二、

それこそが日本の古代史におけるミステリーだ

 三日後、四人は無事、教育学のレポートを提出した。


 教育学は半分耄碌したようなおじーちゃん先生で、レポートの要求レベルは低いらしい。とにかく提出しさえすれば、単位は大丈夫だという噂。しかしあたしは三日間もの禁欲生活に耐えかねてイライラとムラムラが昂じ、つい、

「現代日本の学校教育は、愚民化・白痴化政策の一環である」

 なんてつらつら書き綴っちゃったから、ちょっとヤバいかもしれない。とほほほ。――


 四人は大学の近所のファミレスに集まり、通りに面した窓際の席で、ワンコインの日替わりランチを食べた。

 黒木敬太郎は、ランチのみでは炭水化物不足とみえて、卓上のボタンを押しライスを追加注文した。負けじと有村雄治も唐揚げプレートをオーダーする。ガチ文系の癖に、昼間っからガッツリ飯らしい。


 ひと通りお腹も満たされたところで、四人はドリンクバーに足を運び、飲み物を手にして席に戻った。

 空いたお皿をテーブルの片隅に積み上げ、スペースを確保すると、めいめいノートPCを広げる。


「これは、オレが去年まとめた資料なんだけどね。基礎知識の共有、ってことで……」

 黒木敬太郎が全員にレジュメを一部ずつ配る。

 レジュメは二〇ページもあった。敬太郎君、体調崩して受験に失敗したとはいえ、元々は某難関国立大学を狙っていた筈。そんな受験生が、どうしてこれだけの作業に時間を割けたのか。感心するやら呆れるやら。……


「いや、ネットで拾った情報を切り貼りしただけだよ」

 そう謙遜する彼のレジュメに目を通すと、魏志倭人伝及び邪馬台国に関する基礎知識が実に解り易くまとめられていた。


 魏志倭人伝。――

 正しくは「三国志」中の「魏書」第三〇巻、「東夷伝倭人条とういでんわじんのじょう」である。三国志の時代、つまり三世紀頃の日本の様子が詳しく書かれている。

 著者陳寿ちんじゅは、この倭人伝を書きたいがために三国志執筆に取り掛かった……と言われている程、並々ならぬモチベーションで執筆したらしい。字数は約二千字。

「たったそれだけか」

 と一瞬思ってしまうが、よくよく考えれば漢文の二千字だから、結構な情報量だと言える。


 三世紀頃の日本について、魏志倭人伝には、

「邪馬台国という女王国があり、倭の盟主として数十ヶ国を従えていた」

 と書かれている。しかし不思議なことに、この邪馬台国及び女王卑弥呼について、「古事記」はおろか正史「日本書紀」にも、全く記述がないのである。偽書扱いされている複数の古史古伝にも、同様に記述がない。


「それこそが、日本の古代史におけるミステリーだ」

 と、黒木敬太郎はレジュメにおいて述べる。

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