【見えないからこそ、強きチカラ】 第五部


「あぁ〜、楽しかったっ」

「楽しかったって、さすがに七回はやりすぎだろ……」

「しょうがないじゃん。欲しかったんだから」

「本当に変わらないな、奈々実は」

「う〜ん?」


 奈々実は射的で苦労の末、なんとか獲得したクマのぬいぐるみを両手で抱えながら、山道を上がって行く。

 かくいう俺も、四回も射的をしてしまい、おかげで右手にはたくさんのおやつが詰まっている袋がある。


「ねぇ、なにかちょうだい」

「これか?」


 俺はおやつの入った袋を胸の高さまであげる。


「それそれ」


 おやつの入った袋に手を入れ、無作為に奈々実はおやつを引き上げる。


「おっ、ぶどう味のあめかぁ」


 奈々実が取ったのはぶどう味の小さな飴玉だった。袋の中の大半は飴だったため、飴玉が出てくるのはあまり珍しいことではない。しかし、たしかぶどう味は数が少なかったはず。


「奈々実が取ったので、ぶどう味はラストぽいぞ」

「えっ、そうなの。なんかラッキー」


 袋の残りを見ると、残りはみかん味やりんごなどが大半で、その他の味が少しある程度だった。


「にひても、久しぶりに来たけど、ここのお祭りって人気なんだねぇ〜」


 奈々実は口の中で飴玉を転がしながら、俺に話しかけてくる。


「そうだな。俺は毎年来てるけど、今年はいつもよりも多かったかんじがするな。それより、舌噛むなよ」


 奈々実は俺の問いかけに気の抜けた返事を返して、俺の方を向いてくる。


「それって、やっぱりユメちゃんと?」

「そうだな」

「そう」


 つい先ほどまで、うるさく思うほど聞こえていた祭りの音が徐々に小さくなっていくのを背に感じながら、俺たちは歩みを進める。


「じゃあ、いまからいく場所もきっとユメちゃんとお祭りの後なんかに行ってるんだよね」

「いや、ユメとは祭りにしか行ってないんだ」

「そうなの?」

「あぁ……」


 俺たちが向かう場所はお祭り会場の裏手にある展望台のような場所だ。そして、そこへ向かうために今は奈々実と一緒に階段を上っている。

 奈々実の先ほどの問いかけの答えだが、細かい話をすると嘘になる。あの、展望台には行ったことがある。しかし、祭の後には一緒に行ったことはない。だから、俺は奈々実の質問に対してあのような答え方をした。奈々実がどういう意図を持って聞いて来たかわからないが、できるだけ文脈にあった答えを導き出したと思う。


「なぁ、奈々実」

「なに?」


 俺の数歩先をゆく奈々実に俺はあの日の疑問を問いかける。


「俺の勘違いだったらいいんだが、海に行ったあの日。俺とユメの話を聞いた時、なんで奈々実はあんな表情をしてたんだ」


 俺と奈々実の歩幅は縮まることも離れることもなく一定の距離を保ったまま展望台へと距離を詰めていく。


「そんなおかしな表情してたの私?」

「あぁ、なんていうか悲しげな表情してた」

「そんなことないよ」

「じゃあ、はっきり言う」


 俺は一気に奈々実との距離を詰めて、奈々実の一歩前に出てやっぱり悲しげな表情をしていた奈々実に向かって言った。


「奈々実はなんで泣いてるんだよ」


 奈々実の表情はおかしなことになっていた。口元は必死に笑っているのに、目からは次から次へと涙が溢れ出ていた。

 奈々実の涙はぽとりぽとりと地面に落ちてゆく。涙を拭わなかったら後ろを歩いている俺にバレないとでも思ったのか知らないが、いくら暗いからって奈々実の涙が落ちていることくらい奈々実の後ろを歩いていた俺には分かる。


「少し待ってくれるかな……」


 奈々実は両手で目元に浮かぶ涙を拭う。


「あと少しでいいから…………」


 俺の横を通りぬけ、さらに歩みを進める奈々実を見てから俺は一言“分かった”と言って、再び奈々実の後についていくのだった。


 そして、展望台に着くまでの約十分。俺も奈々実も何も会話はなかった。

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