セティボスの陽の下に

原幌平晴

第1話 遭遇

We are such stuff as dreams are made on, and our little life is rounded with a sleep.

「我々は夢と同じ物で作られており、我々の儚い命は眠りと共に終わる」— 「Tempest」第4幕第1場

――――――――――――――――


 サーボスーツ越しに伝わる感触は違和感だらけだ。ゴーグルから網膜へ投影される周囲の光景も、下手な特撮映画のミニチュアのように現実感にかけている。

 場所は谷間に広がる村。赤茶けた山肌は、ここが日本でないことを示している。

 スーツの耳元のイヤフォンから、小林先生コマンダーの声が響く。

「ファーディナンド、キャリバンⅡは五キロ前方。『テンペスト』からは二時間経過。そろそろ動き出すぞ。接近して、迎撃態勢を取れ」

「……はい、わかりました」

 わかっていない。全然、わかっていない。

 それなのに、戦えって?

 足元を見下ろす。西洋の騎士のように、武骨な金属板に覆われた身体。いや、中身も金属製で、身長二十メートルのロボット。

 小林先生コマンダーはキャバリエ・ディエチと呼んでいた。

 スーツを着た手を握る。ディエチの手が握られる。畳くらいある、巨大な機械仕掛けの手が。


 ……畳、という表現が日本人だな。


 スーツの脚を踏み出し、歩き始める。どこかふわふわと、体重が軽くなったような感触。しかし、ゴーグルに映る両脚は何十トンもあるはずだ。

 コツン、と何かが足に当たった感触があった。足元から弾き飛ばされたピックアップトラックが宙を舞う。見た目はラジコンのサイズなのに、スローモーションのようにゆっくりと。

 瞬き二回でズーム。よかった、無人らしい。瞬き一回でズーム解除。教えられたとおり、カメラを操作できた。


 ごめん、まだ慣れてないんだ。

 トラックの持ち主に、心の中で詫びる。

 仮免どころか、路上実習も無しに、いきなり実戦なんだから。


 谷は大きく右にカーブし、その先は開けている。

 そこにいるのが、キャリバン。


 僕が戦う相手、敵だ。


********


 僕の名は海野かいのつよし。この春から高校生。

 今日この日まで、自分はただの普通の子どもだと思っていた。なんの疑いもなく。


 そりゃ、高校に上がれば子ども扱いはしてくれない。あれこれ言われる。そう思ってはいたけれど。

 入学したその週の放課後、担任に呼び出されて、いきなりこんなことを言われるなんて。

「すみません、よく意味が解らなかったので、もう一度お願いします」

 立ち尽くしたまま、僕はそう言った。目の前で肘掛け椅子にふんぞり返る、担任に向かって。


 担任の名は小林こばやし恭司きょうじ。ぼさぼさの髪にメガネと無精ひげの三十代半ばで、いつも古びて薄汚れた白衣をトレードマークのように羽織っている。そして、この部屋は物理準備室。六畳ほどの細長い部屋の左右は棚で埋まり、PCなどの部品や実験器具などが乱雑に置かれている。正面には机。その向こうは窓。すりガラスに射す夕日が、この部屋を照らす光源だ。

 それらは「いかにも」な感じだ。違和感はない。

 でも、担任の言葉は違和感の塊だ。


「今言ったとおりの意味だよ、海野毅くん。隣にいる瀬霧せぎりちとせくんと一緒に、人類のために戦ってくれ」

 思わず目が泳いで、隣に立つ少女……まだ名前と顔も一致してないクラスメートと、目があってしまった。


 瀬霧せぎりちとせ。ポニーテールが似合う、すらっとして快活そうな女の子だ。中学では運動部だったのか、そんな印象を受ける。

 その彼女は軽く首を振った。自分も分らない、という意味だろうか。

 一方の僕は、今日の今日までろくに女子と話したことなんてないので、思わず頬が熱くなってしまった。


 慌てて目を逸らして、小林先生に向き直る。

「やっぱり無理です、わかりません。戦うってどうするんですか? ロボットにでも乗れというんですか?」

 担任のメガネがずり落ちた。

「よくわかったな。その通りだ」

 ……え?


 呆気に取られてると、小林先生はメガネの位置を直し、椅子を巡らせて机の上のキーボードを叩いた。ログイン画面が出て、パスワードを打つ。明るくなったディスプレイに出たのは、地球儀をモチーフにしたような何かの紋章だった。英文で何か書かれているが、読んでみる余裕は無かった。

「時間がないから、行くぞ」

 先生は画面を睨みながらそう言ったけど、腕組みをしたままだ。立ちあがるそぶりはない。

「行くって、一体どこへ……っあ!」

 部屋がわずかに揺れた。地震かと身構えたが、揺れはすぐおさまり、かわりに沈み込むような感覚があった。


 隣で、瀬霧さんがつぶやいた

「窓が……」

 夕日が当たって明るかったすりガラスの窓が、下から暗くなっていった。振り返ると、入り口のドアが無い。壁には天井まで届く長方形の穴がぽっかり空いて、その向こうをコンクリートの壁が上へと動いている。

  間違いない。部屋ごとエレベーターのように地下へと降りているんだ。


 陽射しが入らなくなった部屋は闇に包まれ、机の上のディスプレイだけが明るい。

 その画面を見つめていた瀬霧さんがつぶやいた。

「我らは夢を形作る材料にすぎず、我らの小さな命は眠りと共に巡る」

 小林先生が、椅子ごとこちらに向き直った。

「そうか。瀬霧は英語が得意だったな」

 瀬霧さんは画面を指さして言った。

「それ、テンペストの一節ですよね」

「そう。プロスペローのセリフだ。シェイクスピアを原文で読むのか?」

「いえ、塾の例文にでていたので」

 シェイクスピアなんて、僕は読んだこともない。知ってるのは、ロミオとジュリエットの粗筋くらいだ。

 ……場違いだ。こんな状況。


 その時、再び部屋がわずかに揺れた。担任は椅子から立ち上がり、出入口の方へ手を掲げた。さっきと違い、取っ手のない銀色のドアだ。

「さあ着いたぞ」

 そのまま戸口に向かうと、ドアは自動でシュッと壁の中に滑り込んだ。

 小林先生は、僕らに言った。

「ようこそ、『プロスペロー』へ」

 ウソの笑顔だ。

 僕はそう確信した。

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