31 彼女の中の四分の一
「立てるか」
片膝をついてタカラに手を伸ばすが、タカラは彼の顔をまじまじと見るばかりだ。
行き場を失った彼の手は、ぐいとタカラの手首を取り、立ち上がらせる。
「オレ達、完全にしてやれたな」
「……ほんとにね」
そう言って、タカラは眉間にしわを寄せると、困ったように笑った。
タカラの凍りついた太陽は再び熱を取り戻し、溶けた水は彼女の眼からあふれ出す。
悔しかった。
タカラを救ったのは、彼ではなく、アラシだ。
彼は、完膚なきまでにやられた。
ごちゃごちゃと御託を垂れ流していないで、彼はストレートに、タカラに想いをぶつければよかったのだ。
「私は目を潰したの。アラシとミナトが大好きだった。嫌われたくなかった。正体を隠していたことを糾弾されるのが怖かった。私がちゃんと話をしていれば、アラシは研究医なんて道を選ぶことはなかったかもしれない。私が『ツナ缶』で働いていなかったら、ミナトがターゲットになることもなかったかもしれない。全てを知られたら、きっと私は嫌われてしまう。だから会いたくなかった。あそこで時間を止めたら、私にはキレイな思い出だけが残るから。でも、それは間違いだったんだね」
「……間違えてたのは、お前だけじゃない。オレもだ」
彼はタカラが語った真実をアラシやミナトに直接語ることはなかった。その真実を知ったずっと前から、アラシとミナトの口からタカラの話題が出ることがなかったからだ。
今思えばそれは彼に対する二人の配慮だったのだろう。
彼に彼女のことを聞くと、彼はとても辛そうな顔をする。彼女との訣別の決定打を与えたのは、どんな経緯があれ彼なのだ。
同じ研究所に勤務しているにも関わらずタカラと接触することすら出来ず、何の音沙汰もない。何より、最後に彼女と会った彼に、"どうして彼女を引き留めることが出来なかったんだ"と、責めているような気持ちになる。
アラシは、テソロの正体がタカラだと思った。だから研究医になった。けれど、いざその立場になると、タカラとどう接すればいいかわからなくなってしまった。
それを知った彼は、タカラとテソロが同一人物でないとアラシに伝えればアラシの悩みはなくなり、『ツナ缶』に帰ってくるだろうと思っていた。けれど、アラシの目論見通り、テソロの正体はタカラだった。アラシと彼に自らの正体を知られたタカラは、『ツナ缶』から姿を消した。
彼は、タカラを『ツナ缶』に連れて行くためにユラ・トンノロッソと取引をし、翠の眼の青年を殺し、一等佐官になった。
研究所とタカラの間に結ばれた虚偽の契約は、彼が一等佐官になることで果たされ、「ミナト」と「アラシ」の身は保証され、「タカラ」の軟禁状態もなくなる。
全てがうまくいくはずだった。
これで元通りになると彼は安堵したはずなのに、彼は徹底してそれを『ツナ缶』メンバーには伝えなかったし、タカラにも言わなかった。軟禁状態ゆえ会話は難しいが、ミッションをこなした後なら、きっと会おうと思えば会えた。
それなのに、なぜ。
——アラシとミナトを救ったのは、本当はオレだ
——タカラが可哀想だから、そのことは黙っておいてやろう。オレは優しいから
——オレは、アラシもミナトもタカラも、救ったんだ
そう、心のどこかで思っていた。
けれど、その自己満足は、五人が再会することで崩れてしまう。
——翠の眼の青年を殺すことで、成し遂げたんだ。
彼は、青年を、トオノの兄を殺したことを知られることを、恐れていた。
「もう、隠し事はなしだ。オレも、全部言う。間違うのはこれで最後だ」
アラシにとっても、タカラの正体などどうでも良かった。
今も昔も"アラシはタカラが好き"、ただそれだけ。
それを伝えるために、二階から飛び降り、叫び、タカラと接触し、見事それを成し遂げた。
彼女の建前も、彼の妄執も、アラシの前では砂の器と同然だ。
* * *
眩しくなったら、その眼を潰してしまえばいい。その
翠の眼の青年の言葉を、彼は頭の中で何度も反芻する。
タカラは、アラシが眩しかった、眩しくて堪らなかった。だから目を潰した。
その
光の残滓が、彼女を照らす。
――託された"感情"は、あなたがあなたで居るための指標になる
それはきっと、彼女の中の四分の一の、本当の彼女が見つけたものだ。
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