第3話
「クックックッ、もう逃げられねえぞ、小林」
「観念するんだなァァ」
「コロスゥゥゥ」
町から若干外れたところに位置する杉の木の下。そこに彼らはいた。
小林を包囲する少年達。彼らは既に人の皮を被った妬みの化身となっている。
「───待てお前ら。さっきから殺す殺すと言ってるが、そんなことすれば殺人犯になるぞ?」
追い詰められた小林は、最後の手段として説得を試みようとする。
「もちろん物理的に殺すつもりはない。お前には、精神的かつ社会的に死んでもらう」
「精神的かつ社会的?」
───一体どうやって?
そんな彼の疑問は、すぐに解消された。
「俺達の全力を持って───お前を全裸にして町中に放り込む」
「正気か!?」
なにが悲しくて17歳の男を脱がせるのか。
そもそもこの寒さの中、裸になれば普通に命の危機に陥る。
少年達のどうしようもなさに、小林は恐れよりも哀れみを感じる。
「目を覚ませお前ら。そんなことをしても虚しいだけだ!」
小林は必死に呼び掛ける。
だが───
「確かにそうかもしれないな。けどよ───」
「どこから剥いでやろうかなァァァ」
「殺ォォォォ!」
「───俺達は、もう止まれないんだ」
───彼の悲痛な叫びは届かない。
「───っ、馬鹿野郎共が………」
最早説得は不可能。そう理解した小林は、覚悟を決めて拳を握る。
「いいぜ、来いよ。だがな、そう簡単にやられると思うなよ?」
逃げるなどとは考えない。
今、この場で、全身全霊で迎え撃つ。
そして、彼らの最後の戦いが始まった。
□□□□□□
「───ハァ、ハァ」
少女は走っていた。どこに行く訳でもない。ただ、自分の想い人を探していた。肌を刺す冷たい刺激を堪えながら、町の中を走り続ける。
そんな彼女の背後に一つの影が忍び寄る。
それは、段々と彼女に迫っていき、ついにその手を掴んだ。
「───っ、ちょっと、いきなり何を………」
「ハァ、ハァ。お前、こそ、こんな、ところで、何やってんだ、菜津」
少女───菜津を掴んだのは、彼女の実兄である佐藤だった。
この寒さの中、コートも羽織わずに外にいる兄の姿を見て、菜津は驚きのあまり声が出ない。
「ま、まさかとは、思うが、ハァ、小林を探して、るのか」
「───そうだよ」
兄からの質問に、菜津はただ一言だけ答える。
「止めとけ、もう遅い。今頃あいつは───」
「お兄ちゃんの友達に暴力を振るわれてるの?」
「───全裸にされてるはずだ」
「なんで!?」
兄の予想外の回答に、菜津は驚きを隠せない。
一体何をどうしたら、そんな手段を取ろうと思うのか。
とにかく、彼女の小林を探そうという意思はより強くなる。
「そんなこと聞いた以上、余計放っておけない。急いで先輩を助けに行かないと」
菜津は佐藤の手を振りほどき、再び走ろうとする。
しかし、そんな妹を佐藤は呼び止める。
「待て、菜津。なんでお前がそこまで───」
「決まってる。先輩とは一緒に出掛ける約束をしてるの。だから───」
「………本当にそれだけなのか?」
「………どういうこと?」
「単刀直入に聞くぞ菜津、お前───優太のこと好きだろ」
「ふにゃっ!!?」
猫のような声を出す菜津。やはり図星だったようで、顔が赤くなるのはもちろん、動きもぎこちなくなる。
しかし、すぐに開き直って、その想いを兄に堂々と告げた。
「そ、そうだよ。私は優太先輩が好きだよ! 文句ある!?」
「………ああ。さっきの電話を聞いてたなら分かるだろ? お前と優太がくっつくと、俺がきついんだ」
「そんなの知らない。お兄ちゃんも彼女を作ればいいだけじゃない」
「グハッ───」
さらりと残酷なことを言う菜津。それができるなら、彼はもちろん、彼の友人達も小林を始末しようとは思わない。
「それに───お兄ちゃんは、寂しくなるのが嫌なだけじゃない」
「え?」
「私と先輩が付き合うようになったら、相手にしてもらえなくなるのが嫌なんでしょ?」
「ち、違う………」
「ううん、違わない。お兄ちゃんは昔から一人になるのが苦手な人だった。だから今、こうやって私達を離そうとしてる」
「そ、それは………」
妹の言葉に何も言えなくなる佐藤。
その態度が菜津の言葉が真実だと告げている。
「お、俺は………」
「お兄ちゃん。私はもし先輩と恋人になっても絶対にお兄ちゃんをないがしろにしたりしないよ。それはきっと、先輩も同じだと思う」
「…………………」
佐藤は何も言わない。彼の中では今、様々な考えと感情が渦巻いているのだ。
だが、菜津はそんなこと一切構わず佐藤へと尋ねた。
「………お兄ちゃん、先輩はどこ?」
「…………………」
「お兄ちゃん!!」
「………多分、あそこだ。町の近くにある大きな杉の木があるところ」
「分かった。───私、行くね」
沈んだままの佐藤をその場に残し、菜津は今度こそ、小林の元へと走る。
そんな彼女の姿を佐藤は、ただただ見ていることしか出来なかった。
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