後日談一
自分の横に寝転がる男の明るい赤毛はエセルにオズワードでの出来事を思い出せた。
「なんだい? そんなに赤毛が珍しいか?」
男は笑う。本気ではなく、ぼんやりとしているエセルを少しからかったようだ。
「この赤毛もなぁ……嫌いじゃあないんだが、飛空士で赤毛というとどうしても北の貴公子様を連想するらしい。俺の容貌だけを聞いた奴らに何度初対面で落胆されたことか。」
ただ黙っているエセルに男は聞いてもいないことをぺらぺらと喋る。
エセルはたいして興味がなかった。男に期待していることはただ一つだった。そのために夜をともにしたというのに、この男はもったいぶってなかなか話そうとしない。男も別にエセルが自分に気があるだとか勘違いしている様子ではないのが今のところ唯一の幸いである。
「ははっ。分かってるさ。聞きたいんだろう?」
エセルの目耐えかねたのか、喋るのに飽きたのかは分からないが、男は上体を起こすとサイドテーブルから自分のたばこを取り、火をつけた。
少しの間の静寂、部屋の壁の中を走る蒸気の音さえ聞こえてきそうだった。
「どこから話そうか……そうだな、まずは生きながらえたオズワードの軍部の人間についてかな。」
「生き残りがいたの?」
いきなり初耳の事実である。
男は初めてエセルから好感触を得たことに苦笑しながら、話を続ける。
「市民どもに話を流した奴がいるんだ。軍部だって一枚岩じゃないだろう。なら、市民側に軍部の人間がいたっておかしくはないだろう?」
「それで、どうなったの?」
煙草を一度咥え、白煙をこぼす。エセルは煙草が嫌いだったが、今日だけは許してやろうかと男に聞こえないようにため息をつく。
「どうなるって、そりゃあ野放しにはできんだろ。うちで身柄を拘束するわけにもいかなかったから、生き残りの市民とは別のところ――チェスターに引き取ってもらった。捜査に協力的なら、数年であっちの飛空士――いやチェスターなら飛行部隊員か――として再就職できるんじゃないか? 一応軍人だったわけだから、全くの無能というわけではなかろう。」
「あの状態でうまくやりおおせたんだから、無能じゃあないんじゃない?」
男は小さく笑う。
「で、生き残りの市民たちはグロスターとノーブリーでどうにかするってことになった。まとめて引き受けるかまでは知らないが、あそこの二つは繋がりが強いからどうにかなるだろう。」
「グロスター……」
エセルは懐かしい単語を聞いて、少し懐かしくなった。母がそこの出身だったのだ。父と結婚するためにこの街に移ったとだけは聞いたことがあるが、両親とは険悪といってもいい程仲が悪いのであまり詳しく聞いたことはなかった。
「リベルタスはそこらへんの負担を他の街に任せる代わりにオズワードが担当しているはずの範囲の守備を任されることになったよ。さすがにずっと全部をカバーするのは難しいから、数年間だけというのが暗黙の了解らしい。もともとオズワードはまともに動かせる部隊があまりなかったようでな、自分たちの街の守備さえ必要最低限しかやってなかったようだ。」
「とっくのとうに疲弊しきっていたのね。」
男は頷いた。
「それで一縷の望みをかけてアーティファクトの技術を使って戦争起こそうとしたんだろうな……いっそ、こっちの街中にそれごと放り込んだほうが確実だろうに。制御できるとでも思ったんだろうか? さすがになぁそりゃないぞ……窮地に追い込まれれば視野がそんなにも狭くなっちまうもんなのかね。怖いもんだ。」
自分の考えをまとめるように男は小さく言葉を反芻しながら話す。エセルが聞いているということは頭の隅にいってしまったのだろうか。そのうえ、手に持った煙草からも灰が落ちた。
「おっと、すまない。今夜はここまでにしておくか?」
男は笑って、灰皿に煙草を押し付けた。
エセルはもう帰ろうかとも思ったが、ここまで話してくれたお礼をしたい、とにこりと笑い返した。
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