居なくなった引き篭もり
望月 臨
居なくなった引き篭もり
「優夜にまた会いたかった」
今亡き祖父が言い遺した言葉である。祖父はいつも変わっていた。寝る時と食事以外はほとんど自室に引き篭っていた。中で何をしているのか殆ど知らなかった。
そのせいか、いつも家族とは余り関われず、祭や式の時はほとんど参加しないだろうと、決め付けられていた。
うちの家族は金持ちというほどではないが、祖父の仕事の収入で、一般的な家庭よりはそこそこ裕福だった。家族は母と父型の祖父のみで、父は生まれる前に他界している。3つ離れた姉もいたが、4年前に行方不明になっている。
ちなみに裕福だったのは引き篭もりながら行った仕事故である。それを知っていたのは俺と行方不明になっている姉だけで、母は知らなかった
仕事の内容を知ったのは4年前の『あの日』、そして自分にとって2人との一番の思い出での日だった。
・・・
姉は成績が良かった。テスト順位は何時も3位以内で運動もできた。
しかし彼女の周りは良く思わず、嫉妬や憎悪の視線を向けるようになった。やがて学校でイジメられ、耐えきれず、その年の10月ごろに学校を退学して祖父と同じように閉じ篭ってしまった。母は仕事に忙しく、あまり知らなかった。
俺はそんな姉の部屋から泣いている声が聞こえて心配になったのが始まりである。しかし、余計なストレスを与えるわけにはいかないので1線を引いていた。
引き篭もってしまった姉のために、食事を姉の部屋に運んでいたいた。その時から、姉のすすり泣くのが聞こえていた。1日で落ち着き、運んだご飯も食べているようだった。
一週間過ぎると今度は大きな物音がし、何かが倒れる音、散らばる音、壊れる音が半日続いた。
そして1日経った今日、姉が落ち着いているのを願いながら、姉の部屋の前に立っていた。
・・・
ノックして返事をもらう前にドアを開けた。
姉の部屋は何時もベッドと机、そして本棚のみで、静かな森のイメージでレイアウトしてあった。しかし今では本棚は倒れ、机の上や床には本や紙が散乱しており、空き巣が入ったのと思わせるほど荒れていた。
そして唯一無事なベッドの上に姉はいた。
髪は所々跳ねており虐めのストレスのせいか所々白くなって、眼の下には大きなクマ。そして今にもまた泣きそうなほど顔を歪ませていた。
「……何の用よ?」
姉からは閉じ籠る前を装おうとしているのが感じられたが、姉の眼は何も残ってないかのように曇っていた。
「姉ちゃんが悲しそうだったから」
「……余計なお世話だから出てって」
「嫌だ」
「………なんでよ……ほっといたくせに!」
「それは悪かったと思ってる。でも姉ちゃんがあの時普通に話す事が出来ると思ってなかった」
「そうじゃの。優夜、取り敢えず落ち着きなさい」
「……え?」
気のせいだろうか? 今、確かにこの部屋の主以外の声がーーー
「あ〜〜、翔太。取り敢えず優夜を説得するのを手伝っておくれ」
やっぱり姉以外にいた。驚いて声の主の方を向くと、祖父がベッドの側にいた。
何時も自室にいるはずの祖父がここに居るのかが理解できずに混乱していると、その様子が面白いのか悪戯を成功させた子供みたいな笑顔を見せていた。
「何故居るのか、という顔をしとるのぅ。まあ、何時も自室におるから仕方ないが」
「そりゃあ驚くよ? ここに居るとかおかしいとしか思わないじゃん」
「それもそうかの、優夜の部屋からかなり大きな音が長く続いておったから流石に 近所に迷惑かけているからやめさせようと思ってたのじゃ」
詳しく聞くとノックに気づかず、入ってきた祖父を見て驚いた姉は、散らばった紙を踏んで倒れたらしい。それだけなら良かったのだが、倒れた先に机があって後頭部を強打したとの事。意識が戻るまで看病し、さっき目が覚めた所だったらしい。
聞いて驚いた。そして自分がおかしくなってしまっていると気づいた。
祖父が昨日の夕飯に来なかったのは気になっていたが、姉の部屋にいるとは思ってもいなかった。顔を見ると、歳のせいかそれとも……ともかく、顔色が姉以上に悪かった。
しかし、自分の事などお構い無しに、祖父は姉の看病をしていた。自分は普通の生活をしていた時に、姉は? 祖父は? 2人はどう過ごしていた? どうゆう思いで過ごしていた? 単純な事に気ずけなかった自分に吐き気がした。
「翔太、ワシのことは気にするな。徹夜などにいつもの事、これぐらい楽すぎるわい」
そう言って祖父は弱々しくもニッコリと微笑んだ。
「さてのう、このままじゃ意味もない。ちょっと待っといてくれ」
そう言って祖父は自室へと戻っていった。
十分後、祖父は二冊の本を持って来た。片方は新品だが、もう片方は所々にシミがあった。何故本を? と疑問に思ったがよく見ると、姉が好きな著者の名前があった。
「言ってなかったと思うが、ワシは小説家じゃよ。引き篭もっている理由はこれらを書いているからじゃ。信じてくれるとは思わんが、読んでくれ」
そう言って新品の本を俺に、シミの多い本を姉に渡した。
ストーリーは至ってシンプル。イジメなどで心に傷を負った主人公が、皆に認められようと努力するという物語だった。
ふと、姉の小説が気になって姉の方を見てみると……姉は泣いていた。
「なんで……?」
「それはワシが初めて書いた物じゃ。どう書くかわからなかったワシは自分の出来事を書いてみようと思い、コンクールに出してみたら受賞してしまったのじゃ」
と、祖父は笑いながら言った。改めて見ると確かに、殆どが自分や家族の誰かに起こった出来事だった。
なぜだろう。でもどこか気になる。何かこう、何故やったのかみたいな……
「待って、でもなんで私達に起こった出来事を知っているのよ?!」
ストーリーを読み返していた姉の言葉を聞いて気になる理由が分かった。
これ、色々と引っかかるんじゃないのか?
「いや、ワシの部屋家の音が結構聞こえるのじゃよ。プライバシーとかその辺は大丈夫じゃろ。法律には引っかかってない………筈じゃ」
「「自信ないんかい!」」
・・・・・・・・・
ネットで調べて見たが何とも記されていないので、不問とした。
しかし、その頃には姉は以前の笑顔を取り戻していた。
「それにしても、まさか私の好きな小説家が爺ちゃんだったなんて……」
「母さんには秘密じゃよ。これワシのヘソクリを増やす為にやっとるから」
それ言って大丈夫なのかよ……。まあ姉が元気になったからいいか。
「あ、爺ちゃん、ちょっと話があるんだけれど少しいい?」
「構わんが……もう大丈夫なのか?」
「うん。これ読んで自分は馬鹿なやつだと理解できたし、自分のやりたい事もちゃんと決まったから。あ、翔太は出てって」
姉は何か祖父と話すことがあるらしい。俺は静かに部屋を出た。
・・・・・・
3日後、姉は失踪した。この事に母は驚き、捜索届けを出そうとしたが祖父が
「心配はいらん。優夜は自分の道を見つけただけじゃ」
と言って捜索届けを出さないように説得した。
あまり話すことがない祖父の説得に驚き、渋々と捜索届けを出さなかった。
それから4年、5日前に亡くなった祖父の葬式を行なっている。
葬式には色々な人が来た。中には俳優や大企業の代表取り締まり役社長など名前の聞いたことのある企業や組織の人々がきた。………祖父の知人は何故大物ぞろいなのか気になったのは秘密だ。
母は相変わらず仕事で、重要な所だけに出席し、仕事に戻っていった。
そして今、待ち合わせをしている。
祖父の遺品を片した時に見つけた電話番号。大切に保管されていた番号に電話してみると、女性の方が出てくれた。祖父の知り合いか確認し、その人に祖父が亡くなった事を話すと、今から来てくれるという事だった。
しかし、今海外にいるらしく、色々あって今日着くという連絡が来た。
その人を調べると、業界では有名なカウンセラーだった。学生の対応を主とし、イジメや心に傷を負った人達を導くことから「導きの女神」とか呼ばれているらしい。
そして約束の時間の3分前にその人は来た。
式服だったがどこか懐かしく感じた。少し背が伸びたがそれ以外は変わらなかった。
「久しぶり」
そうだ、間違いない。涙が頬を伝う、しかしそれ以上に嬉しさがあった。
帰ってきた。
「お帰り。優夜」
そして、姉は帰ってきた。
・・・・・・・・・
「すみませ〜〜ん、生中2本ください」
葬式後、俺は姉と居酒屋に来ていた。
「それじゃ、爺ちゃんの安らかな眠りを願って乾杯!」
「……乾杯」
酒飲む前から酔っ払ったテンションの姉の姿を見てみる。
まず思ったのが、……その服装をやめて欲しい。
今の姉の服は式服ではなく、ポンチョのような物を着ている。……目立つ、非常〜に目立つのだ。せめてもうちょっとマシな服はなかったのだろうか。
「あるわけ無いでしょ〜〜、カウンセラーとしてやってるけれどさ、ほとんどボランティアに近いのよ。しかもスラム街とかで困っている人とかを助けるのが主だから金が無い子達に金をよこせ! って言えないでしょ」
「じゃあなんで4年分の金と帰れるだけの金があるんだよ?」
「え、爺ちゃんのヘソクリ」
詳しく聞くと、俺を追い出した後、可能なだけお金を貰えないか交渉したそうだ。その結果、1500万円ぐらいのお金を貰うことができたらしい。(これでも10分の1あるか無いかぐらいらしい)
しかし限度というものがあるので、各国で口座を作り、そこに定期的に振り込んで貰ったらしい。(法律云々は引っかかって無いと断言していた)
そんな話をしていたら時間は過ぎ去り、姉が帰る時間になった。
「それじゃ、母さんの事よろしく!」
「姉さんも気をつけてね」
姉が乗る飛行機が飛び立つのを見送る。
姉は自分の道を進んでいる。
俺も出来る道が見つかっている。
悩んでいる者がいたら支えよう。
あの時の祖父のように。
居なくなった引き篭もり 望月 臨 @kasaru
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