第3話 騎士
岩山の向こうに、そいつはうずくまっていた。
銀色の金属を融かして、適当に地面に流したものが、たまたま人間の形に固まったような物体。
それは微動だにしない。
「あの……相手が動かないうちに攻撃したら?」
「間違いなく、返り討ちだな」
「そんな……」
相手は動けないのに?
「さっき見せた動画を思い起こせ。何故、あの特攻は効いたのか」
「……あ、はい」
そうだ。あれはあまりにも悲痛で、それでも希望を感じさせる映像だった……。
* * *
格納庫の右側、壁の手前に建てられた天井までつながってる鉄骨の櫓が二つ。その間にそびえたつのが、巨大ロボだ。
……でかい。
お台場に巨大ロボアニメの主人公機が実物大で立っていて、見に行ったことがある。あれにも圧倒されたけど、これはさらに一回り大きい。
「白一色なんですね」
「塗料にまで予算が出なかったんだよ」
先生は悔しそうだった。
簡素なのは色だけではない。胴体も腕も脚も、実用一点張りのデザインだ。関節の部分なんて、いかにも「ここにモーターが入ってます」という感じに丸く盛り上がってるし。
そして、何よりも顔……頭部だ。つるりとした半球の下に、カメラらしい穴が目の位置に空いた円筒。
「もう少し、デザインなんとかならなかったんですか?」
「頭なんて飾りなんですよ。偉い人にはわからんのです」
なぜ、先生が敬語? いや、きっと何かの台詞なんだろう。
戦闘用のロボットに鼻や口は必要ない。そう言われればそれまでだが……。何か、裏切られた気分だ。
そんなことを考える余裕が、その時はまだあった。
「最終点検、完了しました!」
ロボット……キャバリエを挟んで立つ鉄骨の櫓の上から、そう声が上がった。先生がバイザーの耳のあたりを押さえながら喋る。
『発進手順開始』
すると、女性の声で英語のメッセージが流れた。
『Ready to start, Ready to start』
無線でスピーカーにつながってるのだろう。格納庫中に声が響く。同時に、櫓から何人もの整備員らしい人たちが走り出て来た。
『キャバリエ・ディエチ、倒せ』
『Roll down Cavaliere Dieci, Roll down』
櫓に挟まれた巨大ロボが、腰のあたりで前倒しに回転し始めた。ゆっくりと。
やがて水平になると、先生は次の指示を出した。
『搬入ゲート開け』
『Entry gate open, Entry gate open』
格納庫の天井がスライドし、左右に開いていく。
続けて、次の指示。
『キャバリエ・ディエチ、上げろ』
『Cavaliere Dieci lift up, lift up』
水平になったロボが、櫓に沿って上昇を始めた。
「よし、俺らも上がるぞ」
先生が歩きだすと、台車が急に動いたのでよろけた。
「あ、あの、僕、乗ってませんけど。ロボ、出しちゃっていいんですか?」
先生は振り返った。「オマエ、追試な」とでも言うような顔だった。
「ゴビ砂漠まで歩く気か?」
「え、でもロボなら……」
「飛べんよ」
やっぱりか。
天井に開いたゲートへと上がって行く巨体を見上げる。何トンあるんだろうな。H2ロケットでも括り付ければ飛べるかな?
なんてことを考えつつも、僕の脚が固定された台車は、先生の後を着いて移動し、壁際のエレベーターに乗り込んだ。扉の代わりに、斜めの鉄棒が蛇腹になってるのが閉まる奴だ。
ロボを持ち上げるリフトよりも、エレベーターの方が速いらしく、僕らが降りた時には、まだロボは背中の一部、バックパックみたいな部分が床面より上に出ているだけだ。
そして、床の上、ロボの出てくるゲートの向こう側には、巨大な翼があった。
そちらに向けてゾロゾロ歩きながら……僕は台車に仁王立ちのままだけど。
「こんなデカイ飛行機、あったのか」
米軍のステルス爆撃機で、翼だけのがあった。それをさらに大きくしたような。
「キャバリエ輸送のためだけに開発された、超音速輸送機だ」
「へぇ……」
「反応が薄いな。このロボ、何トンあると思う?」
「えーと、五十トンくらい?」
「ちゃんと計算しろ。テストに出すぞ」
いきなり教師に戻った!
先生の解説タイムが始まる。
「全高二十メートルってことは、身長二メートルの大男の十倍だ。キャバリエ・ディエチのdieciてのは、イタリア語で十な」
なんでイタリア語? と思ったら、それまで空気だった瀬霧さんが口を挟んだ。
「イタリア語なのは、『テンペスト』の登場人物が全てイタリア人だからですか?」
先生は短く「そうだ」と頷いたが、俺への視線よりずっと柔らかい。出来る生徒は違うな。
先生は続けた。
「身長だけ十倍したら、ヒョロヒョロの針金人間だ。なので、肩幅や胸の厚さも十倍にすると、体積は十の三乗、千倍となる」
てことは、その大男の体重が百キロなら百トン。これだけ重そうな装甲付けて、背中にデカイ箱背負ってるから、それ以上か。
なるほど。こんな巨人輸送機が必要なわけだ。それが音速を越えるんだからな……。
その巨人機は、こちらに背を向けて駐機し、尾部の搬入タラップを下げていた。
僕たちはそのタラップを上がって機内へ。
貨物室も大きい。これだけで、大きな映画館くらいの容積はある。
機首方向へと進みながら、先生は指示を出した。
『
『Commander on board Garuda. Cavaliere Dieci loading, loading』
貨物室の先端には、丈夫そうなハッチがあった。そこをくぐると、別世界だった。
「素敵……」
瀬霧さんが空気から戻ってつぶやいた。
そう、一流ホテルのラウンジ並みに豪勢なキャビンだった。
……一流ホテルなんて入ったことないけど。
「適当に座ってくれ。離陸までにもう少し説明しよう」
「あの……僕はこのままですか?」
相変わらず、台車の上に仁王立ちのまま。
「我慢しろ。アロバットがもったいない」
「なんですかそれ?」
「
「……電池?」
話が見えない。
「お前が着ているサーボスーツは、かなりの自重がある。関節部の電動アシストが無いと、立ち上がるのも困難だ。その電源が、背中の電池」
なるほどな。って。
「交換すれば良いのでは?」
「高いんだよ。お前の背中ので数十万円」
……確かに高い。父さんの月収を越えそう。
「外部電源にするか? ケーブルを尻尾みたいに引きずることになるが」
それも嫌だな。しかし。
「あの……トイレとかは?」
「なんだ。ウンコか?」
思わず、瀬霧さんを見てしまう。嫌な話ばかりでゴメン。
すると、彼女が代わりに反撃してくれた。
「デリカシー無さすぎです。女生徒に嫌われますよ」
「気にするな」
「してください」
やれやれ、という感じに肩をすくめて、先生は答えた。
「ウン……いや、大の方ならしばらくは大丈夫だ。海野、お前が意識を失ってる間に、浣腸しておいた」
精神に大ダメージを受けた。
「まさか、それ……」
ちらっと瀬霧さんを見たら、全力で首を横に振っていた。ネジ切れてしまいそうだ。
「ちゃんと、レディには退出していただいたよ。もの凄い臭いだったからな」
「……先生。ちょっと手が届くところまで近づいてくれませんか?」
本気で人を殴りたくなったのは、生まれて初めてだ。
「まぁ、気にするな。誰でもそんなものだ」
そこは、気にすべきところでしょう?
言っても馬耳東風だから、睨むことにする。目は口程に物を言うはずだし。
「で、小便ならそれこそ気にするな。カテーテルを入れてあるからな」
……え?
「知らないのか? カテーテル。細い管をお前の尿道に刺して、常に小便を吸いだしてるんだ。下腹部にそのタンクがある」
この不自然なポッコリ腹はそのためか!
つか、常時小便垂れ流しなんて……。
今日まで話かけたことはなかったが、瀬霧さんのことは「ちょっといいな」と思っていた。その女の子の前で、あまりに赤裸々な現実をばらされてしまって、僕の中では殺意MAXに盛り上がってしまった。
「まぁ、些末な問題はこれぐらいにして、本題に戻るぞ」
僕の殺意が、あっさり黙殺されてしまった。
「敵。我々がキャリバンと呼んでる存在が、初めて地球を訪れた時の映像だ」
キャビンの壁に張り付いている大型テレビが明るくなった。
砂漠と言った方が通るくらいの荒地に、うずくまる銀色の物体。
それが、キャリバンなのだろう。
まさに、怪物だった。
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