【想いのその先に】 第十五部
「着いたよ叶汰君」
道端先生の車が静止する。そして、俺は道端先生の車のドアを開け、外へと出る。
ドアを閉め、研究所の方を向く。そこに立っているのは。
待っているのは、ずっと待ち望んでいた一人の少女だった。
「お久しぶりです叶汰」
「ぁ、あぁ久しぶり。ユメ……」
その佇まいは以前のユメと何も変わらない。と思っていたが、少し。ほんの少しだけ余所余所しい雰囲気がある気がする。
「それじゃあ、あとは二人の時間だ。今日の二十四時までにここに戻って来てくれたらいい。もしも、迎えが必要な場合は私が迎えにいく」
「わかりました」
ユメも道端先生の言葉を聞いてコクリと頷く。
「じゃあ、いってらっしゃい」
俺とユメは道端先生、研究所の助手である理絵さん、受付のお姉さん。そしてサナに見送られ、研究所を後にする。
「とりあえず、バスに乗ろうか」
「はい」
俺たちはいつも、研究所から家に戻るために乗るバスがくるバス停へと向かう。そして、来たバスに乗車する。
「どうだった。検査?」
「はい。なんともありませんでした。しかしながら道端先生を悩ませてしまいました」
「ユメとしては別にいつも通りだったの?」
「はい。しかし、どうしてもデータとして出すと異常があったそうです」
「何がおかしいかは聞いたの?」
「いえ。それだけは教えられないとのことでした」
「なるほど」
先生があれほど悩んでいたことだ。先生の予想だにしないことだって起こってもおかしくないだろう。それを懸念して先生はユメに検査の詳細な報告をしなかったのだろう。
「それよりも、私がいない間ご迷惑おかけしてすみません」
「それなら大丈夫だよ。さっきもいたサナさんにお世話になってたから」
「それもそうですが……」
ユメは苦虫を噛んだような表情を浮かばせる。
多分、あの日のことを思案しているのだろう。あの日以降、俺と会えなかったので、その後どんな風にあの事件が対処されたかをユメは知らない。道端先生に聞いていても、根っこの部分は何も知ってはいないだろう。
「学校でのことなら大丈夫だよ。それに、その学校ももう卒業したし」
「そうでした。叶汰。ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう。それよりもユメ覚えてる?」
「何をでしょうか?」
「このバスに俺と二人で乗った日のこと」
「はい」
その後、俺たちは家の近くに着くまでいろんな思い出に花を咲かせていた。
初めて、ユメと一緒に外出した時のこと。ユメとお化け屋敷に行ったこと。ユメといっしょに遠出した時のこと。
そんな風に話していたら、いつのまにかバス停どころか家にまで着いていた。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
誰もいない家へと入り、俺とユメは靴を脱いでリビングへと向かう。
「母さんは俺の卒業祝いとユメの検査終了祝いのために買い物に行ってて、父さんも今日は夕方には帰ってくるから、夕飯はみんなでここで食べることになってるよ」
「わかりました」
「それまで、これを使って思い出話でもしようよ」
「わかりました」
俺とユメはそのあと、俺が幼少期の頃から両親が撮っていた写真のアルバムを見ながらお互いの思い出を語った。
ユメも全ての物事を記憶していて、その時の気持ちや記憶をしっかりと語ってくれた。その中には今まで知らなかったことや、俺の知らない両親の優しさや努力が垣間見えて、少し涙を流してしまうこともあった。
そして、時は過ぎてほんの少し前のところまでと遡っていた。
「高校三年の春。ユメは覚えてる?」
「なんのことでしょうか?」
「あの公園でのこと」
それは十中八九告白のことだった。これを過ぎないと俺たちのこの一年はない。今のユメはあの時のことをどう思っているのだろうか。それが気になった。
「はい。覚えています」
ここまでは予想できた。問題はその先……
「今でもあの時の答えは変わっていない?」
一瞬の静寂。そして、すぐにその静寂はユメの声で打ち破られる。
「はい」
「そっか」
ユメならそういうと俺は確信していた。ユメにずばりとそう言われると悲しくはある。でも、逆にここで別の回答。それこそ今の発言とは逆の回答が帰って来たら俺の決断が崩れかねない。だからこれでよかった。
ここでは、ユメの回答に「はい」以外はありえなかったのだ。
「そのあとに晴人たちと行った海は楽しかったな」
「はい。あの夏がなければ今はないですね」
「そうだな。あの海があったから俺も受験勉強に身が入ったよ」
俺とユメはお互いにことの本意がそれではないことに気づいている。でも、どちらもそのことにふれることを恐れている。
だからその後を知っている俺からその話題を振る。
「あのあと奈々実とはうまくやってるよ」
「そうなんですか……。それはよかったです」
「でも、あの時の答えはまだ待ってもらっている。って言ってもいいのかわからないけど。まだハッキリ言ってない。全てが終わった時にその時の俺の気持ちを改めて伝えようと思ってるよ」
「そうですか。私もそれがいいかと思います」
「ありがとう。その時が来たら奈々実にはしっかり言うよ」
そう言いながら俺は次の話題へと話を移す。
「そういえば、誘拐なんてこともあったな」
「はい。そうですね……」
「あの時はほんと……」
「叶汰」
「ん? どうかした?」
「その話はできればやめてほしいです……」
ユメはうつむきながら、そう告げた。今までの思い出話のどれでも止めることがなかったユメがあの時の話題だけ避けるように申し出て来た。
たしかに、あのことはユメにとっても思い出したくないことなのだろう。それに、あの犯人の男との会話の時のユメのことを思い出すと胸がきゅっとなる。
「そうだな。すまない」
「いえ……」
思い出語りもユメと別れてしまう原因となったあのことを残すばかりとなってしまった。しかしそのことはバスの中でも話していた。特にもう話すことはほとんどなかった。
「ただいまぁ〜」
玄関のドアが開き、玄関の方から母さんが買い物から帰って来た声が聞こえた。
「おかえりなさい」
「あっ! ユメちゃんもういるのね。今すぐ夕飯の準備するわね」
ユメはこちらを見てくる。俺は目でいいよと告げるとそれを察してユメは母さんに話しかける。
「私もお手伝いします」
「本当に? じゃあ、今日は一緒にご馳走作ろうか」
「はい」
俺はそんなユメの様子をリビングから眺め、二人は晩御飯の支度をしていた。
そして、父さんも帰って来て、夕飯の準備もできて、ユメとの最後の食事を囲むことになった。
その間、久しぶりのユメに母さんも父さんも会話が途切れることはなかった。俺もそんな会話の中に加わったりして、四人して充実した晩御飯を過ごした。
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