40 宵闇と交差する 3/3

 その三十分後、両手に荷物を抱えた『ツナ缶』の店長トオノが帰ってきた。

 もう良い大人が、店の前の大きな水溜まりで遊んでいる現場を目撃しギョッとしていたが、へらへらとだらしなく笑うタカラにすべてを察したらしい。


「ダメだよハヤトくん、怒るときはちゃんと怒らないと」

「すみません」


 呆れ顔のトオノに彼は困り顔を作りながら、その実まんざらでもなさそうな顔で頭をかいた。

 当本人であるタカラは彼の膝を枕に眠っている。

 トオノは買ってきた食材やら備品やらを慣れた手つきで所定の位置へしまい、それが終わるとカウンターにビンを並べた。


「これは?」

「ツナ缶印の自家製蜂蜜酒ミードを作ろうと思って。客間を潰して、野菜とかの自給自足兼蜂蜜生成工場にするんだー」

「え!? 蜂の巣作りから!? トオノさんそういうところありますよね、凝り性というか」

「いやさ、面白いんだよ、蜂蜜酒ミードって」


 トオノの蜂蜜酒ミードの作り方製法の蘊蓄うんちくを聞き続けること数時間。気が付けば夜になっていた。

 今夜は、夜の支配者である月はいない。夜空の上で、星々はその自由を謳歌するようにチカチカと瞬き、光っている。

 その頃にはタカラも復活し、ミナトとアラシも合流していた。


 ミナトは彼と共に夜空の額縁に頭を突っ込んでいるが、アラシとトオノとタカラはバーのカウンターで楽しく団欒だんらんをしている。


「結局、この中で星空を一番楽しんでいるのはミナト、お前だな。トオノさんは見慣れているとはいえ、アラシとタカラは完全に星空のことなんか忘れてやがる」

「ずっと見てられるよ、この光景」


 ミナトの青い瞳は、目の前に広がる凪いだ海と、南半球最大の散光星雲、エータ・カリーナ星雲を反射している。

 波の音も風の音もしない。聞こえるのはかしましいアラシとタカラと、時々トオノの笑い声だけ。


「今日ここに来たときは、オレンジ色の夕焼けで、そのあとはピンク色になった。とてもきれいだった。空を見るのは好きなんだよね、切り取れたらいいのに、こうやってさ」


ミナトは親指と人差し指を使って、夜空を四角く切り取る。


「目一杯の緑とか、色とりどりの花畑とか、熱砂の砂漠とか、そういう御伽話の景色をたまに夢で見るんだ。絵でしか見たことないはずなのに、草の匂いやサラサラの砂の触感までするんだよ。不思議だよね」

「ああ、わかる気がする。俺達の遺伝子に焼き付いてるんだろうな、過去の地球の光景が」

「地球の反対側は氷の大地の対局で、熱砂の砂漠だったらいいのに」

「ここの反対側は北極だけど、でも、そうだな。『ユーレイ』になったら砂漠まで飛んでいけるかもね」

「死んで『ユーレイ』になったらなんでも出来るんだっけ。陸の人間もいい加減だよね、そんなありもしないことを何千年もさ」

「お前らミヨゾティの教徒は、死んだらどうなるんだ?」

「死んだら泡になる。死んだらすべて消える。だからこそ生きてる間に生を謳歌しろって、そういう教義」

「へぇー」

「でも、本当になれたら面白そうだよね。『ユーレイ』になったら何する?」


 星を見ながら、彼とミナトは今日もいつも通りダラダラとどうでも良い話を続ける。

 時折現れる流れ星も、もう話題にも上がらなかった。


「幽霊に興味がおありで!?」

「げっ、聞かれた……、ハヤトなんとかして」

「俺には無理だ」

「これが"地獄耳"ってやつだね!」


 途中でトオノが参戦し、陸の宗教観について語り始める。

 こっそりと聞き耳を立てていたタカラとアラシのガールズトークでは彼とタカラが付き合っているのかという話になっており、つい気が散漫してしまうと、トオノはすぐに「ねえ、ハヤトくん」と迫った。


 各々が、五人の時を楽しむ。

 ともすれば、いつの間にか星空に太陽が溶けだしていることに気付いた。


 あの夏の夜よりも、さらに幸福な一夜が明けようとしている。

 だが、それは叶わない。


「実験警護執行課、リーランド・フィルモグラフィー二等佐官だ。グラン・ハーバー調査員、貴殿を大逆罪で連行する」


 宵闇と太陽が交差する。






"一度だけの人生。それが私たちの持つ人生の全てだ"

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