49 名もなき青たちの饗宴 1/2

 彼は執行が終わってすぐにレンタルしていたスノーモービルに跨り『ツナ缶』へ爆走した。帆は既に張られ、後は出航するだけの状態である。


「ハヤトさーん!」


 屋根の上にはアラシがおり、彼に手を振っている。

 彼も右手を上げると、そのまま階段を駆け上がり、勢いよく扉を開けた。


「ミナトいるか!!!」


 いつものカウンター席には、――青い瞳のミナト。

 ミナトはしきりに首をさすっていた。鼻にはティッシュが詰められている。

 ムッとしかめっ面をしているが、その眼の奥は笑っていた。彼にはそれが手に取るように分かる。何せ、二人は年以上相棒バディを組んでいるのだから。


「ちょっとハヤト、首と鼻痛いんだけど。なんならちょっと折れているんだけど」

「はは、わりーわりー。いかんせん慣れないことで緊張して力加減がな」

「頭入れろよ、しか言ってくれないし、もう本当に死んだかと思ったよ。着替えるときに変な服だなとは思ったけど」

「敵を欺くにはまず味方からって言うだろう、それだ」

「だからって」


 ボオオ、と、長い汽笛の音がミナトの反論をかき消す。

 船はゆるやかに動き出した。


「出航ーーーーー!!!!」


 続いて聞こえてくるのはアラシの咆哮。

 アラシの叫び声を聞いて彼はハッと我に返る。

 ミナトが生きていたことは勿論彼は知っていたわけだが、それでも万が一回収が失敗していたら、本当に死んでしまっていたらと彼は気が気でなかったのである。安堵した彼は、もう一つ大事な仕事が残っていることを思い出した。


「ミナト、アラシを呼んで来てくれないか」

「いいけど、なんで?」

「オレの最後の仕事だ」


 ミナトは不思議そうな顔をしていたが、こくりと頷いて二階へと消えた。


 タカラは操舵室にいる。

 この船にはいかりがない。地面があまりにも遠いため、碇が海底に届かないからだ。故に船は氷に打ち付けられた杭にロープで固定しており、それを断ち切るのはタカラの役目だった。出航したということは、すなわちロープが切られたことを示す。ロープを切ったタカラは操舵室にいるトオノに連絡をする手はずになっており、操舵室には予想通りタカラとトオノが居た。

 もちろん、梶を握っているのはトオノである。


「ハヤトくん、ちゃんと戻ってきてくれてよかった。ばれたんじゃないかと思って冷や冷やしたよ」

「はは、まああと二分後には全てバレますけどね」

「そうだった、まだ最後のひと仕事が残っていたね、労いの言葉はそれからだ」

「はい」

「タカラ、現場に立ち会えなくて残念だよ」

「船の方はよろしく店長、全速力で!」


 トオノは任せろといわんばかりに親指を突き立てる。

 タカラを背に、彼は急いで『ツナ缶』客席エリアにきびすを返した。ふと横眼で窓の外をみると、船はどんどん氷床から遠ざかっている。

 時間がない。

 ――アガリアレプトの電波は、そこまで広くないのだ。


 海洋国グラス・ラフトはあらゆる技術が衰退しているが、白い首輪は違う。生体番号が登録された首輪は海洋研究所のスーパーコンピュータで管理されている。子機端末・首輪識別装置アガリアレプトでスキャンすると首輪の固有コードが表示され、固有コードの入力をしてから「DEAD」ボタンを押下すると毒——その実、強力な電気が流れ、その個体を死に至らしめるというものだ。


「さあ、まずはミナト、お前だ。準備はいいか」

「うん」


 白い首輪は隙間なくぴったりとその首に張り付いている。

 ユラ・トンノロッソから譲り受けた子機端末・首輪識別装置アガリアレプトで首輪の固有コードを読み取り、入力。


「今度こそさようなら、グラン・ハーバー」


最後に押すのは「DEAD」ではなく、「R E L E A S解除」だ。

 

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