成江高校テニス部
テニスラケットを左肩にかけて先ほどまで読んでいた本を二冊腕に抱える。中学校から使っているため、だいぶくたびれたスクールバッグを右肩に。教室を後にすると、風船の空気が一気に抜けるように俺の心は軽くなった。初対面の人と話すのは苦手なのだ。いわゆるコミ障と言うやつだ。三坂だって初対面とはいえ同じクラスになのだから、普通の人なら話すことなんてなんでもないことだろう。しかし俺には無理だ。部活をやっているかどうかの話だけで、えらい緊張してしまった。
気持ちを落ち着けるために、いつものように片手でスマホを開く。もう一度メールを開いてチェックする。今日これから会う彼女からのメールは——来てないようだ。少し焦り過ぎているのだ。
歩きスマホをして階段を降ろうとしたら、1段目から上手く降りられなかった。左手に本を二冊抱えていることに気づき、こけたら頭からいって痛いだろうなと思う。諦めてスマホは胸ポケットにしまった。
下駄箱に着いたら、急いで上履きを黒い運動靴に履き替える。外に出ると、強い風が全身を洗うように吹き付けた。
春の風は、どこからか懐かしさを運んでくる気がする。この春の風とともに、俺は成長してきたのだ。学校に入学したり卒業したり、新しい友達に出会ったり別れたり。春は始まりと終わり両方をかけ持ちした、不思議な季節だなと思う。
校舎を出て、グラウンドのフェンスに沿って、白い建物へ小走りで向かう。新しくできた部室棟は、白く輝いてまぶしい。俺は一番手前のドアを一気に開ける。少し重いドアは、一年生の頃からまるで変わっていない。
「遅いぞ浅霧!」
一週間に一度しか聞くことのない、威勢の良い声だ。部室には、ユニフォーム姿の
「今日の遅刻はやべーからな。なにしてたの?」
俺は少し不機嫌になる。
「ごめん。教室で本読んでた。」
心の中の俺は、「うるせーよ。お前に言われたくねーよ」と言っているのだが、現実はやはり弱腰になってしまう。自分の細い肩にかけていたテニスラケットが、いつもより重く、憎たらしく思えた。
毎日のストレッチと筋トレが終わって、顧問の先生の掛け声で、ランニングへと向かう。この先生も一週間に一度しか部活にはこない。ランニングコースは、学校の外を三周して帰ってくるというシンプルなものだ。もう一年も同じことを繰り返しているので、よく分かっている。
でも、とふと思う。
あとを走っている駒木は、俺の半分の時間も走っていないんだろうな。
前を走っている先輩について行くと、自然とランニングに集中できる。ユニフォームの背中にローマ字でプリントされている『NARUE high school』の文字をずっと見つめていれば、他のことは全て忘れられる。
「お前、結構本気で走るんだな」
めんどーだ、さぼりてー、みたいなことを、
「毎日やっているからね」
駒木は笑った。
「いやー、俺ランニング一週間ぶりだわ。まじきついわ」
全然きつくないくせに、と思った。でも俺はそんなこと言える立場じゃない。いつもそう思って、口から出そうな言葉を飲み込む。
青いチェリー 浮橋ころも @ukihashi-48
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