【見えないからこそ、強きチカラ】 第四部
「あれって奈々実のことだろ?」
「いや、まぁ、その……」
奈々実の反応が妙にぎこちない。もしかして、俺の人違いか……
「ご、ごめん。もしも違ったら今のは忘れてくれ」
「ううん。違わない」
「そ、そうか……」
「う、うん……」
話題の一つとして話したつもりだったが、奈々実は話が進むにつれどんどん顔を赤くし始め、話している俺はというと、いまになって、結構気恥ずかしい内容をさらさらと語っていることに、恥ずかしくなってきて、言葉が出てこなくなる。
「おいおい、そこのカップルさんや」
「えっ、お、俺たち?」
綿あめ屋のおじさんが俺たちに声をかける。
「そろそろ、そこからどいてくれねぇかな。お客さんが詰まってきたからよ」
慌てて後ろを見ると、俺たち以外にも綿あめを買おうと並んでいるお客さんがぞろぞろといた。
「イチャイチャするのは、悪いがよそでやってくれ」
お店の邪魔をしていたであろうに、ことのほか綿あめ屋のおじさんは優しげに俺たちにそう言った。
「す、すみません。すぐにどきます」
「末長くなぁ〜」
俺と奈々実がその場から離れようとかけた時、後ろの方でそんな声が聞こえた。
「ねぇ、叶汰」
「どうした?」
「もういいでしょ?」
「え、なにが……?」
「手……」
「あぁっ、すまん!」
綿あめを持っている逆の手で奈々実の手を握って走っていることに俺は気づかずにずっと奈々実の手を握りしめていた。
「悪かった」
「いや、それは別にいいよ」
「じゃあ、痛かったか?」
「そうじゃなくて」
「ん?」
奈々実は俺の握っていた手とは違う方の手に握られたものを俺の目の前に差し出してきた。
「綿あめ、食べ終わったから他いこっ」
奈々実の右手にはただの木の串のみが握られており、ふわふわの綿あめは消えていた。
「よしっ、それじゃあ、今度は何食べようか!」
「夏祭りなんだし、やっぱりたこやきがいいなぁ」
「おっ、そうだな。それじゃあ、たこやきでも買いに行くか」
「うんっ」
そして、俺も残り少なくなった綿あめにかぶりつき、綿あめを食べ尽くしてしまう。そして、大きく歩を進めてたこ焼き屋のあった場所へと向かおうとする。
「ねぇ……」
「なんだ?」
奈々実が不意に呼んでくるので後ろを振り向くと、そこには寂しげに宙に浮いている一つの手。そして、その奥には、横目でチラチラと俺の方を見てくる奈々実。
「もう、繋いでくれないの……」
さっきのおじさんは俺たちのことをカップルだと言った。それは事実とは異なる。
はたから見れば、そう思われても仕方がない。二人の男女が祭りにきていて、女性の方は綺麗な浴衣を着て、もう片方といえば、楽しげに昔話なんか始めたからには、それは十中八九、見事な幸せそうなカップルの完成だ。
でも、本当は違う。片方には好きな人がいて、そして、もう片方はそれが直接関係しているかいまだによく分からないけど、そのことでその相手とはうまくいってなかったりする。だから、世間が見ている以上に、俺たちはカップルなんて間柄ではないのだ。ましてや、友達であるかどうかさえも危ういのだ。
そして、その間柄に戻るために俺は今日、ここに来ている。だから、相手のしてほしいこと、望んでいること。奈々実が何を思って、何を感じて、今日まで過ごして来たのか。
今日、どういう気持ちでここに来てくれたのか……
ならば、俺は奈々実が差し出してくれたこの手を受け取るべきなんだろう。
はたから見れば、それはカップルが手を繋いでるように見え、はたまた、男女の学生が夏祭りでいい関係になっていると見えるのだろう。
でも、そんな関係で繋がれている手ではない。それを知っているのは、俺と、俺の手と繋がっている女の子のみ。
「それじゃあ、いくぞ」
「うん……」
さっきの時よりも少し強い力でその華奢で小さな手を俺は握りしめる。
今度こそ、離さないように。
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