第2話 プロスペロー
赤茶けた岩肌の向こうに、敵がいる。
耳元に
「よし、まずは今のうちに武器の試射をしておけ」
「え? 敵の目の前ですよ?」
「動けるようなら、とっくに襲い掛かってきている。
「……はい」
教えられた通り、手を腰の後ろに回す。ロボ……キャバリエの背負うバックパックの下はラックになっていて、左右に三丁ずつのハンドガンが装備されている。……要するに拳銃だが、サイズは通常の十倍だ。
その一丁を手に取る。
キャバリエの手足が何かに触れると、その部分のサーボスーツが振動して疑似的な触覚を与えてくれる仕組みで、機械の身体越しでも手探りができるのは助かる。
手にした拳銃は、本当に普通の拳銃だった。サイズが大きいのもピンと来ない。
「よし、じゃあ右側の岩壁から突き出してる大岩を狙ってみろ」
緊張する。銃を撃つなんて、生まれて初めてだ。というか、一生、銃なんて触ることのないと思ってたのに。
引き金を引く。視界の中で、機械仕掛けの指が引き金を引いた。
ガン! ガン! ガン!
マイクロフォン越しに発射音が耳を弄した。
一瞬遅れて、家ほどの大きさがある大岩が砕け、スローモーションのように崩れ落ちた。
しばらく呆気にとられたあと、ようやく声が出た。
「これ……拳銃じゃないです」
「当たり前だろ。普通の拳銃の口径は九ミリ。その十倍は九十ミリだが、これは戦車砲と同じだ。つまり、お前は今、文字通りのワンマン戦車なんだよ」
しかも、二丁拳銃で戦え、なんですよね。
戦車二台分の火力を一人で扱えって……こんな素人に。
* * *
銀色のドアの向こうに、見慣れた校内の日常は無かった。
天井がやけに高い部屋だった。壁面を大画面のディスプレイが埋め尽くしていて、その下にずらりと机が並んでいる。紺色の制服を着た人たちが、個別のディスプレイに向かって何やら作業をしている。
指令室……そんな雰囲気の部屋だった。
「状況報告を」
小林先生は、そう言うと部屋の中央近くの大きなデスクの前に立った。立派な椅子があるけど、座るつもりはないようだ。
その目は、正面の壁にかかる大画面を睨んでいる。望遠画像なのだろうか。水面下の映像のように、深く透明な藍色の中で小さな光点が揺らいでいる。
右の壁側の女性の一人が声を上げた。
「『テンペスト』発生まで、4800秒……マーク!」
さらに別な一人が。
「降下予測座標、出ました。北緯43度、東経120度。ゴビ砂漠東部です」
それを聞くと、ぼさぼさの髪をかき上げ、小林先生は指示を出した。
「遠いな。指揮は機上から行う。報告はインカムへ」
そう言うと、先生はメガネを外して胸ポケットにしまい、デスクの上のバイザーをかけた。
「行こう。説明は移動しながらだ」
部屋の正面にある両開きのドアを抜けると、幅の広い廊下が左右に伸びていた。大勢の作業員が、何に使うのかわからない機材を台車に載せて、走るように行き交っている。
「まず最初に、移植を済ませておこう。こっちだ」
何か今、不吉な事を聞いたような……。
連れ込まれた部屋は、見るからに医務室の雰囲気だ。でも、そこに待ち構えていたのは、医者でも美人の看護師でもなく、やたらガタイのいい男たちだった。
「うわっ! やめて! 放して!」
悲鳴を上げてるのは僕だ。
左右から両腕を掴まれて身動きできないまま、一人がベルトを外してズボンをパンツごと引き下ろした。もう一人がワイシャツのボタンを外し、下着もはぎとられた。
彼女の……瀬霧さんの目の前で、全裸にされた。両腕は掴まれたままだから、何も隠せない。
そのまま、手術台にうつ伏せに押さえ込まれる。
「なんで……なんでこんな事を!」
恥ずかしさと悔しさで、涙が溢れてくる。
だが、小林先生は肩をすくめるだけだった。バイザーのせいで、表情は分らない。
「酷いことをしている自覚はある。だから、先に謝罪するよ」
小林先生は深々と頭を下げて言った。
「本当に申し訳ない。この先、君にはもっと酷いことが待ってる」
身体を起こした先生の背後から、金髪の女性が現れた。先生と違って、純白の白衣を着たその人は、腕くらいの太さがある注射器を手にしていた。
中身は、牛乳のような白濁液。
……いや、牛乳なら燐光を放ったりしないし、それが渦を巻いたりしない。
本能的な恐怖が押し寄せてくる。
「何ですか……それは……」
喉がかさつく。
白衣の女性が答えた。
「エレメンタルよ。あなたが戦えるよう、身体を作り変えてくれるの」
金髪碧眼の白人だが、流暢な日本語だった。整った顔立ちだけど、だからこそ悪魔的というような雰囲気をかもし出している。
しかも、身体を作り変えるって……そんな!
「嫌だ! いや……むぐ!」
口の中に丸めた布を押し込まれ、声が出せない。
そして。
背中の、肩甲骨の間に、激痛!
声を上げることも、身をよじることも許されず、突き立てられた針から、得体の知れない何かが流れ込み、全身を巡る感覚がした。
……そして、意識がぼやけた。
気が付くと、僕は立っていた。いや、立たされていた。
全裸ではない。身体を包み込む、ぴっちりとしたタイツみたいなものを着せられている。
ありがたいことに、あの痛みも不快な感覚も消えていた。
目を開くと、そのタイツがさらに金属か樹脂のような骨組みに覆われているのが見えた。
そして、その立った姿勢のまま、廊下を移動している。どうやら、台車の上にスーツが固定されているらしい。動かせるのは首から上だけだ。
「先生……これは……」
傍らを歩く小林先生に訊ねる。
どうせまともな説明なんてない。そう思って聞いたのたけど。
「サーボスーツだ。君の手足の動きをキャバリエ……まあ、巨大ロボだな。それに動きを伝え、逆にロボの動きやある程度の皮膚感覚を、君に伝える」
意外にも、まともに説明してくれた。
足早に移動しながらだけど。瀬霧さんの姿を探すが、首だけでは視界が限られる。
「おっと、すまんな。上半身は動かせるようにしよう」
先生は僕の背後に向かって目で合図した。すると、腰から上が動くようになった。
振り返ると、瀬霧さんは僕の斜め後ろを歩いていた。けれども、真っ赤になって顔を背けられてしまった。
あんなみっともない姿を見られたあとだと、流石にキツイ。
僕の真後ろで台車を押してたのは、さっきのガチムチさんの一人だった。目が合ったので、「どうも」とつぶやいた。
しばらくして廊下は終わり、天井の高い格納庫に着いた。
「あれがキャバリエ・ディエチ。君が乗る巨大ロボだ」
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