第6話 作戦開始

 キャリバンが起き上がった。

 動画で見たのとは違い、全体のプロポーションは人と同じだが、そのせいでむしろ、異様な感じが増している。

 何よりも、動きがおかしい。身を屈めて、拳を地面に着けている。かと言って、ゴリラのような類人猿とも違う。

 まるで、「人間としての身のこなし」を誰からも教えてもらえなかったみたいだ。

 融けた金属を思わせる銀色のパーツの間から覗く、黒い部分も、ズームしてみるとおぞましさが際立つ。ぬらぬらと黒光りする管というか触手のようなものが、絡み合ってうごめいている。

 そして、顔だ。やはり、目も鼻も見当たらない、左右非対称な金属の塊。口だけがやたらはっきりとわかる。


 周囲を見回し、僕に……キャバリエに目を止める。目など見当たらないのに、見られている感じがして、肌が粟立つ。

「ファーディナンド、来るぞ!」

 耳元に小林先生コマンダーの声。油断なく両手にハンドガンを構えては見たけど。


 キャリバンの姿がブレたその瞬間、僕に跳びかかって来た。


「うわぁ!」

 背を向けて、一目散に谷間へ駆けこむ。

「こら! 逃げてどうする!」

「無理! 無理無理無理!」

 必死で脚を動かす。体育の徒競走では万年ビリだったけど、恐怖心は加速装置だ。わき目も降らずに走る。

 それでも、背後から凶悪な視線が追ってくる。振り返ると、あの顔のない顔がすぐ後ろに迫ってた。

「来るな! 来るなぁっ!」


 ほとんど反射的に、その顔に銃口を突きつけて引き金を引いていた。

 ガン! ガン! ガン!


 偶然だった。至近距離から撃ったので、奴の頭部に全弾が命中し、口から上が吹き飛び、もんどりうって転倒した。


 え? やった?


 そう思ったのもつかの間、キャリバンは跳ね起きて、僕に跳びかかって来た。

「頭なんて飾りだと言っただろうが! 胸を狙え!」

 先生コマンダーの声が響くけど、それどころじゃない。

 キャリバンの腕が振り下ろされる。戦車を両断する見えない刃が光った……


* * *


「じゃあ、ちょっとやって見せようか」

 そう言った平野平さんは、キャビンの端まで移動すると、こちらを振り返った。

 そして、消えた。


 違う、目にも止まらない勢いで斜めに身体を投げ出した……ようだった。

 渡された拳銃で狙う余裕などなかった。右に左に、上に下に、目まぐるしく舞い踊る。


「さて、どうかな?」

 気が付くと、銃を構えていた腕を掴まれ、眉間に指を突きつけられていた。

「お前さんには移動できないというハンデはあったが、飛び道具という強みがあったはずだ。しかし、懐に飛び込まれたらその利点は消えてしまう」

 突きつけられた指先が、「お前はもう死んでいる」と告げていた。

「本当は、この間合いに入ってからが『ガン=カタ』の本領なんだがな。相手の火線をそらしつつ、相手に自分の弾丸を打ち込むという」


 平野平さんが手を放すと、僕の腕は力なくだらんと垂れた。

「無理ですよ、あんな動き」

 ポツリとつぶやく。

「今はな。その辺はおいおい鍛えるとして、だ」

 キャビンの端に立つ先生を、親指でさした。

「ちゃんと旦那が作戦を立ててくれてるから、それを聞こうぜ」

 先生はうなずいた。

 女医さんと話しこんでいた瀬霧さんも、ようやくこちらを見てくれた。


「まず、作戦遂行中、俺のことは司令コマンダーと呼べ。海野はファーディナンド、瀬霧はミランダだ」

「え……何ですか、それ」

 面食らってると、瀬霧さんが答えてくれた。

「テンペストの登場人物。ミランダはプロスペローの娘。ファーディナンドはミラノの王子で……」

 なぜか口をつぐんでしまったので、先生が続けた。

「乗っていた船をプロスペローに沈められ、島に流れ着く。そこで二人は出会い、ミランダに一目ぼれするわけだ」

 え、そう言うストーリー?

 一目ぼれって、僕が? ……否定できないけど。


「まあ、劇で演じる役みたいなものだ」

 そう先生は言った。

「なんでこんなことを?」

「無線なんて傍受され放題なんだよ。今の俺たちは、世界中の軍関係者から注目の的だからな。そんな奴らに、本名を知られたいか?」

 さすがに、それは嫌だ。


「あの……だったら先生こそプロスペローでは?」

 瀬霧さんの質問に、苦笑いで先生は答えた。

「プロスペローは、この組織そのものだ。俺はその一員に過ぎん。いくらでも代わりはいる」

 俺と瀬霧さんの肩に手を置き、続けた。

「舞台で演じるのは君たちだ。代役などいない。代われる者はどこにもいないんだ」

 そう言ってから、僕の方を見て。

「もう、吐くなよ?」

「……はい」

 胃の中は空っぽだった。


 さっきもらったコーヒー、どうしたっけ? ……ああ、シートの肘掛けのドリンク受けにあった。

「ほれ。もう冷めちまったがな」

 気配りの平野平さんが、僕の視線を読んで手渡してくれた。

 猫舌だから、ぬるい方があり難い。


「さて、今回の作戦だ。まずはこれを見てもらおう」

 壁の大画面モニターに、果てしなく続く大平原が映った。赤茶けた緑の少ない、異国の風景。

 その大平原の中に、直径数百メートルほどの窪地があった。


「あのクレーターのような窪地が、『テンペスト』のあとだ」

「その……何度も聞く『テンペスト』って、何ですか?」

 僕の質問に、小林先生は頭を掻いた。

「激しい嵐だ。いや、嵐に似た未知の現象だな」

「未知ってことは、何もわからない?」

「わかっていることはある」

 ため息をついて、先生は続けた。


「奴ら……キャリバンは、小さな銀色のカプセル……ボッツォロの形で落下してくる。直径三メートルほどの球体だ。ああ、ボッツォロてのはイタリア語で繭、英語のコクーンだ」

 画面が切り替わって、衛星写真に切り替わった。巨大な渦巻きが映っている。さらに切り替わって、地上からの遠景。

「地上に墜落する寸前に、ボッツォロは急停止する。おそらく、重力制御か何かだろう。『テンペスト』の第一段階は、これが引き起こす竜巻だ」


 また映像が切り替わった。

「光が……」

 瀬霧さんがつぶやいた。

 竜巻の渦の中に、雷とも違う青白い光点が無数に舞っていた。

「これが第二段階だ。あの光点はプラズマで、スペクトル解析した結果、一億度以上あるということはわかってる」

「何だか、実感がわきません……」

 思わずつぶやいてしまった。

 しかし、先生の返事はマトモだった。

「まぁ当然だな。言ってみれば、核融合炉の中と同じ温度だから」

「核融合、ですか……」

 ますます、ピンと来ない。

「あれって、大きな磁石は必要なのでは?」

 瀬霧さんの質問の方が適切だな。

「磁力で閉じ込めるにはな。だが、どうやら奴らは重力で閉じ込めているらしい。それも、エネルギー源というより、核変換で材料を錬成するためだ」

「核……変換?」

 耳慣れない単語がどんどん出てくる。

「軽い元素の原子核を融合させて、重い元素を作ることだ。ああやって巻き上げた土砂や石などから、金属やカーボンナノチューブなどを一気に生成している」

「その場で、身体を作ってる?」

 先生はうなずいた。

 ようやく、僕も正解にたどり着けたみたいだ。

「ただ、『テンペスト』が収まっても、二時間ほどは動きださない。多分、内部的な調整が必要なのだろう」

 最初の映像に戻った。窪地の中心にズームしていくと、銀色の物体が小さく見えた。

「先ほど届いた、現地の監視部隊からの映像だ。安全のために距離を取っているので、これ以上の拡大は無理だな」


 これが、敵。僕がもうすぐ戦わせられる相手だ。


 さっき飲み干したコーヒーが、胃の中で何か変な化学反応を起こしている気がする。


 先生による作戦の説明が続いたが、ろくに頭に入らなかった。

 それでも巨人機ガルーダは飛び続け、時報のような音に続いて英語のアナウンスがあった。


「着いたようだな。作戦開始だ」


 先生の言葉が、死刑宣告みたいに聞こえた。

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