第15話パーティー
「ようこそお越しくださいました、ウスイ様。宜しければコートをお預りします、手荷物などは御座いますか?」
「あぁ、どうも。ではこれを頼むよ」
程好い作り笑いをポマードで貼り付けたような男は、まるでリンカーンのコートでも預かるかのように恭しい手つきでレンの羽織を受け取ると、つい、と視線を私へと向けてきた。
その探るような視線が、素早く私の全身を査定する。
空港の金属探知機のようだ。何か危険な物を持っていないか、男の眼がスキャンしていく。
不快で不愉快な時間は、幸い直ぐに終わった。何かに合格したらしく、男は再び笑みを浮かべた。
「宜しければ、お連れの方もコートを」
「……えぇ、お願い」
「……良い感じじゃないか、ツキ」
コートを脱いだ私に、レンがそっと耳打ちしてくる。「レジデント・デビルを思い出すよ」
「あれは赤でしょう」
デザインは、似ているけれど。
大きな窓ガラスに映った服装に、私は顔をしかめた。
夜空をバックに私を見るガラスの中の私の姿は、誰だこいつ、と言いたくなるほど珍妙だ。大きく胸元の開いた黒いドレスは、歩く度に太ももが露になるくらい、大胆なスリットが入っている。
そっと振り向けば、背中は更に開いている。というか、背骨の辺りに布がない。
「何この露出は。仕立て屋に、私の背中に翼があるとでも言ったわけ?」
「うーん、
不味かった? と小首を傾げる仮面男は、伝統的なスリーピースの礼服に身を包んでいる。
空色の蝶ネクタイまで締めて背筋を伸ばした立ち姿は、まあまあ品がある。
……仮面はつけたままだけど。
「これもまた、SDS会の会員特典というわけさ。女王の茶会でも、仮面を外せとは言われないんだよ」
「そんなに、そのお面が好きなわけ?」
「一般の調査員はどうか知らないが、特級の連中はそうでもないと思うよ」
ガラスに向かってタイの角度を直しながら、レンは首を捻る。「どちらかというと
「妙な依存症ね」
「どうも。では、行こうかお姫様?」
白い手袋に包まれた手が、差し出される。「ダンスは無いと思うけどね」
私はため息を吐いた。
流石に、お姫様はどうかと思う。
レンが用意したチケットは、BB社本社ビルで行われる懇親会の招待状だった。
懇親会。ビル最上階のホールで、着飾った人たちがシャンパン片手に料理を摘まみながら談笑する会。
詰まりは、パーティーだ。
「単なる、仲良しこよしのお食事会という訳じゃあないよ」
シャンパンを一息に飲み干して、レンが囁く。「交遊関係を広げたり、深めたり。軽い雑談に見せ掛けての情報交換や、協力の取り付け、裏取引。言ってしまえばこれはこれで、闘争の場なんだよ」
「一気に酒が不味くなったわ」
「解るよ、このシャンパンはいまいちだ」
「そういうことじゃなくて……」
「ははは、手厳しいですな」
急な声に振り返ると、恰幅の良い中年紳士が近付いてくるところだった。
化粧の濃い女性二人を左右に侍らせている姿に、私の彼への印象は一瞬で悪くなった。
更に印象を悪化させたいらしく、男はショボくれた眼を細めて、私の全身を舐めるように見てきた。
無遠慮な、粘度の高いねっとりとした視線が薄い布の上から肌を這い回っているようで、私は思わず肩を掻き抱いた。
入り口で感じたのとはまた違う、生理的嫌悪とも言える不快感。
急に、ホルスターの不在を痛感する。
銃があれば、この非礼を今すぐ償わせてやることが出来るのに。
いっそ殴るかと真剣に考え始めた頃、レンが視界に割り込んだ。
その仮面から、果たしてどのような感情を読み取ったのか。男はひきつるような音を喉から発して、媚びるような笑みを浮かべた。
「ど、どうも、私はチュンバースと言いまして……」
「トム・チュンバース」
レンが静かな声で、恐らくは私に向けての解説をする。「確か、ボストンで新聞社を経営していましたね」
「おぉ、私のようなものでもSDS会がご存じとは、少しは名が知られてきた、ということでしょうかね!」
急激に気分を回復したのか、男は弛んだ顎を激しく震わせた。
「……何故僕が、SDS会だと?」
「仮面舞踏会でもないのに仮面をつけていられるのは、かの有名なSDS会の方だけでしょうからね!」
やっぱり、不自然ではあるのか。
何となく、仮面姿を見慣れてきているという事実に気付いて、私は少しだけ愕然とした。
男の下品な上機嫌さは、続く。
「いやあしかし、SDS会の方ともなると、よほど良い酒を飲めるのでしょうなぁ! いや羨ましい!」
「そういう貴方も、舌は確かなのでは?」
レンが社交辞令的に応じる。「どうやら、お持ちのグラスはシャンパンではないようですが」
「いやあ、お恥ずかしながら、やはり故郷の味に手が伸びてしまいましてな」
とすると、あれはボストンビールか。
泡立つグラスを見ながら、私はレンの観察力に舌を巻いた。相手が何を飲んでいるかくらい、注意して然るべきだった。
更に二言、三言かわしてから、レンは私のところに戻ってきた。
「なかなか興味深いレベルに不愉快な人種だったな……どうしたんだい、ツキ?」
「……ちょっと浮かれてたって、思い知っただけよ」
グラスに半分ほど残ったシャンパンを見ながら、私は気を引き締めた。「私は、警察。タダ酒を飲みに来た訳でも、アンタを飾る花でもないわ」
「別に、見せびらかすつもりでドレスを着させた訳じゃあないんだけど」
「解ってるわ」
これはただ、自分自身の問題だ。
お飾りも、足手まといも御免だ。私は私の将来のために、立ち塞がる全てを打ち倒して生きるのだ。
「気負うのは……あまり上手いやり方とは言えないよ?」
私は目を背けた。「……バートン・バースは何処かしら。普通、主宰が真っ先に挨拶するものじゃあないの?」
「その辺も聞いてきたよ。どうも今夜は、彼から何か重大な発表があるそうでね。その準備に忙しいらしい」
「発表?」
「気になるよね。今回の事件と何か、関係のある内容かもしれないな……おっと、噂をすれば、だ」
『御来場の皆さん!』
マイク音声が響くと同時、会場の照明が落ちた。
一瞬のざわめきの後、スポットライトがステージを照らす。そこに立つ、一人の男性の姿も。
「あれが?」
「バートン・バースだ」
『ありがとう、ありがとう!』
鳴り響く拍手に笑顔で答えながら、引き締まった体躯の男性が身振りで清聴を促す。
お手並み拝見、とレンは呟いた。
恐らく私と同じものを、レンは気にしている――男の背にそびえる、赤い布をかけられた大きな長方体。
彼が何を言うにしろ、どうやら、なにかサプライズはありそうだ。
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