【想いのその先に】 第十六部

「それじゃあ俺たちは少し外に出かけてくるよ」

「あぁ。いってらっしゃい」

「気をつけるんだよ」

「あぁ。いって来ます」


 俺とユメは自宅を後にする。 

 時刻はすでに二十一時を回っていた。あたりはもちろん暗くなっており、街灯が街を照らしていた。

 人は誰一人としておらず、住宅街には俺たち二人の会話だけがこだましていた。


「どこへ行くのですか?」

「研究所に行かないのかって聞かないんだね」


 時間的にもユメと一緒に居られる時間はほとんどない。となるとこの時間に外に出る理由は限られてくる。

 その中で研究所に向かうバスも残り一つ二つあるかないかくらいだ。また、今日一日を通して俺が道端先生に迎えを頼むような電話をしたことはない。つまり、ユメからしてみれば、この外出は研究所に向かう以外ありえない。

 だから、今のユメの質問はおかしいのだ。効率などを重きに置かれているアンドロイドらしからぬ質問だったのだ。


「ほ、方向が違いましたから」

「そうか。それもそうだね」


 ユメの言い分も確かに一理あった。しかし、角を二つほど曲がればいつものバス停には行ける道だった。

 それにもかかわらず、あの質問になったには理由があったのだ。


「ねぇ。ユメ」

「なんですか?」

「もう、どこへ行くかわかっているんじゃない?」

「……」

「沈黙はイエスと受け取っていいのかな?」


 俺の問いかけに対しても答えようとしないユメ。やはりユメはもうわかっているのだ。

 

 俺がユメに告白した公園へと向かっていることに。


 二人並んで話すこともせずに淡々と歩いたことによってその公園にすぐについてしまう。そして、ユメは俺が歩くのにあわせるようにしてついてくる。その足取りは決して狂うことなく、俺に合わせてくれる。


 そして、俺が告白した場所へと行く。

 公園は数本の街頭で照らされ、咲いたばかりの桜が夜の公園を華やかにしていた。でも、そのほとんどは夜の闇によって見えなく、光によって照らされた多少の夜桜が公園の雰囲気を醸し出していた。

 まだ、あの日見たく桜は散ってはおらず、風も吹きやしない。あるのは夜の静寂と夜の桜の妖麗な様。

 誰が言ったわけでも、指示したわけでもない。気づいた時には俺たちは向かい合うようにして立ち、あの日の再現をしているようだった。

 向かい合う俺たちの視線は交わることはない。かたや相手を見つめ、どんな表情をしているかを伺う。

 もう一方は自分の表情を悟られないようにでもするように下ばかりを見つめ、こちらを見ようともしない。


「あの日のことをユメは覚えていると言っていたね」

「はい」

「なら、俺がここをユメとの最後の場所にしたいと思っていたことを知っていたよね」

「はい」

「道端先生から聞いていなかったけど、毎日のように研究所で検査を受けた後、俺との残り期間を過ごすって言う嘘にも気づいていたよね」

「……はい」

「じゃあさ……」


 ユメは俺を決して見てくれない。それはユメが拉致されて犯人の男に心を見透かされていた時と一緒だった。ユメはいつも大事なところで俺のことを見つめてくれない。

 でも、俺が告白した時。あの瞬間は俺のことをしっかりと見つめてくれていた。

 その違いはなんなのだろう。どうして、あの時は見てくれていたのに、今の俺のことは見てくれないのか。

 最初は俺があんなことを言ったことで気持ち悪く思ったのかと思った。

 告白されたことで嫌われたと思った。

 でも、人の気持ちは徐々に自分のいいように解釈してしまう。

 もしかしたら、本当にもしかしたら。


「俺がずっとユメのことを好きだってことも知ってるよね」


 俺のことが好きで自分の意思を悟られないようにしてたからじゃないのかな。そういうふうに都合よく考えてしまうんだ。


「もちろんです……」

「ユメが笑ってくれると俺も楽しかったよ」

「そんなことないです」

「ユメが怒ってくれると、もっと頑張らないといけないって思えた」

「ダメだから怒っているのだから当たり前です」

「ユメが励ましてくれたからそのあと頑張れた」

「誰だって応援します」

「ユメがいてくれたから今日まで生きてこられた」


 その言葉にすぐに返答は帰ってこなかった。だからこちらからもう一言言おうとした時、ユメの口が動く。


「だ、誰でも叶汰は幸せになれました……」

「そんな悲しいこと言わないでくれよ」

「あっ……」

「やっと見てくれた」


 俺がこうやって辛そうにするといつも俺の様子を伺おうと顔を覗くのはユメの癖だった。別に俺の声色一つで俺の精神状況のほとんど把握するのに、表情まで見て来てくれて本当はどう考えているのか。そうやってこれでもかと俺のことを考えてくれるユメだからできた裏技。

 これから言うことはどうしてもしっかり目を見て聞いて欲しかった。

 だから、ユメの頬を両手でしっかりと捕まえる。そして、最後の告白をする。


「ユメとこれからも一緒にいたい」

「ふ……。不可能です」

「アンドロイドだって俺は構わない」

「そんなことは不可能です」

「これからもずっとユメと一緒にいられないと俺は不幸になる」

「叶汰にはこれからも多くの幸せが待っています」

「じゃあ最後に一つだけ」


 これで終わり。


 これでどうなっても俺のユメに対する想いは終わり。


 今日一日。ユメと過ごして来た時間の中でこの瞬間が一番大切。


 この一瞬のために俺は昨日徹夜で考えて、涙を流した。この一瞬を泣いてしまわないように。涙で終わらせないように。



「ユメのことが大好きです」

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