29 翠の眼の青年 3/3

「――さて、長々と話しましたが、ボクの目的はここにあるんです」


 ふう、と一つ長めの息を吐くと、青年は真っ直ぐに彼をみつめた。


「眩しくなったら、その眼を潰してしまえばいい。そのまぶたの裏に何が焼き付いているのか知ることが出来る。光の残滓があなたをあまねく照らしてくれる」


 彼が、トオノから聞いた言葉。

 トオノがタカラから聞いた言葉。

 タカラは、この翠の眼の青年からこの言葉を聞いたのだろう。


 青年の翠の瞳と、彼の翠の瞳が交差する。


 思考が、言葉を規定する。


「看守さん、ここで誓ってください。まぶたの裏に焼き付いたものから目をそらさないって。それがどんなに辛いものでも、眼をそらしちゃいけない。そのまぶたの裏に焼き付いたものを守ることが出来ればいいけれど、きっとそれはもう、戻ってこない。だからこそちゃんと見て、見つけてほしいんです。光の残滓を」


 その思考を持って、彼が、言葉を、行動を規定する。


「諦めてもいい。逃げてもいい。失敗したっていい。失くしたっていい。でも――忘れちゃだめだ。託された"感情"は、貴方が貴方で居るための指標になる」

「……」

「誓ってくれますか?」

「ああ、誓うよ」


 途端に世界が滲んでしまった。ゴウゴウという低い水路の音に、ピチャンという小さな音が交じる。


 彼は泣いていた。


 ライフルの安全装置を外し、青年のこめかみに銃口を当てる。

 視界はぼやけるばかりで、彼は銃の重さで思わず腕が震えた。


「やれやれ、お得意の洗脳をするのはもうやめてくれ」

「人聞きが悪いなあ、これは純粋な善意からの洗脳ですよ」


 青年はわかりやすく口を尖らせ、アハハと、小さく吹き出した。

 職業病かもと、そんなことを言いながら。


「看守さん、『ツナ缶』ではなんて呼ばれているんですか?」

「"ハヤト"だよ」

「そうですか。じゃあハヤトさん……そろそろチキンは卒業して、さっさとテソロに思いの丈をぶつけてくださいね」

「余計なお世話だ」

「これで最期ですから、後悔しないようにちゃんと言っておかないと」

「最期はトオノさんのことをお願いするんじゃないのかよ」

「オクナは、大丈夫だよ。あの子は賢くて、とても強い、自慢の弟ですから」


 青年は笑う。

 彼も笑い返して、その引き金を抜いた。

 彼の代わりに、カラン、と転がった薬莢が相槌を打つ。


「やっぱり、ありがとうって、言ってから殺せばよかったな……。でも、そんなの今からお前を殺すって言っているようなもんだろ、なあ、セダム……ありがとな」


 青年を殺した引き金は、やはりいつもと同じ重さで、床を汚す赤色も、いつもと同じで、彼は安堵する。


 彼は初めて、この執行室で手を合わせた。

 そうせずにはいられなかった。


 青年を殺すことに対して躊躇いがなかったわけではない。

 けれど、この部屋に来た時にはもう、彼は「青年を殺す」という決意をしていた。この部屋で何があろうと、何を聞こうと、それは変わらない。


 彼は「青年」と「タカラとアラシとミナト」を天秤にかけたのだ。

 そして、青年は負けた。

 青年を救うほどの力も胆力もないことを、彼は知っていた。だから、青年を殺したのだ。


(ああ、これでやっと、全て元通りだ。もう寂しかったあの日々は終わるんだ)


 タカラ。

 ミナト。

 アラシ。

 トオノさん。


 彼は一人ずつその名を呼び、姿を思い浮かべる。

 彼の気持ちは、今までにないくらい晴れ晴れとしていた。






"勇敢に進みなさい。そうすれば総てはうまくゆくことでしょう"


>>第二章 【完】

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