【見えないからこそ、強きチカラ】 第二十部
男はゆっくりと部屋の中へと入って来る。その距離はあまり変わらないが、少しだけ俺たちに近い距離になり、部屋のすぐ手前にあった机に腰掛ける。
「まず、なぜ俺がお前に尾行されていないか。それは俺が車で行動しているからだ。それに、もともとこんなことしてるやつが誰かに尾行されていないかを警戒するのは当たり前だろ? お前はまだ十八以下だろうし、バイクの免許は取れていても、そんなもん尾行するにはわかりやすすぎる。かといって、車で移動する俺に徒歩で尾行なんて無理。すなわち、俺ではなくあいつってなるんだよ」
男は笑うでもなく、俺の浅はかさを馬鹿にするわけでもなく、語りかけて来る。
「そして、二つ目だ。お前は取り返させられていると言ったが、それは果たしてそうか?」
「どういうことだ。もうすでにユメはこっちのものだ……」
「おい、坊主。遠足は帰るまでって教えられなかったか?」
そう告げると男は胸元から携帯を取り出す。
「お前は敵に見つかったんだ。俺が連絡すればお前はすぐに捕まる。たとえ、その手に握られたナイフで俺を殺して逃げてもだ」
俺は自分の状況を改めて冷静に考えて見る。
ユメは助けられたが、敵に見つかり、今連絡を取られようとしている。敵の勢力は未知数で、目の前の男が連絡してどのくらいの時間で増援が来るのかも知らない。圧倒的に不利。
「安心しろ。俺もお前に殺されて仏さんにはなりたくない」
男は机の上に出したばかりの携帯をそっと置く。
「だから、お互いクールにいこうや」
「一つだけ言わせてもらっていいか?」
「なんだ?」
「お前は仏さんにだけはなれない」
「はっ、それだけ言えれば結構だ」
男は俺の虚勢を笑って流した。少しでもこっちのペースに持ち込もうとするがそうはいかない。圧倒的にこういう場面での場数が違う。ただ、毎日学校生活を送って来た俺が、大人の世界を渡って来た目の前の男。もっと言えば、その大人の世界の中でも黒い部分にいたこの男に勝つことはできなかった。
「まぁ、俺はともかく、その嬢ちゃんはお前が来ることを、えっとかなたとか言ったか? 坊主が来ることをわかってたみたいだぜ」
「ど、どうしてお前にそんなことがわかる?」
「どうしてって、お前が一番知ってることだろ?」
俺は男の言葉に理解が及ばなかった。ユメが誘拐されて、たしかにすぐに探しに行ったが、それは至極当然のこと。しかし、ユメが誘拐されて誰かが助けに来ることを望んでいたりするのならわかるが、俺が来ることをわかっていたとなれば、何かしら理由があるはずだ。それをこの男が知っている?
「おいおい、それでも、この嬢ちゃんのご主人様か?」
「叶汰のことを悪く……」
「それだよ」
男はユメの反論に口を挟むようにして言葉を放つ。
「俺はある時、この嬢ちゃんにカマをかけたんだよ。どのくらい対象者。坊主のことを想っているかってな」
俺がなぜ? と問いかけるよりも先に男は続ける。
「人間とアンドロイドっていうのは親と子みたいなものだ。考えてみろ、生まれてからずっと親同然に子供のことを見てる。当たり前だよな? なら、親が子供を愛するように、子供も親のことを大切に思う。ならば、人間とアンドロイドも一緒ってわけだ」
「それがお前に何か関係があるのか?」
「あるさ。もしもお嬢ちゃんに俺がカマかけた時に慌てていたら、十中八九対象者は年端もいかないガキだ。急いで帰らないと危なくて仕方がないからな。そして、もしもそうなら対象者が意志を持って行動し、警察などに連絡する可能性は低い。大抵は親が異変に気付いてから警察に連絡するくらいだ。そうすれば、俺たちは余裕を持って行動できる」
男は首を鳴らしながら続ける。
「逆に、慌てないのならそれなりの理由がある。もしも、俺に逆にカマをかけてくれば何か自分の状態を知らせる手段を持っているとか、黙ったままなら自分が動かなくても対象者の方がしっかりとした対処をしてくれるとかなぁ」
男の発言には一理あった。しかし、それはあくまで男の推察。もっと言えば経験則でしかなかった。今まではそうだったかもしれないが、一概にそうとは言えない。事実、俺みたいに対象者本人が助け出しに来ることだってある。なのにだ。そのいわば、今回は異例の事態のはずなのに、この男は俺が来ることを知っていたかのように待っていた。しかも、俺がやって来るのを一人で待っていた。まるで、俺が最初から一人で来ることを知っていたかのように。
「なぜだ?」
「なにがだ?」
「なぜ、俺が来ることがわかった……?」
「嬢ちゃんにでも聞いてみな」
俺はちらっと俺の右後ろにいるユメを見る。
「ごめんなさい。叶汰」
「ど、どういうことだ、ユメ……?」
ユメは謝罪だけすると、俯いてしまった。
「まぁ、今回においては八対二で坊主が悪いんだけどな」
「俺が……?」
「あぁ、そうだ。だって坊主二日前にここに来てたろ?」
あの時はことなきを得ていたが、目の前の男にはどうやらバレていたようだ。
「返答なしはYESということだぜ?」
俺は男の問いかけにも答えられずにいた。
「まぁ、どちらにせよ坊主があそこにいたのは事実なんだよ。なぜなら、嬢ちゃんの受け渡し時刻を言ったのはあの時が初めてだったんだよ」
確かに、この男のあの言葉を聞いて今日来た。しかし、俺がたとえ聞いていたとしても俺が来る理由がない。警察に連絡するなり、誰かに頼るなり……
「坊主は俺が来る必要がない。その証拠がないって思っているが、それこそなんだよ」
俺は考えていることを当てられたことよりも、俺が来ない理由がないということを断定されたことに驚きを覚えた。
「坊主がその嬢ちゃんのことを想っているように、その嬢ちゃんも坊主のことを想っているんだよ」
男は自信満々にそう告げる。それは予想や、推察ではなく確信とでも言いたげに。
「俺がカマかけていた時、坊主音たてたろ? あの時どうなったか覚えているか?」
その時は、ユメが俺のことを馬鹿にするなと……
「嬢ちゃんは、坊主のことを悪く言うなと言った。それは確かに本音だろうが、あの行動の真意ではない。そうだろ、嬢ちゃん?」
男はユメに問いかけるが、ユメは俯いたまま答えようとしない。しかし、ユメの俯くその表情はどこか悔しげな表情だった。
「坊主をかばったんだよ」
「お、俺を……?」
「考えてみろ、あのまま嬢ちゃんがあの行動をしなければどうなっていた?」
音を不審に思った軽い声の男が音のする俺の部屋に来ていた。それはつまり……
「嬢ちゃんはお前が来ることを知っていた。そして、あの音が鳴った時。隣の部屋にいるのが坊主だと確信した。だから、自分が音をたてたことにして坊主から気をそらせたんだ」
男の言う通りだった。今まで自分の視点から物事を解釈していたが、ユメと自分の立場をすり替えれば、全てがその通りだった。俺がユメの状況なら、俺もそうしていた。
「俺たちはあの時、二人しかあの場にいなかった。もしもそれ以上、もしくはそれに匹敵する輩が現れたら太刀打ちできなかった。だから、あの場では不用意に動かないのがセオリーだった。嬢ちゃんは必死に坊主のことを考え迷惑をかけないようにしていたが、それが最後の最後のボロとして出ちまったんだよ」
「ぼ、ぼろ……?」
俺は消え入りそうな声で男に聞く。
「アンドロイドが対象者のことを一番に想っているということだ」
男の言葉で今までの推察じみた言葉が全て、この根拠に基づいた確固たる推察だったことを思い知らされる。ただの大人の推察でも、経験則でもない、まるで研究者じみた推察。
俺はその場に崩れ落ちた。相手が犯罪者どうこうの前に、一人の人間として負けたような感覚。ユメのことを一番に想っていたはずなのに、見ず知らずの誘拐犯に、俺以上にユメの考えていることを知っていたと言う事実。そして、俺のせいでユメに迷惑をかけてしまったと言う事実。
俺ではユメを救うことはできない。
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