5.5.ちちち

 

 インコを、飼っていた。赤いほっぺのかわいいインコ。私はかごの中で窮屈そうにしている彼をとても哀れに思って、かんかんに晴れた夏の日に、彼を外に放してやった。

青い空に、彼の薄黄色の羽がはっと広がって、なんとも綺麗だった。ちちちと彼が嬉しそうに鳴いて、私もそんな彼の声を聞いて嬉しくなって。悠々と空を飛ぶ彼に向かって、楽しいでしょと手をのばした。彼がまたちちちと鳴いて、伸ばした私の手にとまろうと減速したその時、黒と白の何かが横から飛んできて、彼をとらえた。

 ぎゃあっと叫ぶ彼と、彼の羽をむしるちびっちゃい野良猫。薄黄色だったはずの彼の羽は真っ赤な色に変わって、地面を赤く小さく彩った。助けなきゃ!私は必死になって子猫をばしりと叩く。子猫は痛みに驚いて凄まじい速さで逃げ、背中をとんがらせて私を威嚇した。急いでむしられていた彼に目を向けると、それはもう彼ではなかった。ぐちゃぐちゃだった。

ぴちゃぴちゃとしたやわらかい肉、彼の体を支えていた赤黒い骨、ビーズみたいに小さくぷちゃっとした多分めだまだったもの。私の好きだった彼の赤いほっぺはたくさんの赤に紛れて、もうどこにも見当たらなかった。

 そのあまりにリアルで暗い光景に私は吐きそうになってしまう。口の中にねちゃねちゃとした液体が溢れて、とても気分が悪い。頭がくらっとする。彼から目を背けて顔をあげると、彼を食った子猫と目が合った。

 口の周りを血に染めて、黄色いめだまで私を見る。子猫の白黒の柄に、血の赤色がよく映えた。

 子猫は私を見つめながら、ぺろりと煽るように口の周りについた血をなめる。私はそれを見てとうとう吐いてしまう。のどが酸で焼ける感覚と、彼から霧のように立ち昇る血の匂い。

 怖い!と思った。「死」がこんなものだとは知らなかった。「生きること」がこんなにも凶暴で勝手なことだったなんて、知らなかった。子猫が私のインコを食ったように、私も誰かにとっての大切を食べている。あなたの気持ちなんて知ったこっちゃないですよと、目を背けもせずに平気で食べている。その事実がとても恐ろしくて、自分はとんでもない化け物だったんだということを知ってしまって、目から鼻からだらしなく体液を垂れ流しながら、ただわあわあと吐き続けた。

 それからだ。私が何かを食べるとき、泣いてしまうようになったのは。


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