【想いのその先に】 第三部


「それで、ここが分からないんだけどさ」

「ここはだな。こっちの文脈のあたりを読んでみると」

「あ、なるほど。たしかにこっちだと文字数がぴったりだ!」


 俺たちは最寄りのファストフード店に入り、適当に晩御飯を食べてから、勉強に入り浸っていた。そして、今やっているのは国語の問題集だった。


「いや〜、やっぱり第一志望合格者は違いますね」

「褒めても、何も出ないぞ」

「素直に人の賛辞を受け入れたらいいのに」

「賛辞に聞こえないのは俺の心が汚れているからか?」

「きっとそうゆうことだね」

「このやろう……」


 喉元まで出て来た怒りの言葉をぐっと腹に据えて、机の上に置いてあった携帯で時間を確認する。


「おっと、もうこんな時間か」

「ん〜、何時?」

「ほら」


 俺は八時を示す携帯電話を奈々実に突きつける。


「うわっ」

「もうそろそろ帰らないとまずいよな……」

「いや、そうじゃなくてさ……」

「えっ?」


 俺の携帯を見た奈々実が苦悶の表情をあげたのは時間のせいだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「さすがに、こうも見せびらかされると私もくるところあるよ?」

「あっ……」


 俺は自分が見せたロック画面の背景を思い出す。それは、微笑んでいるユメの姿だった。


「さすがにロック画面くらいは普通のものにして置いた方がいいよ」

「あぁ、そうする……」


 携帯なんて今まで学校のやつなら晴人くらいにしか見られたことがなかったからなんとも思っていなかったが、今回ばかりは見せる相手が悪かった。家に帰ったら変えておくことにしよう。


「ふぅ」


 不意に机の上に広げてあった勉強道具をしまい始める奈々実。


「もう帰るか?」

「まぁ、それもあるけど。帰るのはまだいいかな」

「まだ、食べ足りないのか?」

「それ、どういうこと……?」


 奈々実から怒りの形相で睨まれる。


「いや、頭動かしたからお腹減ったのかなって意味ですよ。甘いものを補給したい的な……」

「そう」


 最後に残っていた筆箱を奈々実はカバンにしまった。どうやら乗り切ったようだ。


「それで、どうかしたのか? 帰らないならもう少しくらいなら俺も勉強に付き合えるけど?」

「実は私も叶汰に話したいことがあったのよ」


 そう言う奈々実の面持ちは真剣そのものだった。それは、先ほどのまでそれではない。

 どんな話をされるのかと思っていると、勉強道具をしまったカバンから奈々実は何かを取り出した。


「これ、叶汰のところにも来てるでしょ?」

「それは……」


 それは俺が今朝見た。そして今俺のカバンにも入っている政府通知の封筒だった。


「政府通知よ。もちろんアンドロイドのね」


 奈々実は手にしていた封筒を机の上に置き、視線を俺の方に向けてくる。


「それで、来てるの?」

「あぁ」


 俺はカバンの中からそれを出し、奈々実に見せて、俺の政府通知はカバンの中にしまった。


「で、早い話どうするの?」


 奈々実らしい、有無を言わさない直球の質問だった。だからこそ、悩んでいる俺にとってはこれ以上なく困った質問の仕方でもあった。


「悩んでいる。それが今の答えだ」

「だよね。しょうがないよ……」


 奈々実は息を吐き、椅子にうなだれる。


「あれ?」

「どうかした?」

「いや、てっきり。はっきりしなさいよ! ぐらい言われるかと思った……」

「さすがにそこまでは薄情じゃないよ。どれだけ叶汰がこのことについて考えているかは知っているつもりだから」


 奈々実は机の上に出していた封筒をカバンにしまう。

 俺のことをここまで想ってくれている奈々実なら何かヒントをくれるのではないかと思い、質問する。


「奈々実は、どうするつもりなんだ。アンドロイドについて」


 俺の質問に奈々実は、封筒をカバンにしまいきってから答えた。


「さすがに今の時期は難しいよ。でも、大学が決まったらしようかなって思ってる」

「ということは……」

「早ければ、第一志望の大学に受かったら私はアンドロイドを国に返上する」


 奈々実はそう断言した

 その言葉はまだ仮定での話でしかないがその言葉に確信にも似たものがあった。


「そうすると……」

「だいたい来月の頭には私はアンドロイド卒業ってこと」


 卒業。その言葉に俺は実感がわかない。そもそも、アンドロイドだけでなく、俺や奈々実。晴人だってもう数ヶ月で高校を卒業する。それにだって実感がわかないが、それ以上に俺の元からユメが離れていくことに実感がわかない。

 しょうがないことだ。時間的に見れば、三年間ずっとそうだったことと、十八年間ずっとそうだったこと。それぞれの当たり前の度合いは時間的に見ても六倍も違う。簡単に想像できるほど生易しいものではない。


「まぁでも。私はどちらかというと早い人の分類だと思うから、別にそこまで急くことはないと思うよ」


 言葉を出せずにいる俺を見ながら奈々実はそう告げる。


「でも、早めにお別れして、気持ちに折り合いをつけるっていうのも一つの手だと思うよ」


 奈々実の言う手もたしかに一つの手としてはある。

 考えれば考えるほど今回のことは沼にハマる。更に言えば抗えない事実なのだ。遅かれ早かれユメとは別れることになる。ならば、早めにユメと別れ、自分の気持ちに区切りをつけるというのも手段としてはいい。


 でも、一秒でも長くユメと一緒にいたいという気持ちもまた俺の心にはある。


 どうせ別れてしまうなら、少しでも長くユメといて、一つでも多くユメとの記憶を作りたいと。

 それが、悲しい記憶になろうとも……

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