第14話下準備

「事態が切羽詰まってるってことは良く解ったわ、レン。それで、こんなところで油を売るような暇は無いんじゃないの?」

「油を売っているつもりはないよ」

 ベッドに寝転がって端末を弄りながら、レンは答えた。「ちょっと休憩ってやつさ」

「だから、そんなことしてる暇はあるの、って聞いてるんだけど?」


 時計を確認する。

 午後五時三十分。残り時間が有り余っているとは言いづらい。


 気を揉む私に、レンはため息を吐いた。


「……待ってるんだよ」

「何を?」

 口調が厳しくなるのを、止められない。「そもそも今日の予定、詳しいところを何も聞かされてないんだけど?」

「デートの予定は明かさない派なんだよね。やっぱり人生ってやつは、サプライズを大切にしたいからさ」

「赤の他人からのサプライズって、東洋人は知らないのかもしれないけど、アメリカでは『どうぞ撃ってください』っていう意味だからね」


 私は、ドアチャイムで開けたドアの向こうに、ゾンビメイクとカボチャ頭の大学生が立っていたら、その時点で通報しても良いと思っているタイプだ。

 彼らがうっかり何か持っていたら、もしかしたら撃ち殺すかもしれない。


 レンはベッドの上でごろりと体勢を変えると、モデルみたいにうつ伏せになり、顔だけを上げてきた。

 足をパタパタさせるな、可愛くない。


「そうだなあ、ヴァンのダイナーでスペアリブを食いながら一杯やるなんてどうかな?」

 ごろごろと、服のシワを気にする素振りも見せず、レンは左右に転がる。「その前に、BB

「……そういうのを、聞きたいのよ」

「希望に沿えて嬉しいよ。君のような美人には、いつも笑っていてほしいからね」

「今は、そういう場面じゃないでしょ」

 軽口に、私は舌打ちした。「冗談ならエールを飲んでるときにしてくれる?」

「本気なんだけどねぇ」

「だとしたら尚更、機会を改めてくれる?」


 今は、世界に迫る危機に対処するためにどうすれば良いのか、話し合うべき時間だ。


「BB社の見学って言ったけど、チケットは取ってあるの? それとも、若者の肝試しスタイルな訳じゃあないわよね?」

「妙な言い方だね? チケットを購入した経験でもあるのかな」

「あそこの会社は――言うなれば会員制の高級クラブよ。紹介の無いヤツはお断りってわけ」

 レンは寝転がったままで首を傾げた。「ほう、それは駄目なのかい?」

「止めてよね、そう言われると、自分の職場を軽蔑したくなるわ」


 市警が身分証を振りかざしても、入ることさえ断られるなんて、全くろくでもない。


「過去に、私が未だいない時代の話だけど、そこの社員が不審な失踪を遂げたことがあったの。そいつはインターネットの動画投稿サイトに、会社の内部情報をリークしようとしてたわ。その矢先に、急に消えた」

「ドラマチックだね。そして安直な話だ、不都合な真実を前に語り手が消えるなんて、疑ってくださいと言ってるようなものだが」

「ま、


 或いは、『疑ってみろ』か。

 挑発的な態度に、警察内部でも流石に怒りの声が上がったらしい。彼らは捜査令状を取ると、大掛かりな捜査の準備を始めたようだった。


「当然、ってわけだろう?」

「そういうこと」


 いざ突入、という寸前になって、当時の署長が待ったを掛けた。

 いわゆる、上からの圧力というやつだ。


「バットマンを見たから解るよ。どうせ市長だ、悪いのは」

「それは流石に偏見だけど……生憎、大正解なのよね。

 BB社社長、バートン・バースはそういうとこ露骨でね。政治献金ばらまいて、週末はパーティー、パーティー、パーティー。最近じゃあ、釣りに行った写真をインスタグラムに載せてるくらいよ」

「それは僕も見たよ、これだろう?」

 投げ渡された端末の画面には、バース氏のインスタグラムの表示されていた。「投稿されてはいないけど、色々なところに行ってるみたいだ」

「魔術師はハッキングも得意ってわけ?」

「得意なのは秘密道具の開発さ、これは『わくわく簡単ハッキングツール』というところだね。詳しくは企業秘密だが、初めてパソコンに触れる方でも簡単に侵入できるよ」

「……これが、入場料の代わりになるかしら?」

「難しいな。流石に違法な映像やスキャンダラスな写真は、こんな不用心な場所には置かれてないみたいだ。小銭稼ぎの脅迫材料にも足りないし、そもそもハッキングだから証拠にもならないね」


 せめて浮気の場面でもあればねえ、などと新聞記者みたいなことを言いながら、レンは端末を受け取った。

 私は舌打ちすると、苛々と勢い良く、空いているベッドに腰を下ろした。


「じゃあ、どうするの? 忍び込む?」

「いやいや」

 レンは私の苛立ちを面白がるように、クスクスと笑った。「もっと楽な手段があるんだよ」

「……そういえば、絶好の機会だとか言ってたわね。けど、機会だからって入れるかどうかは解らないわよ」

「それこそ楽勝だよ。?」

 レンが、漆黒色の身分証をかざす。「権威に媚売るような相手なら、僕らこそ媚売られ放題だぜ?」

「なるほど……」


 表向きには、SDS会は超有名財団だ。そしてバース氏くらいの立場なら、裏の噂を知っていてもおかしくはない。


「というわけで、ほら、こちらが入場チケットでございます」

「へえ、思ったより仕事が早いわね」


 寝転がったレンの手から、封筒がふわり、不自然な軌道で私の元に運ばれた。

 魔術なんて便利なものを得ると、人はになるのだろうか、などと邪推しつつ、封筒を開く。


 そして、私は眉を寄せた。


?」

「うふふふふ」

 不気味な笑い声を響かせつつ、レンは寝返りを打った。「そういうわけだよシンデレラ。君に魔法をかけてあげよう」


 まさか、と私は呻き声を上げた。

 さっきから、こいつがだらだらと待っているものとは、時間ではなく――。


 ノックの音は、まるでjudge・gavel。私に、時間が来たと告げる小槌の音だ。



 私の気付きに気付いていながら、レンは嬉しそうにベッドから跳ね起きた。

 やったあクリスマスだ、と叫ぶマコーレー・カルキンみたいに憎たらしい、喜色満面の声音だった。無表情の仮面が、有機的に笑っているようにさえ感じる。


「レン、私は――」

「君は、正義の実行者だろう? 警察、その中での最高峰を目指す者だ。ふふ、当然、恥か正義かと問われれば、ふふふ、正義を為すことを選ぶよね?」


 ボーイが運んできたを私にパスすると、レンは踊るような足取りでバスルームに消えていく。

 期待してるぜ、そんな言葉を残して。


 私は暫くじっと、いわゆる、まるで親の仇を見るみたいな目で、受け取ってしまったを睨み付けていた。

 やがて諦めて、私は服を脱ぎ始めた。

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