第4話

 「終わりだな、小林」


 「───っ」


 時間にして20分程の彼らの戦いも、いよいよ決着がつこうとしていた。

 その場にいる全員が満身創痍。端から見れば凄まじい戦いの後のようにも思える光景だ。


 「3対1の不利な状況で、よくここまで持ったな。だが、勝つのは俺達だ」


 「ま、まだだ。俺はまだ死ぬわけには………」


 まるでバトル漫画のような台詞の応酬。彼らの戦いの結末が、服を脱がされるか脱がされないか、などとは誰も思わないだろう。


 「さあ、まずはそのコートからだ」


 「往生しろぉぉぉ!」


 「ロォォォスゥゥゥ」


 「───!」


 一斉に攻撃を仕掛ける少年達。

 さすがにもう限界だと、小林が諦めたその時。


 「待ってください!!」


 菜津の声が、全員の動きを止めた。


 「な、菜津ちゃん!?」


 「何でここに………」


 狼狽える少年達。小林も意外な人物の登場に驚く。


 「………佐藤!?」


 「ようやく見つけました先輩。待ち合わせ場所も時間も守らないなんて、サイテーですよ」


 「いや、これには深いわけ───いや、大して深くないな。というか俺、なんで追いかけ回されてんだ?」


 改めて自分が何故こんな目にあっているのか考える小林。


 「妬み、俺が今日女子と二人で出かけることを知っている………まさか、それが理由か?」


 小林は少しずつ自分が追いかけ回されていた理由に近づいていく。

 だが、菜津はそんな小林の手を取り、話しかけた。


 「そんなこと、どうでもいいじゃないですか。それより早く行きましょう。一緒にイルミネーション見るんでしょ?」


 菜津に言われてハッとなる小林。

 確かに、彼の当初の目的は菜津と二人でイルミネーションを見に行き、その場で告白することだった。


 「あ、ああ。そうだな」


 そうして二人はそこから去ろうとする。


 だが、それをこの男達が許すはずもない。


 「いや待て、行かせるわけないだろ!?」


 少年達は、二人の前に立ち塞がり、行く手を阻まんとする。


 「危ねぇ。あまりの自然なカップルっぽさに、思わずいつものように目を反らすとこだった」


 「コロォォス」


 「そうだ。菜津ちゃんには悪いが、俺達はそいつを───」


 「裸にする気なんですね?」


 「! どうしてそれを………」


 少年達は、自分達の計画を菜津が知っていることに驚く。


 「お兄ちゃんから聞きました。全く、皆さん一体何を考えてるんですか───」


 呆れた様子の菜津。確かに、男三人がよってたかって一人の男を脱がそうとするなど、普通は思い付かないだろう。

 だが、彼女が言っているのは、そういうことでは無かった。


 「先輩の体を見ていいのは、私だけなんです」


 『───え?』


 少女の言葉に、小林も少年達もポカンとする。

 そんな彼らを無視して、菜津は話し続ける。


 「だから皆さんの前で全裸にさせるわけにはいきません。先輩には、この後連れていく予定のホテルで脱いでもらいます」


 「ちょっと待て佐藤。お前、何を言ってるんだ?」


 「? 何かおかしい所がありましたか?」


 菜津は、まるで分からないいといった様子で小林に尋ね返す。


 「おかしい所だらけだ! 俺の裸を見ていいのはお前だけってどういうことだ? ホテルってなんなんだ!?」


 「? 全部そのままの意味ですよ」


 「冗談だろ………」


 好きな女の子の肉食っぷりにショックを受ける小林。

 そして、彼女の発言から一つのことに気づく。


 「というか佐藤。お前もしかして俺のこと………」


 「はい。好きですよ」


 「マジか!?」


 まさかの両思いという事実に、小林は嬉しさ半分、驚く半分といった反応を見せる。


 「え、じゃあ、告白とかしなくてもいいのか?」


 「いえ、それはしてください。その方がやっぱり嬉しいですから」


 さっき肉食系発言をしていたのと同一人物だとは思えない乙女っぷりを見せる菜津。

 そんな彼女の様子を見た小林の胸は高鳴る。


 「そ、そうか。じゃあなんとかこの場を切り抜けて───」


 「あ、その必要はないと思いますよ?」


 「え、だって………」


 ───そんなことをあの友人達が許すはずがない。

 そう思った小林だが、周りを見ると、既に彼らの姿はそこに無かった。


 「皆さん、もう逃げちゃいましたから」


 そう。彼らは小林が菜津の気持ちに気づいた瞬間、その場から離れた。

 既に互いの想いが成就した以上、後はイチャイチャするところを見せつけられるだけ。

 そんなものを直視すれば、こちらが精神的に死ぬと悟った彼らは、悔し涙を流しながら退却していったのだ。


 「さ、これで邪魔者はいなくなりました」


 「今さらりと、あいつらのこと『邪魔者』って言ったな」


 事実そうなのだが、もう少し言い方を考えて欲しいと小林は願う。あんなのでも、一応彼にとっては友人なのだ。

 だが、今の彼にとっては、それよりも重大なことがあるので、なにも言わない。


 「それじゃ、言うぞ」


 「はい」


 真っ直ぐに互いを見つめ合う二人。

 その状態が十秒程続く。

 そして、


 「佐藤。俺と付き合ってくれ」


 「はい。よろしくお願いします」


 とうとう二人は結ばれた。

 彼らはこれから、イルミネーションを見て、その後食事をする。つまるところデートを楽しむのだ。


 そんな二人を祝福するかのように、雪が降り始める。

 ホワイトクリスマスという聖なる日を一緒に過ごせる幸せを感じながら、小林と菜津は、その日を存分に楽しんだ。


 □□□□□□


 「先輩、遅くなりました」


 「いや、俺も今来たところだ」


 年が明け、冬休みがもうすぐ終わる。

 そんな日に、クリスマスに新たに生まれたカップルは、二度目のデートをしようとしていた。


 「今日はどこに連れてってくれるんですか?」


 「前に見たいって言ってた映画があったろ。それを見に行こう」


 「やった、先輩大好き」


 手を繋ぎ、歩き出す小林と菜津。


 「えへへ、楽しみだなぁ」


 「ああ、俺もだ」


 「お、この映画、相当評判いいみたいだな。特にカップルにお薦めらしい」


 そんな二人の後ろを歩く佐藤。


 「本当か。貴重な情報サンキュー、春也」


 「なに、いいってことよ。俺とお前の仲だろう?」


 「そうだな。───ところで春也、何でお前がここにいる?」


 小林の質問に、佐藤は笑顔で答える。


 「決まってるだろ。お前達と一緒に映画を見るためだ」


 「帰れ」


 「やだね」


 「「……………」」


 無言のまま睨み合う二人。

 彼らから距離をとる菜津。

 やがて、佐藤が口を開いた。


 「悪いが優太。俺はもう自分の気持ちに嘘をつかないって決めたんだ」


 「自分の気持ち?」


 「ああ。───俺はな、お前らが付き合うことで、俺だけ除け者にされるのが嫌だったんだ」


 「はぁ? そんなことするわけないだろ」


 当たり前のように言う小林。

 そんな彼の反応に、佐藤は予想通りだと再び笑みを浮かべる。


 「菜津にも同じことを言われたよ。確かにその通りなんだと思う。なんたってお前は親友で、菜津は出来の良い妹だからな」


 「だったら───」


 「けどな、それ以上に、やっぱり嫌なんだよ───お前だけリア充になるのが!」

 

 「ふざけんな! そこは親友として祝福しろ」


 「ハハッ、親友だからこそ遠慮なくお前の恋路を邪魔できる。菜津には悪いと思うが、これだけは譲れねぇ。この前のクリスマスは約束通りなにもしないでやったんだ。これからは存分に邪魔してやる」


 「上等だ、やれるもんなら、やってみやがれ!」


 そうして喧嘩を始める佐藤と小林。

 そんな二人を菜津はにこやかに見ている。


 「全く、二人とも映画までには決着つけてよね」


 そんな菜津の呟きに気づくことなく、二人は真剣に、それなのに何故か楽しそうに喧嘩を続けるのだった。

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あるクリスマスの出来事 @kinka

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