんなのを見ていられなかった。だから俺だけはあいつの支えになってあげようと思ったんだ。絶対に助けて、最後まで守り抜いて、憧れるような最高の兄になろうと思ったんだよ。可愛い妹を笑顔にさせてあげようと思ったんだ‼‼‼」
「……そしたら笑顔になってくれた、幸せにできたと思った。なのにまた、お前という、神竜という呪縛が邪魔をしたんだ。お前はあいつの笑顔を邪魔した。そんなの許されるか、許してたまるか。絶対に助けて、あの笑顔を、あの優しさを、あの可愛さを、あの強さを、あの日々を、琥珀を、俺の妹を。ぜんぶ、ぜんぶ。俺が絶対に、支えるんだ、助けるんだ、取り戻すんだ、守り抜くんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼」
もう一度。足から指の先まで力を入れて、押し返す。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」
おそらくこれが初めてだろう。
神という肩書を跳ね返したのは、初めてだろう。
俺は妹のために、剣を握りしめて、もういちど。
………………………。
その静寂の刹那。
一つの斬撃が切り裂いた。
神への抗いが。
神を切り裂いた。
ザアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンン‼‼‼‼
俺は。
妹を、琥珀を。
助けるために、取り戻すために、守るために。
呪縛を絶った。
神を殺せないという。
抗って。
抗って。
抗って。
誰もができないことを成し遂げて。
一人の女の子を。
俺の妹を。
琥珀を取り返した。
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