第4話 キャリバン
動画の中の怪物は、短い首と六本の足を持つ異形の姿をしていた。全身の背中側は銀色だが、良く見ると腹の側には黒い管のようなものも見える。
ただ、全てが融けたように不定形で、そのせいで異様に見えた。きちんと設計した人工物でもなく、生物でもなく、偶然出来上がった物のような。
やがて、カメラがズームアウトして、周囲の状況が映り込む。
場所はアメリカの中央部だという。西部劇に出てくるような、枯れ草が丸まったようなのが、風に吹かれて荒野を転がって行く。
音声は入っていないのか、風の音はしない。
遠くには、白いタンクが数本の鉄塔に支えられて立っていた。給水塔のように見える。町があるのかもしれない。
映像はさらにズームアウトされ、クレーターを取り巻く軍隊が映り込んだ。戦車やミサイルなども多数あった。
「あの……なんで動きださないうちに倒さないんですか?」
「見た目が醜悪だとはいえ、この段階では敵かどうかわからんかったからな。最初は様子を見るよう、軍は厳命されていたんだが……」
突然、一発のミサイルが背後から発射され、うずくまる怪物へ飛んで行った。命中すると思った。だけどその瞬間、かなり手前で爆発してしまった。
そして、画面が大きく乱れた。撮影者が慌ててカメラの向きを変えたのだろう。砲身をこちらに向けた戦車やミサイル車両がずらりと並んでいた。
その中の一両、ミサイルを発射した車両の様子がおかしい。斜めに背負ったミサイルのケースらしい四角く細長い箱。その四角い蓋の一つが外れて薄い煙を吐いていたのだけど。
その煙が逆流し、吸い込まれれはじめたのだ。
「潰れていく……」
瀬霧さんがつぶやいた。
窓ガラスが内側に向けて砕けた。ミサイルのケースが、中央部でへし折れて車体にめり込んで行く。
その中のミサイルが爆発した。しかし、その爆炎自体が車体の中に吸い込まれていく。
異変が納まった時に残っていたのは、
そして、漏れたガソリンに引火したのか、鉄球は燃え上がった。
それが合図だったかのように、周囲の軍隊が一斉に攻撃を開始した。再度、カメラが巡る。
怪物の上に降り注ぐ無数の砲弾やミサイル。しかし、どれも途中で爆発してしまう。同時に、軍隊のあちこちで車両や兵器が「爆縮」していく。
軍隊はもう、阿鼻叫喚だった。目に見えない攻撃を避けようと、戦車はデタラメに走り回り、あちこちで衝突を起こしている。しかし「爆縮」は、止まっていても全速走行中でも構わず襲い掛かった。
そして、遂に奴が、キャリバンが目覚めた。
うつ伏せから身体を起こし、後ろの四本脚で身体を支え、そこから前の半身を起こす。トカゲのケンタウロスのような姿だ。
しかし、融けた金属にしか見えないその頭部には、目も鼻も見分けられない。その下側の裂け目が、かろうじて口に見えたが、これも左右非対称に歪んでいる。
次の瞬間、その姿がブレた。目にも止まらないスピードでダッシュし、窪地から飛び出して一両の戦車に跳びかかり――
両断した!
刃物など見えなかった。キャリバンが腕を振るった瞬間、何かキラリと光ったかと思うと、真っ二つだった。
「今のは……?」
「画面から目を放すな!」
怒られてしまった。画面を凝視する。
戦いは一方的だった。相変わらず、砲弾やミサイルはキャリバンの手前で爆発してしまう。見えないバリアがあるとしか思えない。
そのくせ、バリアはキャリバンが戦車などに近づく邪魔にはならないようで、腕が振るわれるたびに真っ二つの鉄くずが量産されていく。
戦車との対比で見ると、全長二十メートルはある。電車の一両分のサイズで、中身が詰まってて相当重いはずなのに、動きは速い。
しかし……例の「爆縮」は、キャリバンが動きだしてからは起こっていないようだ。
口にするとまた叱られるから、記憶にとどめておく。
「あ!」
一方的に蹂躙されるだけだった軍隊だが、奇跡が起こった。
キャリバンが一両の戦車を真っ二つにした瞬間。
わずかだが、動きを止めたその時。
すぐ真後ろに横倒しになっていた戦車の砲身が動き、火を噴いた。
砲弾は奴の右後ろ脚、関節があるあたりに直撃し、貫通した。人間なら、膝から下が吹き飛んだことになる。
しかし、キャリバンは振り向きざま、発砲した戦車をぶつ切りにした。そして、次の獲物を求めて走り出す。
四本のうちの一本では、大して機動力は落ちない。それでも、至近距離からの攻撃ならば効く。絶対に倒せないわけではない。
それがわかったのだろう、明らかに軍の戦法が変わった。無秩序に逃げまどい、攻撃するのではなく、一方に誘導するような動きが見えた。
闘いの場面は、あの白い給水塔のある小さな町に移っていた。キャリバンは、戦車を、装甲車を、あの目に見えない刃で町の建物ごと切り刻んで行く。
それでも、視界を遮る役には立ったらしい。
民家と納屋の間を突っ切ろうとしたキャリバンに、納屋の中に隠れていた戦車からの砲撃が命中した。
右側のもう一本の脚を吹き飛ばされ、キャリバンは横倒しになった。砲撃した戦車は瞬時に両断されたが、運良く誘爆しなかったのか、搭乗兵が脱出に成功した。
しかし。
「うっ……」
キャリバンの腕が伸び、兵士を鷲掴みにすると、頭から丸かじりしたのだ。
動画はそこで唐突に終わった。
「この後、動きの止まった奴は、肉薄した戦車の集中放火で仕留められた」
「なら……今回も軍を出せば倒せるのでは?」
戦いたくない一心での質問だった。
「奴らもバカじゃない。いや、賢い。俺たち人類以上に。同じ手を何度も使えるとは思えん」
先生はそう答えると、別な画像を画面に出した。
「それに、前回襲来したキャリバンは三体いた」
画面に映るのは、もう一体のキャリバンの静止画像だった。
両腕と四本脚、全体のフォルムは同じだが……。
「これ……小さい?」
瀬霧さんがつぶやいた。
「別な場所、とある地方都市に発生した『テンペスト』で出現したキャリバンだ。全長は約八メートル。都市部なので戦車は投入できず、軽装甲車や歩兵部隊が苦戦の末、何とか撃退した」
話し終えると、先生は僕を見た。
「奴は強いが、絶対に倒せないわけじゃない。しかし、ガチでぶつかればもの凄い被害が出る」
先生はリモコンを操作し、別な画像を出した。二つの円グラフだ。
「右は、キャリバン討伐に出撃した兵力の損耗率。左は米軍全体でのものだ」
討伐隊の損耗率は七割を越えていた。米軍全体でも二割。
「今回は中国だが、人民解放軍に任せていたらどうなることやら」
そこで、瀬霧さんがためらいがちに手を上げた。
「なんだ?」
「あの……さっき、キャリバンは三体いたと。残りの一体は?」
「良い質問だ」
画像が変わった。キノコ雲だ。
「三体目は、全長四十メートルのサイズだった。通常戦力での対応は不可能と判断され、休眠状態のうちに戦術核兵器が使用された」
再び、先生は僕に向かっていった。
「わかるか? 奴をガチで倒すには、軍人がどれだけいても足りない。核をそう何度も使うわけにはいかない」
肩に手を置かれた。
「だから」
口の中に、嫌な味が。
「お前が倒すんだ」
僕は、吐いた。
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