48 ペテン

 ――――そして、その作戦は実行された。


 最終目標は、アラシの提案通り『逃げる』こと。


 BAR『ツナ缶』は、船である。冬は氷に囲まれているため一見すると「家」だが、真夏になると氷床の際が溶けてぷかぷかと浮かぶ正真正銘の「船」になる。三角屋根の船にはもちろん操舵室もあり、家を貫く大黒柱の先には帆がついている。

 ミナトが処刑されるまでの間、トオノとタカラはたらふく食料と器具を買い込み、帆をメンテナンスし、アラシは両親へ手紙をしたためると同時に医学書を買い漁り、彼はミナトをするための準備を進めた。


 ミナトの処刑。あれはただのマジックだ。

 ギロチンマジック。高度ではあるが、やれないことはない。


 まず、事前に断頭台の床に大きな穴を開け、本番直前まで板で軽く蓋をしておく。断頭台の首を支える部分と床にワイヤーを張り、それを引っ張る首の下の板と床の一部が開き、下に頭を引っ込められるようにギミックを仕掛けておいた。

 そして登壇し、ミナトに黒い布をかぶせる。

 

 彼はセレモニーとして鳴らした銃声と共にワイヤーを引っ張り、ダメ押しにミナトの背中を蹴って頭ごと断頭台の下に追いやる。そして同タイミングでギロチンが落ちてくる。

 彼が着替えさせたミナトの白い服には針金が仕込まれており、ミナトの上半身が沈んでいるとはわからない。


 ギロチンの下にある首の受け取り皿にはフェイクの首――テソロのクローンを殺し、首を切り、それにタカラが着けていたウィッグを被せた首――を入れておく。彼が見せた血みどろの首は、テソロのクローンの首だったのだ。


 後は残った胴体の処理だが、この国は水葬を行うため、斬首後はそのまま海へ流す。もちろんその体にはミナトの首がくっついているわけだが、切断面から血がだらだらしている状態で担ぐわけにもいかないため、木箱に入れて蓋をし、それを箱ごと海に流すという手筈になっていた。

 お偉い様のご高説中にさっと木箱に入れるのは執行官の役目。


「ミナトは、……グランは、オレの親友だったんだ、最後、蓋を閉めるのはオレにやらせてくれないか」


 跪き、涙に声を震わせながら彼はそんなことを言う。

 ミナトの頭の部分は彼の背中で隠し、ミナトの頭部が見えないように抱き上げ箱に入れ、蓋を閉じればミッション・コンプリートだ。


 そもそも「マジック」の概念自体が希薄な海洋国グラス・ラフトである。よもやあの斬首がギロチンマジックだったとは夢にも思わないだろう。

 このトリックは、おそらくすぐにばれる。処刑台には謎の穴が空いているし、テソロのクローンが一体減っている。だがそれで構わない。ほんのひと時騙せればいいのだ。


 練習なしの本番一発勝負。






 彼の一世一代のペテンは、かの国を欺くことに成功したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る