トリカゴ
チャガマ
第1話トリカゴ
私はトリである。トリカゴに入れられているトリである。金網のトリカゴに入れられている。足を休める木が一本ある。私はずっとそこに羽根を畳んで止まっている。餌は毎日与えられている。水もある。生きていくには苦労しない。ただ羽根を広げるには、些か狭すぎる気もする。
私の隣のトリカゴ。中にはトリがいる。美しい色彩の羽根を持つトリだ。彼はいつもトリカゴの中にある木に止まっている。時折水を飲み、餌にくちばしを運ぶ。世話しなく首を回していることもあれば、じっとして上な空な時もある。彼は全く、羽根を動かそうとしない。
私の羽根の色というものは詳しくは分からないが、彼は私の鏡写しのようで少し不気味である。私はすることがないから、たまに彼を見ている。じっと見ていると、より不気味で嫌気がする。これを同族嫌悪というのかもしれない。
トリカゴの外には森がある。草木があり、種類豊富なトリがいる。くちばしの大きい者。強く逞しい者。色彩鮮やかな者。空を速く飛び駆ける者。美しい声を持つ者。鋭利な爪を持つ者。可愛らしく甘え上手な者。様々である。
彼らはトリカゴから離れて、優雅に木々を往き来している。トリカゴの中の私には到底出来ることではない。羽根を広げることもままならない身であるのだから。
しかし、私は彼らを羨ましく思うことも、妬ましく思うこともない。彼らは私とは違う存在であるのだと、どこか達観しているのかも知れない。しかし、隣のトリカゴの彼と同列に扱われることはどことなく許しがたく、受け入れがたいことである。私は決して、彼の鏡写しなどではないのだ。
私はトリカゴを出たいとは思わない。しかし、このままでは一生を彼と同じくして過ごしてしまうかもしれない。これだけが私を急き立てる。いち早く、私は彼と違うステージに上らなければならない。鏡写しのような生活から脱したい。その思いだけが、日に日に募っていく。
私は少し羽根はためかせた。彼がこちらを向いた。私は気にせず、もう一度羽根をはためかせた。すると彼も羽根を一度はためかせた。真似をするな、と私は一際大きく羽根をはためかせた。すると彼は美しい声を出し始めた。遅れをとる訳にはいかない、と私も声を出した。彼が真似をするな、とこちらに向かって声を挙げた。何を言うか、と私も彼に向かって声を挙げた。そこからは、よく何が何だか分からない。ひたすら、お互いに羽根をはためかせ、声を挙げた。そして知らないうちに夜を向かえ、私は眠りについた。
翌朝、彼の姿はなかった。彼のトリカゴごとなくなったのだ。私は暫し茫然としていた。常に隣にいた彼が、一夜にして消えたのだ。自由を奪っていたトリカゴごと。消えてしまった。私は恐怖に駆られた。私もいつか消えてしまうのだろうか。突然に、一夜のうちに、私の知らないまま、消えてしまうのだろうか。私は怯えた。その未知の驚異に怯えた。餌もある。水もある。生きていくには苦労しない。しかし、一夜にして消える恐怖がある。
トリカゴの中にいるのは私だけだ。他のトリ達はトリカゴの外で飛び回っている。彼らから恐怖に怯える様子は見てとれない。私だけが、消される。消える。私の鏡写しが消えたのだ。その鏡に写っていた私が消えても何も不思議ではない。何故いなくなってしまったのか。私は彼を憎まずにいられなかった。
そんな時、トリカゴの扉が開いた。一瞬、訳が分からなかった。ただ、その扉は確かに外に開いたのである。私は首を傾げた。何故、開いたのか。私には分からなかった。しかし、私にとってそのようなことは些細な問題だった。外に出れば私は恐怖から解放される。私はそう思った。そう信じてやまなかった。私は羽根をはためかせ、外に飛び出した。
宙を舞い太い幹の木の枝に止まる。あぁ、遂に私はあの恐怖のトリカゴから脱したのである。鏡写しの彼からも解放され、トリカゴからも解放され、私は全ての自由を得たような気分になった。私は羽根を広げた。見よ。この美しい羽根を。私を声を挙げた。聴けよ。この美しい声を。私は空に全てを身に任せ、木の枝を飛び立った。周囲のトリ達が私を見ている。美しく新しい私を見ている。流れる風は心地よい。どこまでも飛んでいける。
そうして加速した私は、透明な壁に勢いよく激突したのである。
重力に引かれて落ちる体を感じながら、私は思った。
あぁ、私はトリカゴの中のトリカゴにいたのだな。
トリカゴ チャガマ @reityeru2043
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます