【見えないからこそ、強きチカラ】 第二一部
手に握っていたナイフもいつの間にか手元から離れていた。目の前の男がいつ襲って来るかもわからないのに、俺はただ薄汚れた地面を眺めていた。
「まぁ、坊主。めげることはないぞ」
男は俺になけなしの憐れみを送って来る。
「うるさい……」
「なぜなら、お前さんの時間稼ぎのおかげで事件は片付くからな」
「は?」
俺の間の抜けた声と同時に大勢の人が部屋に入り込み、机の上にいた男を取り押さえていった。その数は十人、二十人といた。
俺は目の前の突然の状況を必死に飲み込もうとしが、頭の回転が追いつかなかった。その時、ゆっくりと部屋に入ってくる見覚えのある顔を見つけた。
「それは、私のセリフなんだがね」
「み、道端先生……」
それは、いつもの白衣ではない先生が立っていた。
「言っただろう。任しておけって」
そういえば、先生との会話でそんなことを言われたような気がする。
そして、道端先生を見たことで、周りを落ち着いてみると、突入してきた人は警察の人たちだった。そして、その中には警察ではない人もいたが、おそらく先生の仕事関係の人だろう。それこそ、今回のこの事件で動いてくれていた人だろう。静かに俺はその人たちに対して礼をする。
「それにしても、まさか君だったとはね」
「俺も、お前に捕まるとは思わなかったよ道端」
「いいや、捕まえたのは私じゃない。彼らたちだ」
そう言うと、警官たちに拘束されている男はこちらを見た。
「そうだな……」
そう一言答えると、男は警官によって連れて行かれてしまった。
そして、まもなく部屋には静寂が訪れた。
「ほら、叶汰君たちも、いつまでもこんなところにいないで帰った、帰った」
そう言いながら俺たちに近づいてくる道端先生。見た目は違えど、やはり、道端先生はいつもの先生だった。そんないつもの先生に自然と安心感を覚えていった。
「先生。あの男と知り合いだったんですか?」
「あぁ、大学時代の仲間だったよ。同じようなことを研究していたよ……」
先生の目はどこか遠くを見るようだった。
それはかつての思い出に浸る、今では叶わないユメを見るような儚げな表情だった。
「あっ、先生! もう一人誘拐犯がいるんです!」
「大丈夫。その男なら、ここに来る時に確保している。しっかりと今回のことを供述しているよ。念のため、後日ユメちゃんからは事件のことを聞くから、その時はユメちゃんよろしくね」
道端先生の言葉にユメは答えようとしない。
「まぁ、今日は帰って休みなさい。叶汰くんもユメちゃんも疲れているだろう」
「そうですね……」
俺は、床に転げているナイフをカバンにしまい、ズボンについたホコリを手で払い、ユメの手を掴む。
「ほら、ユメ行こう」
力なきユメの手を握り、部屋に道端先生を残し、俺たちはビルから抜け出す。
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