後日談二
母と父の悲しそうな笑顔が少女の最後の記憶だった。
涙はボロボロと流れ、それでも笑おうと顔に力が入っていた。口は震え、手も震え、それでも両親は笑っていた。
遠くで悲鳴が聞こえた。悲鳴はだんだんと大きくなる。誰かが近づいてきているのだろうか。瞼も開かず、首も手足も動かないが、その代わりに耳はよく聞こえた。
男たちの会話が聞こえる。怒鳴り声と焦ったような声。英語に近い言語のようだが、全く別の言語にも聞こえる。少女はただ聞いていた。ふいに自分の真横からブザー音が鳴った。ベッドのような場所に寝ていたはずが、いきなり重力のままに放り出され、床に頭を打ち付けられた。
何か声を掛けられ続けるが、少女には何を言っているのかさっぱりだった。声の主は舌打ちをし、少女の腕をつかみ引きずった。体の動かない少女は抵抗もできず、そのまま引きずられる。膝が痛み、うめき声が漏れる。
少女は風が目の前が通ったと感じた。そして続く巨大なものが落ちたのような轟音。
(何が起こっているの?)
呆然としている間に腕の拘束は解かれていた。どうにか力の入るようになった足でふらふらと立ち上がり、目を開ける。
少女の視界に真っ先に入ってきたのは鋼鉄の柱。いや、ただの金属の塊ではない。何かのモーター音が内部から聞こえる。少女は興味のままにそれに手を伸ばそうとした。しかし、それは叶わない。その柱はかなりのスピードで上へ動いたのだ。
(まさか、さっきの音はこれ?)
先ほどの轟音はこの柱が原因かもしれない。そう思った少女は柱が昇って行った先を見上げる。
機械の天井がそこにあった。
少女のいる空間の天井は崩れ、パラパラと破片が落ちてくる。そして、さらにその上に機械の何かが蠢いているのだ。先ほどの「柱」はこの何かの一部だったらしい。
巨大な何かがすれるような音の後、もう一度「柱」が少女の横すれすれを通った。そして続く駆動音。
(また動く……)
この音がこの「何か」が動く前兆だとは混乱している頭でも分かった。
少女は走った。いくつもの死体を乗り越え、臓物を踏みつけ、走った。なぜか少女がいた大きな空間にはたくさんの死体があった。
その原因はすぐにわかる。拳銃、ショットガン。少女にとっては前時代的ともいえる武装の数々。少女が目覚める前、何かが起こったのだ。
(逃げなきゃ……でも、どこに行けばいいの……)
足を動かすが、体力は無尽蔵ではない。暗い通路を走り、走り。しかし、出口は見えない。ここがどこかも分からない。
呼吸を整えようと、近くの部屋に転がり込む。ベッドとテーブル、天井から釣り下がったランプ。通路とは違い、この部屋は自分の手先が見える程度には明るかった。
ベッドに座り込み、思考をまとめようとする。否定したかった考えを無理やり浮上させる。
少女には確信めいたものがあった。ここは未来じゃないのか、という考えだ。しかし、否定する材料も多い。古い設備、古い武装。むしろ過去だと言われたほうが納得がいった。ただ、少女の生きた時代でもタイムトラベルの技術はない。コールドスリープ装置で眠らされていた少女がはるか未来で目が覚めた、という考えしかできなかった。
(お母さんとお父さんがいれば……)
少女は科学者であった両親を思い出す。そして、あの最後の笑顔につながる。
こぼれる涙をぬぐうこともせず座り込んでいた少女に話し声が聞こえた。さっきと同じように英語のような、いや確かに英単語はいくらか聞き取れるのだ。しかし、文法がだいぶ違うような気がしたし、母が見せてくれた古い映画で聞いたような他国の言語も混じっているような気もした。
(どうしよう。)
ここで部屋から出て助けを求めるという選択肢もあったかもしれないが、男につかまれた腕の痛みがその選択肢を追いやる。
少女は隠れてやり過ごすことにした。
どれほどの時間がたっただろうか。通路での話し声は聞こえなくなり、あたりも静まり返っていた。
天井からランプを取り外し、通路の先を行く。
階段を上り、自分がいたのは地下だったと知る。
ひしゃげた扉をよけ、外に出る。
レンガ造りの建物はところどころ崩れ、地面も陥没しているところが目立つ。
人の死体はもう気にならなくなっていた。
(これじゃあまるで……)
過去に戻ったかのようだ。その考えに蓋をし、少女は空を見上げる。雲に隠れ、星は見えない。
呆然と道路の真ん中に立っていた少女の顔をランプよりずっと強い灯りが照らす。
近寄ってきた集団の一人の女性が何かを話しかけてくるがやはり何も分からない。ボロボロと零れ落ちる涙をぬぐい、女性の顔を見る。女性は微笑み、今にも崩れそうな少女を抱き上げた。
少女がどのような結末にたどり着くかは、また語られる時ではない。
解けぬ大地の蒸気機関【旧版】 黒いもふもふ @kuroimohumohu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます