Twins lover

スパイシー

僕の彼女は

 僕には、一ノいちのくらゆきえという彼女がいる。

 彼女は、臆病だけど優しくて、人の世話がすきという少々おせっかいなところのある、他人思いの女の子だ。容姿も非常に優れていて、何もかも平凡な僕と隣り合って歩く姿は、多大な違和感があることだろう。

 でも、そんなことは気にならないくらい、僕は彼女のことが好きだ。周りにどう思われようと、かまわない。きっと、彼女だってそう思ってくれていると思う。


 今日は、そんな彼女とのデートの日。

 僕は待ち合わせ場所で待つ彼女の元へ急ぎ、足を速める。

 待ち合わせの時間までにはまだ十分ほどあるけど、いつも彼女は僕よりも先に待ち合わせ場所にいる。僕を待たせるのは忍びないと思っているらしい。そういう健気なところも僕は好きだ。


 もう少しで、待ち合わせ場所が見える。

 僕は更に足を早めて、半ば走っている状態で彼女の元へ向かった。

 待ち合わせ場所には、楽しそうに頬を緩めて待つ女の子がいた。彼女は、向かってきた僕に気づき、はにかみながら小さく手を振ってくる。

 彼女に近づいて、僕は待ち合わせの常套句を言った。


「待った?」


「ううん。全然待ってないよ。行こ?」


 彼女は、そう言って左手を僕の右手の近くに出してきた。

 もちろん、僕は彼女の手をとり歩き出す。彼女の手は少し冷たいけれど、いつもどおり柔らかかった。彼女は、握った手を見てとても嬉しそうな様子。

 対する僕は、荒れる心を押さえつけるようにして、口を開いた。


「今日はどこに行くんだっけ?」


「決めてない。英哉ひでやと適当に歩きたいなって思って」


 彼女はそう言って、で僕に言った。


「そっか。じゃあ何時も通り、あそこだね」


 僕は平静を装いながら返して、彼女と歩幅をあわせて歩き出した。

 心が泥沼に沈んでいくような感覚に、見ないフリをしながら。


 他愛ない話をしながら、歩いて20分。僕らは目的の場所に着いた。

 ここは、この辺りで一番大きなショッピングモール。食料品や洋服から始まり、雑貨や家電、更には映画館や喫茶店などもある、何でもできる素晴らしい施設。僕らのようなカップルには、絶好のデートスポットと言える場所。

 そんなショッピングモールを、二人で端から端まで巡っていく。


「英哉。これとこれ、どっちが似合うと思う?」


「うーん、こっちかな。ゆきえは上品なタイプだから、派手なのより清楚なタイプが僕は似合うと思う。けど、派手なのを着たゆきえもたまには見てみたいかな」


「えへへ、ありがと。英哉がそういうなら、こっちにしてみるね」


 なんて、カップルらしいことをしながら、財布の許す限り散財し、後は冷やかして回って行く。その間、彼女はやはり楽しそうにずっと笑顔ではしゃいでいたけれど、僕は微笑を顔に貼り付けていただけだった。

 楽しくないわけではない。気持ち悪さを拭うだけで精一杯だった。


 お昼を回り、適当なお店で昼食を済ませた後、もう一度行きたいところがあるという彼女の提案により、来た道を引き返すことになった。

 飽きもせず、同じ店を冷やかして歩いてきた道を二人で戻っていく。その途中でクレープを買ったけど、味がしなかった。彼女に残りをあげたらとても喜んでいた。

 そうしてたどり着いたのは、おしゃれな外見の雑貨屋だった。


「なんか欲しいものでもあったの?」


「うん。可愛いアクセサリーがあったから買おうと思って」


「じゃあ僕がお金出してあげるよ。一応これでも彼氏だからね」


「えっ、それは悪いよ」


「いいからいいから。そのくらいさせてよ」


 そんなやり取りをしながら、彼女が欲しいアクセサリーのある場所へ向かう。

 彼女は、少し申し訳なさそうな顔で一つのネックレスを手に取り、僕に差し出した。


「じゃあ、これ。お願いします」


「……」


「あれ、どうしたの英哉? 高かった?」


 声を失った。彼女はそんな僕を心配に思ったのか、そう言った。

 だけど、僕の目は彼女が持つネックレスから離れなかった。

 それほど高くもない、小さな赤い石のついたネックレス。彼女らしい、控えめなアクセサリーだ。きっと、彼女がつけたらとても似合うと思う。


 ……いや、間違いなく似合っていた。ゆきえには。


「そういうわけじゃなくて……。ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくる。これ、中身使っておいて良いから」


「え?」


 財布を彼女に押し付けてから、逃げるように店を出た。

 戸惑う彼女の様子が見えたけど、そんなことを気にしていられなかった。ショッピングモール内を走る僕を、怪訝な目で周囲の人達が見ていたけれど、それも視界に入れないようにした。

 買ったものの詰まった袋を片手に持ち直し、空いたほうの手で口を覆う。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


 酷い頭痛と、吐き気。彼女の笑顔が頭の中に浮かび上がり、ぼやけて歪む。視界が明滅し、ぐるぐると回る感覚が僕を襲ってくる。

 途中でよろけて人にぶつかったりしたけれど、倒れないように踏ん張って走った。そうして、どうにか少し離れたトイレへとたどり着き、空いている個室に駆け込んで、顔を便器に近づけた。すぐに喉元が熱くなり、何かが這い上がってくる感覚がある。


「おえぇ」


 食べたものをすべて、勢いよく吐き出した。







「私のことが好き? じゃなくて、私?」


 ゆきえがそう言って、探るような目つきで僕を見る。

 僕はまっすぐにゆきえの目を見て、大きく頷く。絶対に目を逸らしたりしない。これは僕の一世一代の告白なんだから。


「そう。僕がすきなのはゆきえだ」


「ゆきなも同じ顔なのに?」


「顔は似てるかもしれないけど、違うよ」


 はっきりと告げる。

 僕にはわかる。ゆきえとゆきなは違う。

 確かに、ゆきなとゆきえは顔だけ見ればどちらかわからないし、趣味も性格もほぼ同じだ。きっとここまで似ている双子は彼女達以外にいないだろう、と言い切れるくらいに。

 それでも、僕には二人の違いがわかる。どこが、と聞かれれば困ってしまうけれど、僕が恋に落ちたのはゆきえにだけだ。


「……そっか、嬉しいな。私もずっと英哉のこと好きだったから」


「じゃあ――」


「でも、一つだけ条件をつけさせて」


 彼女は、僕の目を貫くように見て言った。


「ゆきなとも付き合ってあげて」


「は?」


 意味が理解できなかった。

 『とも』、ということは、ゆきえは僕と付き合ってくれると言うことで良いのだろう。それは嬉しいのだけど、この話にゆきなは関係ないはずだ。

 なんで、僕はゆきえに告白したのに、ゆきなとも付き合わなきゃならない? 考えれば考えるほど、混乱が僕の頭を埋め尽くした。

 だけど、彼女の次の言葉で全部理解した。


「私達の趣味が同じなのは知っているでしょ? なら、私が英哉のことが好きなら、ゆきなもそう。だから、二人で約束したの。英哉と付き合うときは、二人でって」


 彼女達は優しい。過ぎるくらいの、お人よしなんだ。

 例えそれが姉妹だとしても、彼女達は相手のことを思いやってしまう。

 でも、僕は納得がいかなかった。


「それは僕には関係ない。僕はゆきえが好きなんだ」


「大丈夫。ゆきなには私の真似をしてもらうから、英哉にはきっとわからないと思う」


 ただでさえ似ている双子の姉妹が、片方を真似る。親族ですら、どちらがどちらか間違えてしまうほどの彼女達だ。それはきっと、ほぼ同一人物に見えることだろう。

 だからといって、それはどこか違うと僕には思えた。どうしても、納得することはできなかった。


「そういうことじゃ――」


「この条件を飲んでくれないなら、私は英哉と付き合わない。ゆきなとそう約束してあるから」


 僕の言葉を遮るように、ゆきえはそう言った。

 卑怯だ。と、そう思った。


 もう僕には、その条件を断ることはできなかった。







 トイレの洗面所で顔を洗い、口をゆすぐ。

 吐き気のするほどの気持ち悪さは、まだ無くなっていなかった。


 結局、僕にはゆきえとゆきなの違いはすぐにわかった。

 もちろん、ゆきえの真似をしたゆきなには驚いた。ほんの少しだけ違う気がしていた違和感が無くなって、外見も内面もゆきえそのものになっていたから。

 だけど、ゆきなと一緒にいるときは、心臓が高鳴ったりしなかった。友達としては好きでも、やっぱり恋人としては違う。僕の心にいるのは、最初からずっとゆきえだけだったんだ。


 でも、今は戻らなければならない。ゆきなを待たせてしまっている。


『ゆきなを蔑ろにしたら、私たちの関係はそこで終わり』


 そう、ゆきえは言っていた。なら、僕は従うしかないのだ。


 もう一度顔を洗って、鏡を見る。酷い顔だった。

 笑顔を貼り付け直して、トイレを出る。そのままの足で、雑貨屋へもう一度向かう。

 その道中も、僕はずっと吐き気を抑えていた。


「英哉! 大丈夫?」


 僕を見つけたゆきなが、すぐに駆け寄ってきてくれた。

 大丈夫と伝えて、笑顔を見せてあげる。ゆきなはそれで安心したみたいだった。


「あれ? ネックレスは?」


「えっと、勝手に財布開くのは申し訳なくて……」


 そう言って、ゆきなは僕の財布をおずおずと渡してきた。

 そういう優しいところも、臆病なところも、本当にゆきえとそっくりで、やっぱり僕は気持ち悪くなった。それを振り払うようにより一層笑顔を貼り付けてから、僕は雑貨屋に戻って会計を済ませた。

 それからゆきなの所に戻ると、呆然としているゆきなの身長に合わせて少しだけ屈む。


「つけてあげる」


 ゆきなは恥ずかしそうにしながらも、髪をどけて首を晒してくれた。

 その白い首筋に、ネックレスを優しくつけてあげる。

 すると、ゆきなはゆきえそっくりの儚げな笑顔を浮かべて、僕に言った。


「……ありがとう」


 僕は、やはり間違ったことをしているのだろうか。

 ゆきえが好きだから、別れたくないから、こうしてゆきなとも付き合っている。好きじゃない女の子とデートをする気持ち悪さに耐えながら、ゆきえへの愛情を二つに裂きながら、僕に恋心を抱いているゆきなを騙しながら……。


 きっと、これは僕のためにも、ゆきえのためにも、ゆきなのためにもならない。

 こんなの恋愛なんかじゃない。誰も得をしない、ただの恋愛ごっこだ。でも、



 それでも――



、似合ってるよ」



 ――それでも、ゆきえと一緒にいられるならそれで良いと思っている僕は間違っているのだろうか?

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