47 彼は何かを成し遂げる
彼は何度も諦めた、何度も間違えた。
大切なものは何一つ守れなかった。彼はその手を広げたが、指の隙間からボロボロと零れ、何も残らない。
彼は多くの人魚の成り損ないや、人魚になれなかった「ナニカ」を執行し続けた。時には
翠の眼の青年すら執行してしまった。
そして、今日はミナト。
ミナトは彼の唯一の友だった。
諦めるしかないと思った。タカラが大切だったからだ。だが彼は誓ったはずだ、翠の眼の青年に、彼は、彼の意思を持って決断すると。
* * *
ミナトの処刑二日前。ミナトが『ツナ缶』を去ってすぐ後のこと。
「眩しくなったら、その眼を潰してしまえばいい。そう言ったのはキミだ。ミナトくんたちと過ごす日々はタカラにとって夢のような日々だっただろう。でも、夢はいつか覚めるんだ。タカラの
トオノがタカラを
彼もタカラの横でそれを聞いていた。ある意味、トオノの言い分はもっともだと思った。トオノの言う通り、ミナトを諦めればタカラは研究所の監視から外れて自由の身となる。彼は出世し続けるだろうし、アラシの今後の生活も順風満帆に違いない。研究医から医療従事者として医者へ配属を変更することだって可能だろう。
透明の血を持つミナトは最初から、生きてはいけない存在だった。
だが、彼は納得できない。
「だったらなおのこと分かるよ。諦めることは、必ずしも間違いじゃない。その言葉はそういう意味だ」
「それは違う」
翠の眼の青年がタカラに伝え、タカラがトオノに伝え、そしてトオノが彼に伝えたあの言葉は、そんな意味ではない。
「諦めることは、必ずしも間違いじゃない。それは正しい。それを踏まえた上でアイツは『感情』を託した。諦めてもいい。それを決めるのが自分であればいい。あの言葉の意味は、きっとそういう意味だ。『光の
彼はそう言うと、膝を地面に落とした。そのまま両手を床についてひれ伏し、
「トオノさんお願いします。力を貸してください…!!」
「ミナトくんを諦めればすべてがうまくいくのに? キミはタカラが大切なんじゃないの?」
「ミナトを諦めたら、タカラは幸せになれない。それじゃあトオノさんの目的は果たせません」
トオノは口をつぐんだまま、彼の後頭部を眺めた。
「オレは今まで何も成し遂げることができなかった。今回だって、オレの力じゃミナトの処刑を止めることはできない。でもオレはもう間違えたくないんです。ここでミナトを諦めるのは、オレの意思じゃない。オレは諦めたくない。これだけは、絶対に。だから力を貸してください。タカラを自由の身にしたように」
部屋にはどこまでも波の音が響いていた。窓からは爽やかな風がそよぎ、彼のつむじから生えた髪が左から右へとぱたりと折れる。
「ふふっ」
愉快そうなトオノの声が聞こえた。
ぞくりと彼の背に冷たいものが走る。拒絶されるのか、ばかなやつと
「ごめんねハヤトくん、キミを試したかったんだ。少しやり過ぎちゃったかな。頭をあげて」
だが、それは杞憂だったらしい。
スパイっていうのは本当だけどね。というトオノの言葉に彼は再び胸がざわついたが、トオノの眼には温かい光が宿っていた。それだけで、彼は安堵してしまう。
「さっき言ったほとんどのことは真実だ。ボクはスパイとしてこの店を切り盛りしてる。でも一つだけ訂正させてほしい。ボクはミナトくんの透明の血のことは密告していない。――というか、するまでもなかった。あの家のことは既知だったから」
トオノは見慣れた笑顔でにこりと笑い、彼、そしてアラシ、タカラと視線を合わせていった。
「リスキーだけど策はある。そのためにボクはハヤトくんをこの地位まで押し上げたんだから」
「え……」
「ミナトくんが死刑執行対象になることは以前から予想していた。だからボクはミナトくん奪還作戦を考えた。この策はハヤトくんの地位と力が不可欠だからね」
三人は再びあんぐりと口を開けたまま、言葉が出ない。
「でも、この作戦を実行すればハヤトくんは今の地位を失うし、失敗したらただでは済まない。殺されてしまうかもしれない。にも関わらず、成功率は高くない」
「それでも構いません」
彼は、はっきりとトオノに告げる。
今度こそ彼は何かを成し遂げるのだと、その胸に誓った。
「じゃあ、ミッションは二つ。一つはハヤトくんがミナトくんの死刑執行人になること。もう一つは、
「アガリアレプト……?」
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