33 蜂蜜酒は、素敵な友人と共に

「遅おおおおおおい!!!」


 その晩、研究所に人魚を預け、彼はタカラを伴い『ツナ缶』を訪れた。

 重い外扉と軽い内扉を開け、『ツナ缶』内部の暗さに眼が慣れるよりも前にそう叫ばれる。考えるまでもなくアラシの声だ。


「うっせーなアラシ! 大声過ぎて耳キーンってなってんだよ」

「うるさいやい!」


 バーカウンターではニコニコと笑いながら両手の人指し指で耳の穴を塞ぐトオノと、両てのひらでしっかりと耳を抑えつつにんまりと笑うミナトの姿がそこにはあった。


 彼の後ろにいるタカラも咄嗟に耳を抑えていたが、彼が後ろを振り向いたときには、もう彼女は駆け出していた。

 自分との再会とはまるで違うじゃないかとアラシに嫉妬するも、彼の口角も上がってしまう。


 タカラは海色みいろの髪を波立たせながら、アラシに飛びついた。アラシは一瞬驚いたように目を丸くするものの、すぐに破顔する。


「ごめん、アラシ……ごめん!!!」

「本当だよ、タカラさんのバカ」


 そうして二人とも泣いた。

 思わず彼も貰い泣きしそうだったが、熱い抱擁を交わす二人の横を通り過ぎ、いつもの席に座る。


「いやー今日はナイスなセレモニーだったでしょう?」

「アラシが飛び降りてきたときは肝が冷えましたよ。よくあそこを通るって知っていましたね」

「まあ、これでも"トンノロッソ"の家系だからね」


 ふふんと鼻を鳴らすのはトオノで、


「ほんとそれ。びっくりしたよ、どうりで話を聞くのがうまいわけだ」

「でも、あの作戦の言いだしっぺはミナトくんでしょう?」

「……アラシが突撃するの一点張りだったから」

「オレにも教えろよ、そういう面白い作戦はよ」

「それはお互い様でしょ。なんでも隠したがるキミに一矢報いたかったのさ」


 そう、意地の悪そうな顔をするのはミナトだ。


 そこまで会話をしたところでトオノからいつもの蜂蜜酒ミードのグラスを渡される。彼とミナトは無言で乾杯すると、約半分程を胃に流し込んだ。

 アルコールの熱で喉が、そして胃が熱くなり、じんわりとその熱は身体に広がっていく。


「店長! いきなりやめてごめんなさい。ミナトも、色々心配してくれてたのに、こんな結果になってしまってごめん……」

「ま、しばらくはタダ働きかな」

「僕は心優しきミナト様だからね。間違いの一つや二つ、ちょこっと漢気おとこぎ見せてくれたら許すよ」

「オトコギ?」


 あっさりと出た赦しに、彼女はキョトンとしている。


蜂蜜酒ミードを一杯、漢気おとこぎジョッキでお願いします! あと、海鳥のローストも!!」

「ああ、漢気おとこぎね! 相変わらず大食漢だなあ、ミナトは」


 トオノ、アラシ、ミナト、そしてハヤト。

 五人並んで流れ星の数を数えたあの夏の夜のような軽快さを持ってタカラに話しかける。


 彼女はこくりと頷くと、ちゃかちゃかと髪をまとめ、漢気おとこぎジョッキに蜂蜜酒ミードを一杯。次に海鳥のローストを作り始めた。


 蜂蜜酒ミードで、身体がどんどん熱くなる。眼頭が猛烈にくなり、彼は思わず眉間に親指と人差し指の側面で押さえた。


「あれ、ハヤト泣いてんの? 今?」

「ドライアイ! お前らと違って目が疲れてんだよ。眼精疲労」

「ふ~~~~ん」


 ミナトはニヤニヤしながら彼を見つめ、アラシはミナト越しに彼を見つめた。


「あたし、ハヤトさんが泣いているの、初めて見ました!!」

「そう? 宅飲みとかだと割と終盤泣き上戸だよ」

「え、マジかよ!?」


 衝撃の事実に彼の涙も引っ込む。

 顔を上げると、ミナトのジト目が彼を襲った。


「うわ、無自覚とか。割とあるよね。ねえタカラ」

「うん。割とある」

「なんなら、泣き上戸になるちょっと前に、一回笑い上戸挟むよね。ほんと営業妨害もいいとこだよ」


 タカラは即答し、トオノはあまつさえ追い打ちをかける。

 その日、五人は朝になるまで飲み、話続け、彼の財布は久々にすっからかんになった。





 蜂蜜酒は、素敵な友人と共に。

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